「激務」⑥

 そう叫び、魔法陣の浮かび上がったハンコを地に押し付ける。

 私の声に呼応するように、地面から土塊つちくれ達が無数に表れる。それは無数の人、いや、社畜達の形を成した土塊達。私の同胞とも言えるそれらが、幾重にもなりヒラヴィスの前に立ちはだかるように次々と地面を這う。

 そしてインフェルノドラゴンが放つ熱線をその身で受け止める。一人、また一人と塵と化していく社畜どうほう達。でも、私は知っている。一人じゃできない仕事はみんなで終わらせるんだ。そうやって私達は、社畜魂を刻み込まれてきた。


 ――そして社畜達の全てが潰えた頃、熱線は掻き消えていた。

「す、すごいです師匠!あんなとんでもない光線を守り切っちゃうなんて!」

「え、ええ。でも守っただけで根本的な解決にはなっていないわ。」

 それに一気に疲労がきた気がする。これが魔力を消費するということなのだろうか。

 その時、インフェルノドラゴンが大きな叫び声を上げた。よく見てみると、ヒラヴィスが諦めずに打ち続けた矢がとうとう目に命中したのだ。しかも、アイリスが斬りつけた目の方に命中したため、かなりの大打撃になっていそうだ。

「あゆ様!今の内にお嬢様を担いでできるだけ遠くへ逃げましょう!」

「分かったわ、アイリス掴まれる?」

 ぐったりしたアイリスの肩を、私とヒラヴィスで担ぎ、できるだけ急いで移動する。


「師匠、さっきのヒラヴィスを庇った魔法、とてもかっこよかったです。」

「何言ってるの、あなたも光る剣も最高にイケてたわよ!」

「私も頑張ったんですよ、ぐすん……。」

 しまった、ヒラヴィスを蔑ろにしすぎた。あれだけ自分の身を粉にしてくれていたのに。なんだか、仕事をしている時の私を見ているみたいで、胸がキュンとした。

「ヒラヴィスもよく頑張ってくれたわ、本当にありがとう。今私達がこうして生きているのはあなたのおかげよ。」

 彼を労うのを忘れていたことを申し訳なく思いながら一声かける。

「いえ、いいんですよ。これもきっと執事の務めですから……。」


 少し緊張感の抜けた雰囲気で歩いていると、もうインフェルノドラゴンが追ってくる気配はなかった。私はほとんど何もしていなかったが、私達はやり遂げたのだ。あの規格外のドラゴンを退けるという偉業を。

 その達成感で胸がいっぱいだった。あとは生きて帰るだけだ。

「あゆ様、先ほどから随分と警戒されておりますね。」

「ええ、帰る道中で何かに襲われたんじゃ話にならないからね。」

「それならば、おそらくもう大丈夫だと思いますよ。」

 どういうことだろうか。まさか、あのドラゴンを退けたことを見ていた魔物達が私達を恐れているというのだろうか。

「先ほど私達が採取した、燃え盛る花は魔除けの効果もあります。なのでこの花を私達が持っている限りは、下級の魔物達が襲ってくることはないと思います。」

「そうなの、よかったわ。これで少しは気が抜けるのね。」

「ええ、お疲れ様です。とは言え、気を付けて帰ることに越したことはありませんがね。」

 気付けば、アイリスはうとうとしていて少し足を引きずっている。

「あゆ様、申し訳ないのですが、私のバッグを持っていただけますか。」

 自分が背負っていたバッグを渡してきた。バッグを受け取り背負うと、ヒラヴィスはアイリスの前方に回る。

「よいしょっと。」

 と軽々アイリスを背負う。

「あなたもかなり疲れてるんじゃないの?無理だったら交代するから言ってね。」

「いえ、大丈夫です。これもお嬢様の執事の仕事ですから。お気持ちはありがとうございます。」

 ヒラヴィスは本当にアイリスのことを大事にしてるだな、と再認識した。




 ――火山を下り、平原を超え、無事王都へと到着した。なんだかすごく久しぶりに感じる。朝に出発したというのに、もう夜も更けている。王都に着く頃にはアイリスも目を覚ました。

