最終話 サイドステップストーリー
「一体、どうなってるの?」
両手の荷物を置き、頬をつねる。
「これは、夢じゃないのね」
目の前のカップルが通り過ぎると次は生徒会の二人組が現れた。
「会長、お化け屋敷の安全確認がまだでした」
美樹は返答する会長を見ながら、小声で声を合わせる。
「あそこは、色々と飾り付けが派手だから心配ね。今から行きましょうか」
美樹のセリフは会長と完全に一致した。
見覚えのあるカップル、生徒会の二人、そして次に会うのは・・・。
美樹は荷物の事など忘れ、すぐさま生徒会の二人を追いかける。
顔が赤く火照るのは、夕日のせいだろうか?
期待に胸を膨らませ、駆け足であの場へ向かう。
そして、爽風に揺れるコスモスが静寂した時、蝋燭に再び火が灯った。
「あ、ごめん。ぶつからなかった?」
脈拍を感じる声。
「私は大丈夫です」
「驚かせて、ごめんね」と言い、歩は美樹の横を抜け、アーケードに向かう。
「待って下さい」
「どうかしたの?」
「いや、やっぱり何でもないです」
言える訳がない。信じる訳がない。急に出てきた見ず知らずの女の戯言なんて。
大体、本当にアーケードが崩れるかも分からないし。
美樹はそのまま、歩を見守ることにした。
仲間とふざけ合う歩。楽しそうに笑うその姿に、悲劇は似合わない。
このまま、何も起こらない様にと願う美樹の想いは、残酷にもアーケードと共に崩れ落ちる。
周囲は、あの時と同じように、混乱で満ちていったが、その中を美樹だけは、全く動揺する事なく、瓦礫の下からカメラを握りしめる手を見つけた。
その目には、心を締めつける程の涙はない。
今あるのは、全力で握る両手いっぱいの荷物だけ。
この重みが美樹の中の疑惑を確信へと導いた。
「やっぱり、私タイムリープしてる」
美樹は再び、その場へ荷物を置き、カップルと生徒会生の横を抜け、あの場所で待ち伏せた。
そして、数分後、獲物は想定通りの道順で現れ、美樹は両手をいっぱいに広げ、行手を阻める。
「佐野先輩っ!」
「だ、誰?」
「単刀直入に言います。この先、あのアーケードの下に行ったら死にます」
「え、死ぬの?」
「そうです。だから、行かないでください」
歩が驚くのは無理もない。見知らぬ女子が突然現れ、しかもこの発言。
言葉を失う歩を前に美樹は真剣な顔を緩ませない。
二人の周りにだけ、静寂な空間が生まれた。
互いに微動せず、次に何をすれば良いのか分からない。しかし、そんな静寂さを前方から現れた巨大な船が打ち砕く。
「おーい! 早く来いよ。アーケード完成したぜ!」
「わかった。今から行くよー」
「待ってください!」 美樹の声に力が入る。
「なんか、よくわからんけど、忠告ありがとう」
「待って!」歩は美樹の制止をすり抜けて、校門へと走る。
「やっぱり、信用してもらえないよね」美樹の視線は歩から校舎の時計へ移動する。
「それなら、次に向けて少しでも情報収集だ」
そして、時計が4時45分を指した時、アーケードは崩れ落ちた。
「なるほど、チャンスは約10分間か」再び重たい荷物を握りしめながら、美樹は4時35分を示す時計を見た。
「直接言ってダメなら、これで足止めだ」
美樹は合計金額1万5千円相当のコスプレグッズや装飾品の数々を空に放り投げ、腹の底から大きな声で叫ぶ。
「きゃー! 誰か拾うの手伝って下さーい」
これだけ派手に大量の荷物が落ちて入れば、スルーせずに手伝ってくれるはず。
「大丈夫ですか?」早速、効果抜群だ。
「ありがとうございます」と、手を伸ばすと、そこにはカップルの姿あった。
「手伝いますよ」
「へっ」次は背後から生徒会の二人が声をかけてきた。
「これも、荷物ですよね」
「あ、ありがとうございます」それから、続々と周囲の生徒達が荷物を持って来てくれたが、全てが集まり終える前に、気がつくと両手に無傷の荷物を抱え、一人でポツンと立っていた。
「ここの生徒って意外と優しいんだ」
美樹は一人で苦笑いを浮かべ次に備え、荷物を置く。
『説明しても信じてもらえない。注目を浴びようにも人が多すぎる。一体どうやって足止めしたら良いのよ』
何もしなくても、時間は残酷にも進んでいく。とにかく立ち止まれない。
気持ちばかりが先急ぐが、良案は出てこない。
しかし、あの場所へ足を進め、気がつけば手札0のままで、美樹は再び歩と対峙する。
いつも通り、生徒会生の背後から突然現れる美樹と驚く歩。
『とりあえず、目の前に立ってみたけど、ここからどうしよう』
「あ、ごめんね」と歩が左側から避けようとした時、美樹の身体が自然と動いた。
