【エピローグ】キミの思い出

キミの思い出

「あなた。どうしたの?」


 リビングのテラスから空を仰ぎ見ていた僕に怪訝に妻が話しかけてきた。


「いや、少し昔のことを思い出してね」

「……姉さんのこと?」


 暗い顔になった妻は姉――あの女の子のことを思い出す。


「ああ。空を眺めると思い出すんだ」

「そう。……あなたの一等星はいつだってあの子なのね」

「いや、それは少し違うかな」


 僕は俯いた妻を見据えて否定した。


「一番は君だ。絶対に――愛してる」


 真摯に思いを告げる。


 ――思いはすぐに伝えなきゃいけないってあの子が教えてくれたから。


「私もよ……妬いちゃってごめんなさい」


 妻も機嫌を直し、謝ってくれた。

 仲直りのしるしに、僕たちは抱き合う。


「じゃあ、明日の仕事も早いし、今日はもう寝るよ」


 妻にそう言い残して、足早に僕は自室へと戻った。



…………◇ ◆ ◇ ◆ ◇…………



 ――一等星とは観察できる天体の中で最も明るい星のことを指す。

 僕にとってあの子は――あの女の子はどこにいたってそばにいるんだ。

 ただ近くにいる光が強い星ではなく、遠くで明るく輝く恒星でもない。

 父さんは教えてくれた。死者は星になって現世に生きる者たちを照らすと。


 なら、僕はどうするべきか……考えたんだ。


 今はその考えた結果に従って職に就き、あの子の妹と結婚した。子供も、もうそろそろ産まれる。今はその子の名前を考えるためと仕事柄的にも小説を読むのが日課になっている感じだ。


 とにかく、何事も勉強から始めることにした。我ながらよくできていると思う。だが、僕が就いた職は文字や文章に重きを置くし英語やドイツ語などの外国語も重要だ。


 正直、よく僕なんかが就けたよな……大事おおごとだ。小学生の頃は勉強のべの字もなかったというのに……。人間、必死になると案外できるものだと思うね。




 そんな自己満足に浸りながら、小学生の頃にあの子と歌った思い出の曲『COSMOSコスモス』をイヤホンで聴きながら僕が敬愛する夏目漱石先生の小説のページを拍子リズムよくめくる。




 たったひとつの後悔と僕が殺してしまった女の子――


 ――あの初恋の女の子にもっと早く想いを伝えられなかったことを胸に秘め僕は今日を生きている。



 星の思い出 【完】

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【短編】星の思い出 たかしゃん @takasyan_629ef

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