【短編】星の思い出

たかしゃん

【本編】星の思い出

星の思い出

 初夏の昼下がり、重いかばんを持って僕が来たのは町一番の大きな建物。

 その建物にはたくさんの人がいて、落ち着いた雰囲気ふんいきのする不思議なところだ。


 僕はその建物の階段を上り、ある女の子の部屋に行く。


 その部屋は女の子らしくぬいぐるみが置かれ花瓶かびんに花が差してあり、すごく綺麗きれい整頓せいとんされていた。清潔感せいけつかんのある独特な香りが僕の心をざわつかせる。


「あれ、今日もきてくれたの?」


 大きなベットで上体を起こした女の子がそう言葉をかけてきた。


「うん。お父さんもお母さんも用事があるみたいだからひとりで来ちゃった」

「そっか。……ありがと!」

「どういたしまして! ……はい。持ってきたんだ」


 お礼を言われて照れくさかった僕は、早速さっそく持ってきた重い鞄をベットの上に置いた。


「ええー! なになに?」


 女の子の不思議そうな反応が僕には嬉しかった。よし。少しからかってやろう。


「さー、なんでしょうか」

「なんだろ……ゲームかな? それともパズル? あ、か!」


 え、えっちな本!?


「な、なんでそうなるんだよ! ぜんぶハズレ!」


 僕がそんな本持ってるわけないのに女の子は自信満々じしんまんまんでそう答えたので僕はそっぽを向いてやる。


「えー! わかんないよ……もったいぶらず教えて?」

「――だよ」


 僕は素直に答えを教えた。


「ボウエンキョウっ!? ほんとにっ!?」

「ほんとほんと! お父さんのを持ってきちゃった」


 僕のお父さんは天体観測てんたいかんそく趣味しゅみでよく空をながめている。僕が前にその話をこの女の子にしたら興味津々きょうみしんしんに「星がみたい」と食いついてきたのだ。

 だから、お父さんにゆるしをもらい女の子のためにこれを持ってきたというのが僕がここにいる理由になる。だから――


「え? でも、いいの? 大事だいじなモノなんじゃ……」


 心配そうにいかけてきた女の子に、


大丈夫だいじょうぶ! お父さんに許可きょかはもらってあるから!」


 と自信満々じしんまんまんこたえることができるわけ! いつも勉強せずに遊びにいくような、いつも怒られてばかりの自分がここまで正当せいとう手順しゅだん沿って実行じっこうできたのだ。


 われながら、よくやったと思うし、ほめて欲しい。


 なので僕は女の子の手を取って頭の上に置いた。

 すると女の子は優しい手つきでよしよしとなで始め――僕のことをほめてくれる。


「ほんとにありがとね。だいすきだよ」

「……」


 赤くなりながら、僕は脈打つ心を落ち着かせるためにうつむく。

 清潔感のある白いかべに似合わない黒い冊子が交差する。その外には、セミの音が天高そらたかく響いていた。



 このとき、僕はまだ知らなかった。


 そして、すごく後悔した。



 ――僕の思いを伝えられなかったことを。




   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 その日、僕らは絵本を読んだりトランプをしたりパズルをしたりして遊んで時間をつぶし、そのときが来るのをじっといい子にして待った。

 そわそわしながら遊んでいた時間は、楽しかったけど、どこか心は遠くへ遊びに行っていた。でも、着実ちゃくじつに時間は過ぎていき、次第に辺りは暗くなる。


 ――よし。いまなら!


