第3話 悪いが其方、服を用意してくれないか?

 次の日、私は目覚ましの甲高い音で目を覚ました。

 少し頭が痛い――二日酔いだろうか?

 私はうつ伏せになり、頭の上にあるスマホに手を伸ばす。

 ああ……そうか、今日は休日だ。

 もう一度寝よう――そう思いながらスマホをポチポチ弄る。

 そしてフォトアルバムの項目を見つけポチリと押す。

 そこには昨日撮った素晴らしい写真の数々があった……。

 そう、田んぼで立っていた男性――レイの筋肉だ。


「そう言えば昨日部屋に運んで布団引いて寝かせたけど今何してるんだろ……」


 私はレイの事が気になり上半身を起こす。

 一呼吸置き、二日酔いで頭が重たいのを無視しベッドから立ち上がる。

 ああ……仕事の疲れが抜けてない……。

 そんな事を考えつつ腹を掻きながらレイが寝ている部屋へと向かう。


◆◆◆◆◆◆


 レイの部屋の襖をスライドさせる。

 するとレイは起きており、何故か頭を地面につけている。


「昨日はすまなかった。余は酒というものを飲んだ事がなく、まさか意識を失うとは……」

「いや、それはいいんで。その……頭上げてくれます? 角が畳に刺さってるので」

「む! これはすまない」


 頭を上げると同時に角がズボリと畳から抜け、痕跡が残る。

 レイはその痕跡を見て「むぅぅ」と唸るような声を上げる。


「それと……この服だが、其方のであろう? 少し窮屈だが借りてよかったのか?」


 レイが今着ている服――それは私が学生時代着ていたジャージだ。

 伸縮性抜群だがレイの体格で着れるかどうか不安だった。

 しかしどうやら着れたようだ……ピッチピチだが……。

 私はスマホをレイに向けカシャリと写真を撮る。

 ピチピチのジャージからはみ出ている前腕の腕橈骨筋。

 そして身長差によりジャージには収まりきらず、ひょっこり顔を出している亀の甲羅の裏側に描かれている模様みたく割れた腹直筋をフォトアルバムに収めるためだ。


「あーなんだろう……今日は丁度休日だし、レイの服でも買いに行こっか!」

「何! 余の服を買うのか? ではこれを……」


 レイが手をこちらに出してくる。

 その中には何処から出したのか金の塊が入っていた。


「そんな塊を出されても……」

「ふむぅ」

「せめて換金できる指輪とかないんですか?」

「指輪か」


 レイが手を握り少し経った後、手を開く。

 すると金の塊の代わりに綺麗な指輪が手の中に現れていた。


「それって盗品じゃありませんよね?」

「盗品? 失礼な。これはかつて余の寝床に侵入した者達の亡骸から得た戦利品だ」

「ちょっと意味が分からないけど、まぁいいか……」

「うむ、これを換金して余の服を買ってきてくれ」

「……レイも行くんだよ?」

「ふむ……了解した」

「その前に朝食にしよっか。トーストとベーコンエッグでいいよね?」

「其方が作る物ならありがたく食べさせてもらおう」


◆◆◆◆◆◆


 私達は居間に行き朝食を食べる。

 テレビをつけるとレイは興味津々らしく「これは何だ?」と聞いてくる。

 私は上手く説明できないので適当にはぐらかす。

 するとレイは「こんな薄い中に人間が入っているなんて、中の人間は苦しくないのか?」なんて事を言ったりしている。

 私は「大丈夫」とだけ言い朝食を食べるように促す。

 朝食を食べ終え、居間にレイを待たせて私は化粧と着替えをすませる。


◆◆◆◆◆◆


「お待たせ」

「ああ、それにしてもこのテレビという物はすごいな」

「……まだそれ続けるんだ」


 テレビの電源を切り、玄関へ向かう。


「余はこのまま行くのか?」

「それしか着れる物ないし、我慢してください」

「ううむ、裸より恥ずかしいのだが……」

「裸だと逮捕されますよ」

「タイホ?」

「警察に捕まるって事です」

「ふむ、警察というのが何かわからぬが余はただでは捕まらないぞ?」

「そういうのいいですから」


 玄関を出て駅への道を歩く。

 レイにはサンダルを履かせたから足は傷つかないだろう。

 駅に行く途中で近所のおばさんとすれ違う。


「こんにちわ、真帆ちゃん」

「こんにちわー」

「あら……あらあら、そちらの男性はもしかして?」

「い、いえ――親戚の人です。今泊りに来ていて……」

「そうなんだ、やだ……かっこいいじゃない」

「あはは」


 そんな何気ない会話をして別れる。

