第3話 ひとめぼれ
「ワタシ、お見合いをしてみたいの」
「どうしたんです、急に。アナタがそんなことしたら、男性の9割がたが悲しむでしょうに」
「直樹は? 悲しむ?」
「もちろんです」
すっかり影の薄くなった直樹は、やるせなさそうに言った。
直樹は29歳になっていた。
アイリと別れるきっかけもつかめず、新しい恋に発展しそうな出会いもない。
このままではヘビの生殺しである。
いっそ、自分のほうが婚活パーティーにでも行った方がいいのではあるまいか。
直樹は考えた。
「周囲がアナタを放っておくはずがないでしょう」
アイリは、いっそ直樹が手放してくれたらと思うのに、彼は最後まで強情を張った。
冷たくするでもない、普通に会話するだけで、本質的な話をしなくなった直樹に、彼女はつまらなさを感じていた。
「ワタシ、合コンパーティーにも誘われているの」
「それはワタシとのデートを断りたい、ということですか?」
「そうじゃないのだけど、今の一言で気が変わったヨ。ごめんなさい」
「アイリ!」
直樹を振り切って、アイリは喫茶店を出た。
こんなふうに破局していくのなら、もっと激しくなじってほしかったと彼女は思った。
だが、これで直樹とは終わりだろう。
もう会わないし、会えない。
アイリには男女のつき合いというより、ペットのような存在がいたが、その男も先日部屋から出ていった。
どうして関係が続いてきたのかわからない。
確かに彼はヒモだった。
アイリに優しくするだけ優しくして、直樹にはないものを与えてはくれた。
いつも驚きと新鮮さをプレゼントしてくれたが、財力はなかった。
それでも彼一人に決めてしまえるほど、アイリは酔きょうではなかった。
「ワタシ、あなたのママじゃない」
そんなセリフが口をついて出た夜。
彼は指一本、アイリに触れなかった。
アイリは求められたとしても、拒んだであろう。
自分に母親を求められても困るのだ。
翌日は、花を抱えてたずねてきた直樹にすら心を許すことができず、互いにぎくしゃくと時をすごした。
どうしてしまったのだろう。
もう終わりにしたい。
そう思って直樹と別れた。
やぶれかぶれの決断だった。
そんなとき、バイト先の店に、新人が入ってきた。
アイリに教育を任されたから、接客を教えた。
ところが、影のように密やかにして巧みにアイリの懐に入りこんだ彼は、アイリをストーキングし、部屋にまでおしかけてきた。
アイリは不審に思って店長に連絡した。
誰が、自分の住まいを教えたのかと思ったからだった。
結果、その新人は店のお金を持ち逃げしたと聞かされ、アイリはパニックになった。
これは不幸なだけの出会いだったと思った。
「ママ、ワタシお見合いというものをしてみたいの」
「28にもなって! 自分でお相手も見つけられないの?」
「わかったワ。ママ……」
昔から逆らえない相手だった。
「おなか、すきませんか?」
映画館前で、声をかけてくる男がいた。
アイリにしてみれば、ここ最近めずらしいことだった。
いつも直樹が一緒だったからだ。
自分が一人前のスキのない大人になったせいだと思ってきたけれど、ちがっていた。
「あ、こんな時間……」
顔を上げると、西日を受けて白い歯をむく、男の笑顔。
「ずっとここにいたでしょう。あ、でもストーカーじゃありませんよ。映画観に来ただけ。入るとき見かけたけど、出てきてもここにいた。いいかげん、退屈しませんか」
「目ざといのね。その通りだワ。帰らないとね」
でもまた、会える気がした。
end
~愛しき女~ れなれな(水木レナ) @rena-rena
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