影武者死刑囚はセカンドライフに馴染みすぎている

ちびまるフォイ

死刑囚の命は更生のために

部屋には整形道具一式が揃えられてあった。


「あの、今日は私の死刑執行日では……」


「そのとおりだ囚人番号1002。

 貴様という人間は今日この場で消える。そして別の人間となるのだ」


「死ぬわけじゃないんですか」

「いいや死ぬ」


監獄長は無慈悲に続けた。


「死刑囚影武者というのを教えてやる。

 シャバでは今でもふとした瞬間に肉親を殺めてしまうことがあり

 あとになってそのことを深く後悔する事例が後をたたない」


「……」


「そこで、この死刑囚派遣所では死刑囚を肉親そっくりに入れ替え、

 影武者として殺させることで当事者に深い後悔と反省を促す。

 貴様の命でひとつの人生を守ることが出来るのだ。異論はないな」


「……どの道ここで終わる命ですから」


「よし、では影武者手術をはじめる」


手術が終わると私の顔は別人になっていた。

死刑囚派遣所に入れ替わる予定の本物の女がやってくる。


言葉を交わすことはなく自分とそっくりの顔を見て不気味にすら感じた。

私は家族の不在時に家へと派遣される。


「……ここで私は殺されるんだ」


なんの変哲もない家だった。

事前に家庭の情報はある程度知っている。


私の入れ替わり先の母親は娘に苛烈な暴力を行っていた。

娘はその怒りで母親を殺すであろうと予測がなされて入れ替わった。


「私の命で若い女の子の人生が救われるなら……」


家に娘が帰ってきても言葉はなかった。

私は娘が決めているであろういつかの決行日をただ待つだけだった。


「あ……」


娘が家を開けている間に、娘の部屋にはそれらしき準備を見つけた。

一度憎しみを原動力に動き出したら人はもう止まれないんだろう。


痕跡が残らないように娘の準備の様子を探りながら処刑決行日を逆算した。


状況証拠から見て、今日の夜が決行日だった。


「……それじゃ、お母さんもう寝るね」

「……」


殺されやすいように先に布団に入った。

すべて娘の計画通り。

眠るつもりだったが眠れるはずもなく、そのフリを続けた。


スッと扉が開く気配を感じ、娘が枕元に来たのが足音でわかった。


――あとは私が死ねば……


そう思ったとき、刃物を振り上げる娘と目があった。


「本当にいいの?」


私は思わず口を開いてしまった。


「私を殺せばあなたはきっといっとき満足してから後で後悔する。

 そして、このことはあなたの人生に確実にしこりになるわ」


「なによ……今さら母親ヅラするつもり!?

 さんざんひどいことをしておいて!! 殺されるのが怖くなったの!?」


「いいえ、たとえ私のような人間を殺した程度のことだとしても

 あなた自身だけでなく、あなたを取り巻く環境は大きく変わるわ」


「知ったふうなことを!!」


「知っているから……」


娘はすでに毒気を抜かれ、心のなかに溜まっていた殺意もどこかに流れていた。

私が死ねばたしかに娘の更生に役立つのかも知れない。

でも、実行したことによる心の傷跡はどうなるのか。


実行前後で人生が大きく変わってしまったことは、

実の父親を殺してしまった自分は特に理解しているつもりだった。


「……すべて、話すわ」


私は自分が実は死刑囚で影武者として殺されるために派遣されたこと。

父親を殺して死刑になったこと。


更生を促すでもなく、まるで懺悔でもするように娘に話した。


「……なんとなく、母じゃないなって気はしていた。

 でも私はこれからどうすればいいのよ。

 母に対しての憎むばかりの毎日だったのに、いまさら……」


「私にもわからない……。私は実際に手をかけてしまって、

 今でもあのときどうすればいいのかって思ってたくらいだし」


「これからどうなるの……? また死刑囚派遣所に戻るの?

