はんにちいないひ
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ、行ってらっしゃい」
なんでもないはずのやりとりにも緊張感が漂ってしまうのは、彼女の行き先を知ってるからだろうか。浮気をするわけでも、一生の別れになるわけでもないのに、どこか遠くに離れてしまう気がした。
「もー。同窓会に行くだけなのに、なんで悲しそうな顔してるのよ」
そんな思いは顔にも出ていたようで、パートナーは上目遣いで俺を見上げる。防寒用のニット帽と、厚手の白いコートがよく似合い、若干子どもっぽく見えるが、可愛らしい姿だった。
「ん。ああ、ごめん」
オレは怖がっている。彼女が、オレの知らない彼女の過去と再会するのを怖がっている。だけどいつまでもローテンションでいたら、出かけるものも出かけられない。無理矢理自分を奮い立たせて、精一杯の笑顔を作った。
「いってらっしゃい」
「いってきます!」
笑顔で出かけていくパートナーの後ろ姿を、オレは見えなくなるまで見送った。
***
部屋が暗くなり、ものが見えにくくなってから。オレはようやくカーテンを閉めた。電気を点けると、部屋がやたらと広く、眩しく感じた。彼女が気に入って購入した小物やぬいぐるみ、二人で撮った記念写真が、そこかしこに点々と置かれている。
「まだ五時か……」
時計を見て、オレは身体を横たえた。こんなにもつまらない休日は、本当に久しぶりのことだった。テレビを見ても身が入らず、食事も取る気がしない。本を見ても五分で投げ捨て、掃除をする気力も生まれなかった。
「年始に集まるなら、そりゃ長く会えるけどさあ」
口を開けば愚痴が出る。全く精神的によろしくない。オレはいつから、こんな人間になってしまったのか。彼女に出会ってからである。いつの間にかパートナーは、オレの生活に根を張っていたのだった。
「……ホコリが目につくな」
目に入ったものを無視しようとして、パートナーの顔が浮かぶ。頬を膨らませ、口を尖らせてぶーぶー言う姿がありありと出てきて、苦笑いした。
「よし、せめて掃除ぐらいはやっとくか」
少し気分が上向いて、オレは掃除に精を出す。とはいえ、もうすぐ夜である。掃除機は掛けずに、雑巾で各所を拭いたり、大きなホコリを処分したりといった作業しかできなかった。
「よっしゃ、ちっとはきれいになった」
そんな程度でも気分は上向くらしく、オレの機嫌はだいぶ良くなった。そのテンションのまま、夕食作りに取り掛かる。おせち料理やお雑煮に正直飽きが来ていたオレは、勢い任せにチャーハンを作ることにした。
「うーし、せっかくだから材料多めにいこうか」
かまぼこやチャーシュー、人参などを細かく刻み、作り置きのご飯を卵と混ぜる。無理を言って買ってもらった中華鍋に多めの油を引き、黄色いご飯を投入。強火で火を通したところに刻んだ具材を入れ、一気に炒め……。
「ただい……。あれ? ずるーい! チャーハン作ってる!」
まさかの声。愛するパートナーのご帰宅だった。随分と早い気もするのだが。
「ちょっとー! やっぱり会いたくて早く帰ってきたのにー!」
ぶりぶりと声を荒げながらキッチンに向かってくるパートナー。しかし構ってしまうとチャーハンが失敗する。オレは彼女を見ずに応じた。
「これはあげるから、着替えて来てよ。それと、もう一つ」
「ん?」
俺を見上げるパートナー。その間に鍋のフチへと醤油を垂らす。いい匂いが広がり、食欲をそそった。
「帰宅のあいさつは?」
軽く混ぜつつ口を開くと、彼女はポンと手を叩き。目いっぱいの笑顔で。
「ただいま!」
「おかえり。チャーハンの前に着替えて来てね」
「うん!」
皿に乗せられるチャーハンは黄金色で、今にも食べたくなる香りを放っていた。
つまり、オレのパートナーは今日も可愛い。以上。
オレと、可愛いパートナー( #オレパト ) 南雲麗 @nagumo_rei
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