「さあ、レオさんへ報告しに行きましょう。そして早急に家の手配をしてもらいましょう。」

 そうか、私達はマイホームのためにこんなに頑張っていたんだった。疲れすぎて忘れるところだった。


 レオの家に到着すると、お構いなしにヒラヴィスが勢いよく扉を開く。私達も相当余裕がないから仕方ないだろう。

「誰だい急に――って君たちか。どうだったんだい?えらくボロボロだが。」

 ヒラヴィスは無言でバッグから依頼されていた花を取り出し、ケースごと突き出す。

「はい、これがあなたのお望みのものですよ。早く家を手配してもらってもいいですか。」

「おお!これがあの燃え盛る花か!なんと美しいんだ……。それにしても君たちはみかけによらず、かなりの実力者だったんだねえ。いやあすごいすごい。」

 世辞なんていらないから、早く休ませてほしい。そんな風に思っていたら、ヒラヴィスが目を見開き、レオに近づいていく。

「あなたやっぱり知ってたんですね!!インフェルノドラゴンがあの火山に居たことを!!」

「え、知っていたんですか?」

 アイリスがきょとんとする。まさか、これはそういうことだったのか?だからあの家も破格で売られていたのか。しかしそうなると割に合わないぞ、私達三人は死にかけたんだからな。

「いやいや待ってくれよ!最近噂も立っていただろう?知らない方が悪いじゃないか!」

「だからってあなたねえ――」


「まあまあ落ち着いてヒラヴィス。済んだことを言っても仕方ないわ。」

 アイリスがヒラヴィスを制止させる。

「お嬢様、いくらなんでもこれは――」

「ねえ、レオさん。今日はもう遅いですし、あなたの家でお世話になっても構いませんよね?傷も浅くないですし、お腹も減りましたから。」

 おっと、これは予想外の展開だ。

「え、いやまあ構わないが。」

「それに家の話ですが、あれは当初この花さえ手に入ればそれ以外のものは必要ないとのことでしたよね?いやあレオさんがいい人で助かっちゃいました。」

「いやいや、君そこまでは――」

「私達は、あなたの悪評を広めて、この花をオークションで売りさばいてもいいんですよ?さぞかし高値が付くでしょうね!」

 レオは押し黙ってしまい、少し考えた素振りを見せる。

「……分かったよ、黙っていた私も悪かった。それに君たちの傷の治療は最優先で行なおう。おーい、誰か来てくれないか。」

 そう言うと、メイド達がぞろぞろと現れた。

「彼らの治療と食事をすぐに準備しなさい。それと、家の方は手配しておくから明日の朝まで待っててくれ。」

 メイド達は、私達を気遣いながら案内してくれる。


 部屋に通され、傷を治療してもらった後、温かい食事をもらった。そして、疲労も溜まっているためすぐに寝ることにした。

 それぞれの部屋に入る直前に、

「意外と素直でしたね、彼。」

 と、ヒラヴィスが言う。確かにその通りだ、蓋を開けてみればそこまで悪い奴ではなかった。

「きっと根はいい人なのでしょう。それに私達は今生きていますし、結果だけ見れば得しましたよ!」

 アイリスは本当に根っからの聖人なんだなと思う。私は到底そこまでは思えない。

「ではあゆ様、お嬢様、ゆっくりお休みなさいませ。」

 ヒラヴィスは一足先に部屋へと入っていった。

「では私達も寝ましょうか。あの時も言いましたが、師匠ほんとにかっこよかったです。それにこんなにすぐ魔法を会得するなんて、ほんとにすごいです。」

「あなたもね、アイリス。自分でもびっくりしたけど、なんとか力になれてよかったわ。」

「さすが私の師匠ですね!明日は家の整理とかいろんな買い出しに行きましょうね!おやすみなさい。」

「ええ、おやすみなさい。」

 私も部屋に入り休むことにした。客室に通すとのことだったが、毎日清掃されているのか、かなりきれいな部屋で、布団もふかふかだしぐっすり寝れそうだ。


 この世界に来てから二日目だが、今日一日いろいろなことがあった。そして、自分の身についたものも。思い返してみても、いきなり波乱万丈だったが、こんな充足感を味わったのも久しぶりだった。

 

 ――まるで大きな仕事を終えた時のような、そんな感覚だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カシワル・ファンタジー かしわ @kashiwa_pharaoh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