第4話 悪いが其方、お昼を用意してくれないか?

 フードコートについた私とレイはまず座る場所を探す。

 休日の昼時、そう簡単に座れる場所を確保できるはずもなく――テラスの外に一つだけ席が空いていた。


「あそこ空いてるね、行こう!」

「ああ、了解だ」


 私とレイはテラスの外に出て、席を確保しようとする。

 しかし運が悪かったのか、私が鞄を置くと同時に反対側にも鞄が置かれる。

 その鞄を置いた人物に目をやると、会社の上司――お局様の加藤さんだった……。


「あら? 後藤さんじゃない。今みんなでお昼にしようとしてたんだけどごめんなさいね。この席譲ってくれるかしら?」


 私は加藤さんとはあまり仲良くなく……というよりは同僚全般と仲良くない。

 当たり前だ……家が遠くて飲み会にもあまり参加できないのだから仲良くなりようがない……。

 私は渋々鞄をどけようと持ち上げるが、何かが邪魔をし、持ちあがらない。

 確認するとそれはレイの手が私の鞄の上に乗っていた。


「レイ……いいの。別の場所を探しましょ」

「任せろ」

「え?」


 レイが鞄から手をどけ加藤さんとその他同僚達の所へ歩いて行く――

 やだ、何この状況……まるで姫を守る騎士みたい……。

 だが、忘れてはいけない――レイは下手すると「余の子供を産んでくれないか?」と言うかもしれないのだ。

 レイの行動に注視し、見守る――もし「余の子供を産んでくれないか?」と言えば婚期を逃したであろう加藤さんは「はい」と言ってしまうかもしれないからだ……。

 レイと加藤さんの距離が近づく。

 加藤さんはレイが近づくにつれ、顔を赤らめている――格好いいので仕方ない……。

 レイは加藤さんの前で立ち止まり、息を大きく吸う。


「ニホンゴ、ワカリマセーン」

「は?」

「へ?」


 私も加藤さんも理解ができなかった……レイの言動に対して……。

 そしてレイは椅子へとドカリと座り込む。


「マホー、オナカ、ヘッタヨー」


 私は肩にかけていた鞄がずれ落ち、地面へと落ちるのを感じた。


「マホー! ハヤクナニカタベヨー」


 その馬鹿みたいな言動に加藤さんもかなり引いている――もちろんその取り巻きである同僚達もだ。


「ご、後藤さん、私達はこれで失礼するわね……」

「え、ええ……なんかすいません。席を取っちゃったみたいで……」

「い、いいのよ……ホホホ……私達は別の場所で食べるから……」


 そう言って加藤さん達は去っていった。

 私はドッと疲れを感じ、椅子へと座り込む。

 もちろんバッグも拾い机の上に置く。


「レイ……なにあれ……」

「ん? ああ、其方が着替えてる間に「てれび」という物の中の人間がやっていたぞ? あれをやれば何でも許されていたぞ?」

「確かに……レイは外人ぽいからいいけど――」

「うむ、どうやら「てれび」という代物で得た情報は正しい様だ」

「いや、全部忘れて下さい」

「む、ダメなのか?」

「当り前です!」

「了解した」


 少しむすっとしたような顔をするレイを他所に何が食べたいかを聞いてみる。


「レイは何食べたい?」

「何……か。余はこちらの食べ物はあまりわからない。其方に任せたいのだが……」

「わかった。適当に選んでくるから座ってて」


 そう言いながら私は二人分のお昼を調達しに行く。


◆◆◆◆◆◆


 取り敢えずはお好み焼き、たこ焼き、焼きそばと定番メニューを買いレイの所に戻る。

 飲み物は烏龍茶、そして食後にシェイクだ。

 レイが座っている机にそれらを置く。


「いい匂いだ……」


 クンクンとまるで犬のように鼻を鳴らすレイは少し可愛かった。


「ほら、お箸だよ」

「ああ、礼を言う」


 レイはお箸を受け取り少しの間それを眺める。


「ああ、えっとね。こうやってパキッと……」


 私はレイの目の前で割り箸を二つに割る。