「あっ」互いを避けようとした二人は磁石が引かれ合うかの様に再び向かい合う。
「すみません」今度は反対へ避けようとする歩に美樹はステップを合わせる。
「こういうのって、よくありますもんね」
「そうだよねっと」不意の3ステップ目に美樹の身体は反応出来ずに、獲物を横切らせてしまう。
「それじゃ」歩は、そのままの足でアーケードへ走り去って行った。
その後の結果は、いつもの通り。
美樹は、またしても何も止める事ができなかった。
しかし、そこには、なぜか勝者の余裕な表情があった。
「これだ。この方法なら足止めができる」
美樹は再び轟音と共に10分後へ戻り、歩の前へ舞い戻る。
そして、再び避けられては戻る。
フェイントを入れられては戻る。
UFOが来たと騙されては戻る。
どちらに行くかと提案を受けては戻る。
それから、何度も、何度も、何度も繰り返し、惨劇を止めようとしたが結果は失敗。
そして、25回目の今に至るのであった。
「10分後からタイムリープしてきたってどういう事?」
「その言葉の通りです。私は10分後からやってきました」
突拍子もない話に歩は、困惑の表情を隠せない。
「じゃあ、仮に君がタイムリープしたとして、一体、ここに何しに来たの?」
「それは、先輩を救う為に来たんです」
「俺を救いに?」
「そうです。あと数分後、あのアーケードは崩れ落ちます。そして、先輩は巻き込まれて・・・」
「死ぬのか・・・」
美樹は静かに頷く。
「それは、大変だ」疑惑に満ちた顔は一掃され、ここまで繰り広げられていた攻防は一気に終焉を迎える。
見ず知らずの女子に触れない様に気を使っていた歩は、もういない。
「教えてくれてありがとう」歩は美樹の両肩に手をやり、ギュッと引き寄せた。
「信じてくれるんですか?」
「正直に言うと、全部を信じてる訳じゃないよ。でも、ただ一つだけ。あそこにいる友達が危ないかもしれないって事がわかったから」
歩はそっと美樹の体を右へずらし、進もうとするが、すぐさま、手を掴まれ立ち止まる。
「先輩はいつも、そうでした。誰かの為に犠牲になる。私はもう、先輩のそんな姿は見たくないんです」
夕日は次第に沈んでいき、二人の影は伸びていく。
「だから、今度は私が先輩を守ります」
美樹は掴んだ手を手前へ勢いよく引っ張り、歩のバランスを崩す。
重心が後方に移動した歩へ、更に追い討ちをかけるように美樹は足を引っ掛けた。
「痛っ」と腰を強打する歩に美樹は笑顔を見せる。
「これで、お相子ですよ」そう言い残し、美樹はアーケードへ走る。
後ろから聞こえる制止の声など耳に入ってこない。
『どうして、こんなにもあの人の為に何かをしたくなるんだろう? 初めて会った時から、なぜこんなにも私の心を引きつけるの? 何が好きで嫌いかも知らない。どんな性格かも知らない。本当に何も知らない。知ってる事は一つだけ。それは、あの人が誰かの為に命をかけれる人。その姿だけは、何度も見てきた。そう、何度も。私もあの人みたいになれるかな』
「みんな、そこは崩れるから、早く離れてー!」
美樹はアーケード下にいる全員に伝わる様に大きな声で叫ぶ。
「早く、走って逃げて!」待機する生徒達は次々とアーケード下から何事かと去っていく。
そして、最後の一人となった時、左右の柱が轟音を立てながら崩れ始めた。
「危ないっ!」
美樹は全神経を両足に集中させ、最後の一人へ飛び込んだ。
その後は、例の如く学園内に救助の声や悲鳴が充満し、美樹は瓦礫の下でそれを聞く。
『誰かが私を探してくれている。何度も名前を呼んでくれる。なぜか、私にとって大切な人。私は、彼を知らない。でも、一目見た時から私の心は、彼を求めていた。理屈じゃない。なぜなのかは、私にもわからない。ただ、願いがあるとすれば、彼の事をもっと知りたい。私の事をもっと知ってもらいたい』
これまでの人生を映画フィルムの様に振り返る美樹。
止まる事なく流れるフィルムは二匹のトンボの画で止まる。
画の中にいる二匹のトンボは空中で静止しており、美樹はそれを両手いっぱいに荷物を持ったままで見ていた。
周りは文化祭前日で騒がしい。
楽しそうなカップル。真面目な生徒会生。
そして、颯爽と横切る見知らぬ男子学生。
「ありがとう」秋風に乗って耳に運ばれた声に振り返る美樹。
そこには、どこか懐かしい背中があった。
「次は、俺の番だ」
二匹の赤トンボが夕焼け空へ飛びたった。
サイドステップストーリー 盛田雄介 @moritayu
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