 ついに、そのときが訪れたんだと実感した僕は鞄に入った望遠鏡のレンズがついた丸細いつつ、三脚、星座早見表せいざはやみひょうを取り出した。


「今日こそ、見れそうだよ」


 夜空を見た僕は女の子にそう伝えた。


 ここ最近、何故か夜にだけ雲が空を覆い、ひどい日には雨も降り、風も出るという悪天候が続いていたのでそれどころではなく――やっと晴れた夜空に感謝の念を捧げる。


「ほんと! よかった」


 女の子は嬉しそうな安心した声を上げる。

 僕はそれに答えるでもなく、震える手で望遠鏡を組み上げていく。


「キレイにみえるかな?」

「空が晴れてるから、きっとよく見える。最高の観測環境シチュエーションさ」


 期待に胸をふくらませる女の子に、僕はお父さんがよく言っている言葉で答える。


「そっか! キミが言うならまちがいないね!」

「当り前だよ。――できた。あとすこしだけ待っててね」

「うん!」


 寄せられる期待に押しつぶされそうな重圧感じゅうあつかんを覚えながらも何とか組み上げられた。

 組み上げた望遠鏡を窓枠まどわくにあてがい、天高そらたかく光るまたたきにかまえる。

 あとは、観察対象の目標どれにしようかねらいをしぼって……あ、そうだ。


「なにか、見たいものはある?」


 僕の問いに足をぱたぱたと小刻こきざみにっていた女の子はきょとんとした。


 そして疑問顔ぎもんがおをする。


「みたいもの?」

「うん。星座せいざとか、惑星わくせいでもいいよ」

「よく分かんない……でも、みたいのはわかるよ」


 僕の出した案に困った顔をした女の子は変なことを言う。


「見たいのは……なに?」


 僕の問いかけに少しの間を置いて、女の子はその小さな口を開いた。




「星がみたい」




 それは、真摯な願いだった。


 僕が最初にお父さんにねだった言葉と同じでそのときの僕と同じ目で見つめてくる。


「……了解りょうかい


 僕はある星にピントを合わせる。


 その星は誰もが目にし、夜空に浮かぶ大きなお城――

 ――時とともに姿を変えて、僕らの世界を影から支える。


「よし、準備じゅんびできたよ」

「やった! のぞいてもいい?」

「うん。 そっとね」


 僕は女の子の肩を持って、望遠鏡をのぞかせてあげる。

 すると、女の子はじっくりと堪能たんのうしたあと、心からの歓声かんせいをあげた。


「わああぁぁぁぁ!」


 その女の子らしい元気な響きが広い部屋に広がった。

 僕が初めて星を見た日も、同じだったんじゃないかな。


「この星……なんていうの?」


 食い入るようにずっとその星を眺めている女の子はそんなことを言ってきた。


 その星の名前は、世界中の誰もが知っている星。


 昼のそらを照らす太陽のついとなる――


つきだよ」


 そう。僕が見せたのは月。この子が初めて見る星に僕が選び、そしてお父さんが僕に初めて見せてくれた思い出の星。


 ちょうど、今は満月で欠けることなく丸い姿をしてかがやいていた。

 その月をただ必死に見ている女の子の姿に、僕も自分の目でそら見上みあげる。


「月が綺麗だね」

「うん。すごく、きれい」


 おとずれる沈黙ちんもくの時間。その時間は一瞬いっしゅんのようで永遠えいえんにも思えた。ただ静寂せいじゃくが僕の鼓動こどうをひたすらに速めていくのを実感させる。


「……昔、お父さんに言われたことがあるんだ」


 え切れず、僕は沈黙を破った。


「星は過去の光。僕たちは星の思い出を見ている――て」

「カコの……ひかり?」

「うん。星は太陽の光を反射して輝く。本当は昼間もそらに浮かんでて、見えないのは太陽の光が強いからだって」

「へー! そうなんだっ!」


 突然の僕の豆知識に女の子は驚きつつも耳を傾けてくれる。


「……星になりたいな」

「え?」


 女の子の予想だにしていない言葉に思わず反応する。


「星になったら、いつでもキミのそばにいられるんでしょ?」

「……そうだけど、遠くなっちゃうよ」


 なんで、そんなことを言うんだ。


「とおくになっても、キミのそばにいられる。ずっと」

「……わたしはキミの思い出になりたい」


 そう言うと、女の子はずっと星を見ていた。眠りに落ちるそのときまで、僕の手を握り締めて。



…………◆ ◇ ◆ ◇ ◆…………



 あれから、間もなくして――女の子が亡くなった。


 原因はいじめによるストレスと目のダメージの深刻化しんこくかというものらしい。

 眼球がんきゅうを虫メガネで集めた光で焼かれ、ほとんど目が見えなくなった女の子――


 僕がそれを知ったのは、あの子が亡くなった後だった。

 そのときのことを、あまり覚えていない。ただ、こう思った。



 星はあんなにも長生きなのに、人間は数十年しか生きられない。

 その数十年しか生きられない命を、どうしてこうも軽く扱うんだ。




 星の思い出を見ているキミへ――

   陰る光に、思いを乗せて。

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