 レイはそれを見て「おお」と感嘆の声をあげ、同じように割る。


「それじゃ……いただきます」

「ああ、いただきます」


 レイはお好み焼き、焼きそば、そのついでにと、たこ焼きをパクリと口の中に入れる。

 頬はすでにパンパンだが、それを烏龍茶で胃に流し込んでいる。

 見ているだけでこっちもお腹が膨れる様だ――


「おいしい?」

「ああ、馳走だ!」

「そっか……」


 なんだかいいな……こういう時間――

 もし彼氏がいたとしたらこういう感じなのだろうか?

 レイを見ながら少し考えてしまう……。


「其方も食わねば力がつかんぞ?」

「はいはい」


 レイに促され、私もたこ焼きを頬張る――熱い!

 すぐさま烏龍茶で口の中を冷やす。

 こんな熱いたこ焼きをレイは平然と食べてたのか……。

 まさか口の中を火傷なんてしてないよね?


「レイは熱くないの?」

「む? 全然熱くないが……ああ、そうか。余はドラゴンであるから多少の熱さは問題ない」

「そうなんだ、へぇードラゴンなんだ」


 私は烏龍茶を飲みながら理解できない単語を聞き流す。


「ドラゴンってよく物語で出てくる?」

「物語? 人間の伝承等で語られてるとは聞いた事があるな――」

「そっか……外人が留学してきてコスプレしてるのかと思ってた」


 レイの正体がまさかの斜め上で私は頭がついていかなかった……。


「殿下! 探しましたよ!」


 突然私の後ろから大声が飛んでくる。

 その方向に向くと、タキシードを着た中学生くらいの男の子が立っていた。

 男の子はレイに歩み寄り、上腕二頭筋を掴む。


「おお、シオン。どうした? こんな所で……」

「殿下! 何をしているのですか! 早く里にお戻りください。そしてお世継ぎを――」

「よしてくれ、余は向こうでは世継ぎは作らん」


 何の話をしてるんだろう? 休日の昼時に世継ぎがどうのこうの――

 そしてこのシオンという子はレイの弟かな?

 顔立ちはレイに似ていなくもない――とても整っていて、少し髪も伸ばしており中学校なら間違いなくサッカー部で女子にキャーとか言われているに違いない……。


「殿下、向こうの世界じゃ大変な騒ぎになっているんですよ!」

「騒がせておけば良いだろう……」

「竜王が突然世界から消えたなんて事が他のドラゴン族に知られれば一大事ですぞ!」

「余はこの世界で子を作る」

「なんと! この世界にもドラゴンが?」

「いや、相手は人間だ――」

「な、何を言っているのですか! 人間なんかとつがいになるおつもりですか?」

「ああ、正確にはこの女性、真帆になってもらいたいと思っている」

「この女性――ですか……」


 シオンという子が私をまじまじと見つめてくる。


「あ、あの……私は子供を産むなんて言ってませんからね?」

「殿下……帰りましょう!」

「嫌だ、私はこの世界で子を作る!」

「そのような我儘が通じるとお思いですか?」

「やるか?」

「むぅ……殿下、一体どうなされたのですか……」

「それよりも……」


 レイが私へと視線を移す。

 それに気づいたのかシオンという子が咳ばらいを一つし、姿勢を正す。


「失礼、其方は殿下の一体……」

「ええと……昨日から同居しています」

「なんと! それは失礼しました。そのような御方の前で取り乱してしまい……」

「いえ、気にしないで下さい」

「私は殿下の執事を務めさせてもらっていますシオンと申します」

「へぇー、執事……」


 年齢が若すぎでしょ? なんて事は言ってはいけないのだろうか……。


「殿下がお世話になり本当にありがとうざいました。ですが……殿下にはこれから元の世界で世継ぎを――」

「余は真帆とでないと作らんよ」

「殿下!」

「なんだかなぁ……」


 ふいにそんな言葉が無意識に漏れていた。

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