第4話


まさか、こんなタイミングで彼と会うと思わなかった。

能登山のとやま かい

小学校に上がる前からの幼馴染で、親友と呼べる存在。


家が近所って事もあって、いつも一緒にいた。

ひとりっ子だった僕からしたら兄弟みたいに感じて、海と過ごす時間はキラキラ輝いて本当に楽しいものだったんだ。



「‥‥ほら、コレで良かったか?」



目の前に差し出された缶のホットココア。

それを握る海の手は僕より二回りくらい大きくて、ゴツゴツしてる男らしい手だ。



「ありがとう‥‥」



ホットココアを受け取れば、冷たくなった体温に染みて、なんだか泣きそうになる。

ああ、やだなぁ。

こんな弱々なのいやなのに。



「‥‥おまえの誕生日以来か、会うの」



隣のブランコに座った海が、自分用に買ったブラックコーヒーのプルタブを開けながら言った言葉に、そうだねと頷き返す。


僕もホットココアのプルタブを開けようとするけど、深爪し過ぎたせいか上手く開けれなくてもたついてると、隣から手を伸ばした海が器用に片手で開けてしまう。



「あ、ありがとう」



「‥‥別に。と言うか、相変わらず、爪短くし過ぎだろ」



スマートにこういう事をやっちゃうとこが、女の子からモテる理由なんだろうなぁ。

身長も高くて精悍な顔立ちだけど、こうやってさりげなく気遣いしたり優しくするから、昔から女の子に人気なんだよね、海って。


バスケも上手くて、勉強もできて、家は旧家で大地主だから、時代劇に出てくるような立派な門構えの日本家屋だし。


家族みんな仲良くて、僕とはおおちがい‥‥。



「っつ!」



ヘドロみたいな卑屈な嫉妬心に蝕まれかけた自分自身の思考が恐ろしくて、腹の底から這い上がってきそうなソレを、ホットココアで一気に流し込む。



「どうした?」



「なんでもない、ごめん‥‥」



気付いた海が心配の声を掛けてくれるけど、上手く彼の顔が見れない。

暮れゆく太陽に照らされた足元に視線を落とす僕の様子に、海がブランコから立ち上がり正面に立つ。


海が影になって、僕を照らす太陽は隠れてしまい、視界には彼の姿だけになる。

真新しい革靴、僕も着るはずだった高校の制服に身を包んだ海。


ああ、ダメだ。

またどんどん落ちてく。

気持ちが前を向けない。



「‥‥今夜、俺ん家に泊まるか?」



「‥え‥‥?」



思いがけない誘いに顔を上げた僕の両頰を、海の大きな掌が包む。



「おまえ、酷い顔してるぞ。限界なんじゃないか?」



「げん‥かい‥‥」



「‥母さん達から聞いた。おまえが親父さん達を支えてるって。バイトもしてるって聞いた」



真っ直ぐに僕を見据え告げる海の低く落ち着いた声が、静かに降る雪みたいに心へポツポツと落ちていく。



「お袋さんが裁判とかで忙しいから、おまえが家の事とかやってんだって?ちゃんと休んでるのか?」



「えっと‥‥」



「あ、ああ、悪い、質問攻めにしちまったか‥‥」



上手く受け答え出来ずに吃ってしまった僕の様子に気付いた海が、頰を包んでいた両手を背中に伸ばしてギュッて抱きしめてきた。



「え、えっ‥かい?」



「‥‥良いから。今は何も気にするな」



突然の事に頭の中が真っ白になるけれど、だからといって嫌悪はなくて、むしろこうして誰かの人肌に触れるのは久しぶりで安心したんだ。



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君が望むのならば全てを手折ろうと構わない 瑠璃唐綿 @makiyamato

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