第42話 エピローグ
街の教会で結婚式を挙げたウォルナー王子とミラベルは、馬車に乗って沿道の人々に笑顔で手を振っていた。二人の姿を一目見ようと集まった人々は、身を乗り出して手を振っている。結婚を祝福する鐘の音が町中に響き渡る。美しい装飾を施された王宮の馬車は、滑るように街の大通りを進んでゆく。市場の中を通り、ミラベルの住んでいた仕立て屋の前にさしかかった。盛装して着飾った父母と、戻ってきた店の職人たちが並び、挨拶をしている。誇らしげな父と、心配そうな母の顔が対照的だ。皇太子妃となったミラベルの笑顔と、ウォルナー王子が優しげにいたわる様子だけが何よりの支えだ。ブランディ侯爵一家もそろって手を振っている。ヘーゼルの眼には光るものがあった。
ウォルナー王子は出会ったときに比べて、その腕には筋肉がつき逞しくなっている。ブランディ家の三兄弟が時たま会いに来て、一緒にサッカーをやったり、剣術の稽古をしている。ウォルナー王子は彼らを友人のように慕っている。
馬車から見える街並みは美しい。深い茶色の木組みに漆喰の白い色が、光の中で鮮やかに生える。木々の緑がそれを引き立てている。春の温かな風に吹かれて、馬車に乗った王子の綺麗な金髪がさらさらと揺れる。美しいブルーの瞳は、ミラベルのふっくらした頬や、茶色く丸い目に注がれている。ミラベルは髪をふんわりと結いあげ、宝石の付いたティアラを前髪にさしている。純白のドレスには、時間をかけて縫い込んだ繊細な刺繍が施され人々の称賛を受けている。普段着ている服とは比べようもない程の豪華な衣装に身を包み、緊張気味の表情だ。そんな不安を打ち消すように、ミラベルの小さく細い指先を王子の手がそっと包み込む。ここは、物心ついた時から遊び、成長してからは図書館へ通った道だ。そして、盗賊たちから隠れるために、一家で逃げ去った道でもある。ここを是非通ろうと言ったのはウォルナー王子だ。ミラベルが暮らした街を通ることが、彼女への誓いでもあるという。街を一回りして、王宮へ向かう。
「ウォルナー王子様……こんな私が……まるで夢のようです。よく決心してくださいました。なぜ決心してくださったのでしょうか?」
「そんなこと……言わなければいけませんか?」
「是非、知りたいのですが。教えてはいただけませんか?」
「そんなに知りたいのですか? 仕方ない。では、お話しします。以前、もっとずっと昔の事ですが、街を馬車で通ったことがありました。その時に、あなたによく似た少女を見かけたことがあります。その少女は、髪を二つに結わえて仕立て屋から出てきました。その時の少女があまりに愛らしくて……一目惚れしてしまいました。その少女にあなたはそっくりでした。あの時の少女に、再び会えたような気がしました」
「あのう……それは、たぶん私の事です。長い髪を二つに結わえていましたから……」
「そうだったのですか……では、僕があの時見た少女は、あなただったのですね」
「ええ、王子様……あのう……お顔が……真っ赤になってしまいました……」
「えっ、本当ですか? どうしよう……もうだれも見ていませんよね!」
「大丈夫です! その話、早く教えてくださればよかったのに……私、王子様に片思いをしているのだと、ずっと一人で悩んでいたんですよ。泣いてしまったことも何度もありました……」
「あなたも、そんなに僕のことが好きだっのですか……感激です!」
レーズンおばあさんの前を通り過ぎた時、ウォルナー王子に語り掛けるようにぽつりと言った。
「ウォルナー王子様、以前ばあやに相談しましたっけね。仕立て屋のお嬢さんに一目ぼれしてしまったんだけど、どうしたら友達になれるだろうかと。良かったねえ、仲良くなれて。ばあやも一安心ですよ」
楽しそうに、話している二人に、レーズンおばあさんが手を振っていた。二人を乗せた馬車は、宮殿の入り口を通り抜け進んでゆく。通りを挟んで植えられた街路樹の木々は、一斉に緑の葉を開き始めている。迷路の木々も芽吹き、前庭には花が美しく咲き乱れている。二人はしっかりと手をつなぎ、優しい光の中を歩いていった。
ミラベルは王子様に気に入られたのですが……ゼロから始まる幸せ探し 東雲まいか @anzu-ice
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