 あの女がまた戻ってきちゃうの?」


「少なくとも、私がここにいる以上は大丈夫なんじゃないかな」

「そう……」


決行日はなし崩し的に過ぎてしまい、私はいつの間にか住人として定着していた。

娘とは時間が立つにつれて殺意が信頼へ、ひいては愛情へとスライドしていった。


きっと娘も本当に母親が悪かったわけじゃなくて、

愛されないことへの不満がねじまがって殺意になっていただけなのかと思う。


「ねえ……お母さん」


「……ん?」


「もう、どこにも行かないよね」


「それは……」


影武者である自分がいつまでもとどまることはできない。

いつか殺されていないことがバレて本物の母親が戻ってくるだろう。

そうなれば……。


「私、今のお母さんが本物のお母さんだから」


「でも私は……」


「アイツは私になにも教えてくれなかった。何も与えてくれなかった。

 私はアイツの家来で子分で、何をしても許されるペットみたいな存在だもん」


今回の件で娘は更生して母親を手にかけることはもうないだろう。

でも母親はどうなるのか。前のままの母親が戻ってきたらどうなるのか。


「私、アイツが戻ってきたらまた暴力を我慢するだけなの? それしかないの?」


「……大丈夫、そんなことさせない」

「どうしてそんなこと言えるの?」


「だって、私が本物のお母さんだから」


この子を救うためなら命だって惜しくない。

すでに自分の人生を失った身なら、何を失うことも怖くはない。

ふたたび手を血に染めたところで娘を守れるのなら。


それからも娘との日々は楽しく過ぎる。


家に再三溜まっていく死刑囚派遣所からの連絡をことごとく無視し、

娘とは母親を消すための算段を整えていく。


「この日に査察にくるみたいね」

「うん」


しびれを切らした死刑囚派遣所がやってくる日がわかった。

おそらくその日に母親もやってくるだろう。


「買ってくるね」

「いってらっしゃい、お母さん」


私は道具を買いに家を出た。

カムフラージュを兼ねて刃物と一緒に野菜などを買い貯めた袋を提げ家に戻ると、

家からはなにか揉めているような騒がしい音が聞こえた。


「まさか……もう……!?」


持っていた袋をその場に落としてしまった。

慌てて家に入ると、私の同じ顔のはずの女が血相を変え娘の髪を掴んでいた。


「アンタ!!! よくも私を殺そうとしたわね!!!」


娘は査察前に先に戻ってきた母親に対し、ありあわせの刃物で襲いかかったのだろう。

けれど腹部をかすめただけで逆に刃物を奪われてしまう。


「アンタみたいな親不孝者、殺してやる!!!」


娘は逃げようにも髪の毛をひっつかまれて離れることはできない。

私は袋から用意していた凶器を手に取り、母親のもとへと向かった。


「私の娘にっ……!! お前が死ね!!!」


「あんたどうしてっ……!」


死刑囚の自分も娘側についているとは思わなかったのか不意を疲れていた。

私の振り上げた刃は、母親に届く前にそれをかばった娘に突き刺さった。


「ああっ……!!」


すぐに刃物を抜いたが娘がもう助からないことがわかった。


「どうして……どうしてかばうなんて……」


「……どちらも……大切な……お母さんだから……」


本物の親も娘が最後に見せた行動に言葉もなくなっていた。

目に宿っていた殺意はごっそりと失われていた。


「私……私……なんてことを……」


私達は大切な娘の喪失感に何もできなくなった。

お互いを憎むことももうできない。


まもなく私は死刑囚派遣所により強制的に戻された。


「私は……私はこれからどうなるんですか」


「変わらない。貴様はまた整形され、誰かの影武者として派遣される。

 そして今度こそ殺されるだろう。お前には監視もつくからな」


「わかりました……」


私はサイドの整形により再び顔を作り変えられた。

派遣先が決まり、死刑囚派遣所を出るときだった。


「あっ……」


死刑囚派遣所からは娘そっくりの女の子とすれ違った。

見間違うはずもない。確実にあの子だった。


「あの……今の子は……?」


監獄長は軽くすれ違った子を見て答えた。




「ああ、影武者役の死刑囚が死んだからもとの家に戻るんだよ」

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