 後ろから視線を感じるが、無視しよう――


◆◆◆◆◆◆


 私達は駅につき電車を待つ。

 その間にも私はレイの方向をチラチラと覗き見してしまう。

 当然だろう、ピチピチのジャージに浮かび上がる上腕二頭筋が美しいのだ。

 そして――触りたい。

 そんな欲望を我慢しつつ電車を待つ。

 こんな時にもアインシュタインの相対性理論は機能しているようで電車がくるまでの時間が長い――

 私はムズムズと手を前に出して指と指を組む。

 ――早く来ないかな、電車……。

 ガタゴトと電車が来て私達はそれに乗る。


◆◆◆◆◆◆


 乗っている最中もレイは電車に興味が沸いたらしく、目まぐるしく変わる外の景色に左へ右へと首を振り続けては「おお」と感嘆の声を漏らしていた。

 そして私はと言うと、そんなレイのパツンパツンに伸び切っているジャージの下に露わになっている上腕二頭筋のコブを眺めていた――

 替えの服も全部ジャージでいいんじゃないかと私は少し誘惑に負けそうになる。


◆◆◆◆◆◆


 そんな事を考えていると、駅に到着し私達は田舎から都会へと到着する。

 ふぅとため息をつきながら駅を通過する。

 後ろでガシャンと音と共に「我の邪魔をするか!」という声が聞こえてくる。

 入り口で、切符の入れ方教えたんだけどな……。

 そんな事を思いつつ駅の通り方をレイに教え込む。

 外に出ると、さすがは都会……という匂いが漂ってくる。

 喧噪もすごく、人の足音さえ騒音となって聞こえてくる――


「すごいな――こんなに人が……」

「都会ですからね。言っときますけど、「余の子供を産んでくれないか」とか知らない人に言ったらセクハラ……つまりはすぐ捕まりますよ」

「ふぅむ、そうなのか……」

「それじゃ質屋に寄ってからデパートに行きますか」

「ああ、任せるよ」


 その言葉を聞き、すぐさま質屋を探しレイが持っていた指輪を換金する。

 換金額が一桁多いんじゃないかという大金だった事が、私を驚かせる。

 本当にいいの? と問うと「ああ、いい」と言うので換金しておいた。

 そして近くの大型デパート「ミオン」へと足を進める。

 その間にもレイは目立っており、女性のみならず、男性からも振り返って見られていた。


◆◆◆◆◆◆


 大型デパート「ミオン」に着き、すぐさま服屋コーナーへと行く。  

 女性服にすら疎い私が男性服をどうのこうのと言えるはずもなく、店員に任せてみる。

 何着か選んでもらい、着替えさせるがそのどれもが確かに似合っている――というよりはモデルがよすぎるんじゃないのかと思わせる。

 身長は約二メートル、整えられた黒髪短髪――そしてその髪が絡まるように二つの角を演出しており、瞳は吸い込まれるような薄紫色――歯並びも良く、筋肉も体脂肪率いくつですか? という状態だ。

 そして何よりはっきり分かる事――それは外人であるという事だろう。

 モデルがよければそれを着飾る服なんて何でも似合ってしまう事がはっきりとしてしまう。

 そうと決まればやる事はただ一つ、店員に渡された服を全て戻し、一つ下のフロアにある「ウニクロ」という庶民向けの服屋で買う事にする。

 そこなら下着や靴下、パジャマもあるからだ。


◆◆◆◆◆◆


 一つ下のフロアに着くと、まずは手にカゴをもち必要最低限な物を入れていく。

 シャツ、下着、靴下、靴、サンダル――そしてラフな部屋着等、色々と入れていく。

 あとは外に出ても恥ずかしくない様にジーンズやトレンドなシャツも幾つか買っておく。

 それをレジに通して、トイレで着替えてもらう。


「これでいいのか? 余はジャージの方が楽でよかったが……」

「はい、私もジャージの方が見れる場所が多くていいのですが……外ではその恰好でお願いします」

「わかった、重たそうだな……余が持とう」

「ん……ありがとう」


 私は手に持っていた荷物をレイに渡す。

 時間を見ると丁度昼前だ、フードコートでも行く事にしよう。


「レイ、お昼食べよっか」

「おお、そうだな……お腹が減ったな」

「それじゃフードコートに行こっか」

「フード……なに?」

「お昼食べる所だよ」

「了解した」


 そんな会話をしながらレイを眺めると、やはり庶民用の服であってもモデルがよければ格好いいものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る