右腕から
またたび
右腕から
僕は僕をあまり知らない。
生まれてから僕は僕というものを理解した試しがない。
考えた末にたどり着いた答えは
「自分を客観的に評価することは難しい」だった。ならばどうする……?
なら自分を増やしてみればいい。
右手を切った。
君たちには理解できないことかもしれないが、最先端の技術というのはあまりにも素晴らしいのだ。
もちろん僕の右腕もあっさり治せたし、この計画を成せる装置も用意できた。
「これが僕の右腕か」
ぷかぷかと、装置の中で浮いているのは僕の右腕だ。
この右腕から生えていき、いずれ……そうプラナリアのように、もう一人の僕ができるはずなのだ。
遺伝子は一緒、同じ生命体が誕生する。
いや?
右腕だけしかないが、右腕が実在してるのは確かなのだから、誕生という表現は間違ってるかもしれない。
右腕に分かれた時点で僕は二つに分裂し、それぞれの僕として成り立つ。
だから誕生したのは右手を切った瞬間で、この再生過程は成長過程とでも言うべきだろうか。
まあそんな倫理的な見方はどうでもいいし、どうにでもなる。
しばらくした頃、完全にそれは僕の姿と瓜二つだった。
ただ、賢い者はこう言った。
「まだ脳が生成されてないから、生命体としては完成していない。もう少し待ちなさい」
もう少し待つことにした。
あー……こう見ると、僕はすこし体格が小さすぎるな、これじゃ喧嘩に勝てそうにもない。だが、逃げ回るのは得意そうだ。
僕は決して短気ではない。
とはいえ待ち続ける時間が好きなわけでもない。
あー……いつになれば僕は僕を観察できるのだろう。
「おめでとう。今なら喋れるよ、自分と」
ようやくか。
いや、この偉業に比べれば僅かな時間だったか。
まあそんな狭い見方はどうでもいい。
彼に会えるのだから。
「やあ僕。気分はどうだい?」
ふふ。
あまり笑わない、笑えない僕でもこんな新鮮な出来事に笑顔を隠しきれないようだ。
それを見てもう一人の僕は言う。
「なるほど。君が僕なのか?」
「その通り」
次に彼はボソッと言った。
「……悲しいな。悲しくてたまらない。そして君が実に憎い」
意味が分からなかった。
「何故だ? 何故そんなことを言う?」
するともう一人の僕はこう言った。
「何故だって? それが分からないような人間が本体であることも実に悲しいけれど……」
彼は装置の中から出てきた。
全身が濡れているがそんなの気にせず、すこし歩いて工具がしまってある部屋へと入っていった。
「一体なにをするつもりなんだ?」
すると彼は笑いながらその部屋から出てきた。
手には撲殺できそうなスパナ。
「もちろん、君を、殺すのさ」
勢いよく駆けてくる彼に僕はどうしようもなかった。
恐怖ではない。
ただ理解できなかったのだ。
また、同伴していた賢い者もなにもできなかった。
その彼も、僕なのだから。
「あっ 」
目の前には血まみれになった僕。
ゆっくり見てみると自分の姿も血まみれだった。
そして、彼の血は返り血。
その血は僕の血であることも理解する。
だけど。
「なんで……」
僕は僕を知るためにこの計画を始めたのに。
客観的に見たところで変わらなかった。
あー……なんて虚しいことだろう。
僕は僕を、結局理解できなかった。
「……やっぱり悲しいな、悲しくてたまらない」
目の前には血まみれの僕。
結局僕は僕自身への憎しみを抑えられなかった。
すると、賢い者、僕からしたら愚かな者はこう尋ねてくるのだ。
「なんで彼を殺したんです? 取って代わろうとでも思ったんですか?」
取って代わる?
あー……まあ確かに、この状況を見たらそうとでも捉えられるな。
「取って代わるつもりはない。ただ僕が憎かっただけさ」
するとその愚かな者はこう返してきた。
「それは、こんな馬鹿げた、決して倫理的に許されないことをしたからですか? 自分を二人も作るなんて」
倫理的に許されない?
別に倫理的な見方はどうでもいいし、どうにでもなるんだ。
ただ、やり方が実に気に食わなかった。
「思い出せ、マッドサイエンティスト。僕は、僕が僕を作ったから憎かったんじゃない。僕を切ったから許せなかったんだ。僕はそいつの『右腕から』生まれたんだぞ?」
右腕から またたび @Ryuto52
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます