第5話 悪いが其方、余の執事も面倒みてはくれないか?
昼下がりのデパート「ミオン」でいきなり現れた少し青みががった髪を肩下まで垂らし、タキシードをピシリと着こなす中学生くらいの子供――シオン君が現れ、私の日常はまたも崩れ去る。
「殿下が其方に世話になったことには礼を言います。ですが殿下は今すぐにでも世継ぎを作らないといけない御身……すみませんが連れていきますよ」
「余は真帆とじゃないと世継ぎは作らないと言っているだろう?」
「殿下はまたそのような! ではこうしましょう。人間の愚かさ、そして醜さを殿下に見せます。その後でも殿下はこの女性と世継ぎを作りたいと思えますか?」
「ふむ、それでシオンが納得するならやるがよい」
「え? ちょ、何勝手なことを言ってるんですか!」
なんだか私はシオン君に試されるらしい……。何をされるかわからない恐怖とレイの無駄な自信が私の心を焦燥感が襲う。
シオン君が一歩、二歩とこちらに近づき手の届くところまできて、
「大丈夫です。殿下が世話になった恩もあります故、酷い事なんてしませんよ。ただ……私の目を見てください」
そう言うと私の目線に合わせるように少しお辞儀をする。
シオン君の目はとても綺麗なルビー色をしていた。
じっ……とこちらを見つめる。何なんだろうか? 私に何をしたいのだろう?
「あの……シオン……君でいいのかな? 何をしているの?」
「ば、馬鹿な! 人間の分際で催眠にかからないだと!」
「え? 催眠?」
聞き捨てならない言葉がシオン君から飛び出る。
「催眠って……どういう事?」
「し、信じられん! 其方には信じる神はいないのか!」
いや、まぁ神なんかより筋肉をあがめる自他共に認める変態ではあるけども……なぜ神様?
「まぁ……この国は多宗教なので。それに私はあまり神様の事は……」
「ほらみたことか! やはり真帆は特別だ。余の世継ぎを生むに相応しい!」
「くっ! まさか神を信仰していない人間がいるなんて……もしや邪教徒ではあるまいな!」
「シオン! 失礼だぞ!」
確かに失礼だ。少し変わった筋肉信仰はあれど邪教徒だなんて……。
「それで? もし私が神様を信仰していたらどうなっていたんです?」
「シオンは神を信仰している人間の心を操る。もし真帆が神を信仰していたら心を操られて心の中にある醜さをさらけ出そうとしたんだろう。違うか?」
「うっ……殿下の言う通りです……」
「えっ、ちょ、なんか怖いな……」
催眠とか操るとか……確かテレビで心の中を覗いて数字を当てる人とかいたっけ。マジシャンの心理系ぽいの。シオン君はあの類の人かな?
「それで……どうするんです?」
「ううむ……私の催眠が効かないとは……」
「余の見立ては正しかったであろう?」
見立ても何もただばったり田舎の田んぼで出会っただけなんですけどね! なんて言えないな。
「わ、分かりました。ですが条件が一つあります」
「何だ。申してみよ」
「はっ、私もこちらの世界で殿下と共に暮らしこの女性が本当に殿下のお世継ぎを生むに相応しいか見定めさせていただきます」
「ほぉ」
「いやいやいや、ちょっと待って! それってどういう……」
「殿下と暮らすと言っているのです」
「つまり私の家に来ると?」
「はい」
「困ります」
「これはもう決定事項です」
「いやいやいや、レイでさえ近所から噂されるっていうのにシオン君まで来るなんで……それこそレイと私の子供って言われるじゃない!」
「なんと! 私が殿下の子供だなんて……そんな滅相もない……」
シオン君の頬が少し赤くなる。
「兎に角、無理です! 絶対無理!」
「ですが「殿下のいる場所に私あり」と決まっております」
「レイも何とか言ってよ!」
「ふむ……これでシオンの分の宿代……という事にはならんか?」
レイが手をこちらに差し出してくる。手のひらには色々な色のついた指輪が十個程出されていた。
「そういう問題じゃ……ああ、もう! なんでこうなるの!」
「真帆様、家事全般なら私が全ていたしますよ?」
「え?」
「真帆様のお手を煩わせません。ここに来る途中「ほんや」なる場所でこの世界の知識を少し得ました。その中には「プロフェッショナル家事講座」なるものを見つけ「家事」というこちらの給仕方法や作法、全てマスターして参りました。私は役に立ちますよ?」
「うう……」
家事全般……料理に洗濯、風呂掃除その他諸々がシオン君に任せられる……私の目の前には甘くておいしい果実が垂らされている。決して食べてはいけないと全神経が警鐘を鳴らしている。
しかし、しかし! 家事全般!
「ほ、本当に?」
「ええ、そういえば「誰でもマスターできる紅茶のおいしい入れ方。スーパーヘブン」という雑誌もありましたね」
「く! 紅茶!」
「アッサム茶葉で入れたミルクティーはおいしいらしいですね。ちゃんと一度蒸らして茶葉を開かせるのがコツだとか」
「アッサム! 蒸らす!」
私の知らない情報を惜しげもなく言の葉に乗せてくる。
「さぁどうします? 真帆様」
シオン君のルビー色の美しい目の目尻が細ばむ。そしてまるで悪魔のように口の口角が上へと向かう。
「分かったわよ! 家に来なさい!」
「感謝します。真帆様」
「おお、さすが真帆!」
私はあっさり白旗を上げた。
はぁ、とため息を一つつき、
「それで……呼び方はシオン君でいいのかな?」
「シオンで結構です」
「それじゃ私も真帆でいいよ」
「承知しました。ですが殿下のお世話になっている恩人、せめて真帆「さん」でいいでしょうか?」
「……どうぞご自由に」
そんなこんなでまた一人私の家に居候が増えましたとさ。はぁ……どうしようこれから……。
悪いが其方、余の子供を産んでくれないか? @Dingo0221
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