「激務」⑤

「こっちだ!インフェルノドラゴン!」

 弓を構えながら、ヒラヴィスは私達から距離をとる。アイリスは私達を信じているのか、剣を胸の前に構え集中し始めた。

 さて、私はどうしたものか。死なない程度に接近してハンコを振り回してみるくらいしかないんだが。

 よし、こうなったらやけだ。なんでもやってやろうじゃないか。

「ヒラヴィス!あんたは遠距離でちまちまする系なんでしょ!私に任せなさい!ほらこっちよバカでかいドラゴン!」

 がむしゃらに前に突っ走る。後ろからヒラヴィスが何か言っているのが聞こえるが、今はできることをやるんだ。

 私の存在に気付いたのか、長い尻尾をこちらに水平に振り回してきた。こちらの身長より少し低いくらいの太さの尻尾が前方から迫ってくる。できるかは分からないが飛び越えるしかない。

「飛べ私ー!!」

 ハンコを先に尻尾の向こう側に放り投げ、気合の走り幅跳びをする。両手を前にし、頭から飛び越える感じで渾身の勢いで飛んだ。

 

 が、現実は甘くなかった。上半身はうまく飛び越えれたが、下半身がその勢いに付いていけず、高度が下がったため尻尾でぶん殴られる。

 足を前から殴られたため、つま先は時計回りに回転し、必然上半身も同じように回転し、背中から地面に打ち付けられる。

「ガハッ!」

 そんな絵に描いたような音を、口から漏らすことになるとは思わなかった。背中と足だけではなく、叩きつけられた衝撃で内蔵の至る所が痛い気がする。

 

 しかし、自分を奮い立たせ立ち上がる。既にかっこ悪いところをたくさん見せているからこれ以上どうなろうと構わない。命が無くならなければの話だが。

 私が間抜けたことをしている間に、ヒラヴィスが奮戦してくれていたようだ。インフェルノドラゴンの顔目掛けて矢をいくつも放っている。致命傷にはなっていないが、時間稼ぎにはなっているらしい。鬱陶しく思ったのか、さっき放った熱線をヒラヴィスに向かって見舞う。

「うおぉっ!?」

 身を投げ出すように寸でのところで熱線を避ける。避けるというよりは飛び出したに近いが。しかし、これは今チャンスだ。注意はヒラヴィスに向いてる。

 体を叱咤し、助走を付けて走り出す。いくら私が無力と言えど、武器の特性をうまく使えばダメージに繋がるかもしれない。

「食らいなさい!!」

 気合だけは十分に、ハンコをの角をインフェルノドラゴンの足に振り下ろす。人間でいうところのつま先に、渾身のハンコの角をお見舞いしてやった。

「グォォォオ!!」

 ……もしかして痛がっているのだろうか、もしそうなら大成功だ。しかし次の瞬間、背筋も凍る鋭い眼光で睨みつけられる。思わず委縮してしまったところを見逃されなかった。

 気付けば眼前にでかい顔があり、大きな口を開いている。口の中は熱気が集中し、今にも熱線を放とうとしている。これだけ眼前で撃たれると避けれな――。

「師匠ー!!」

 アイリスが駆け寄ってくる。まずい、今来たらモロに食らってしまうことになる!

「こないで――」

「師匠を傷付けさせません!いきます!!」

 アイリスが持っている剣が白く眩い光を放っている。そして、大きく頭上に振りかぶった。


「ホーリーブレード!!」

 そう言い、放った剣はインフェルノドラゴンの顔を光放ちながら斬りつける。大きな光で斬りつけただけではなく、その残滓撒き散らしながら爆発させる。

 さすがにこれは大ダメージだったのか、苦しそうな奇声をあげのたうち回る。

「すごいじゃないアイリス――ってどうしたの!?」

 アイリスは剣を杖のように地に付き、肩で息をしている。と、しているのも限界だったのか、その場で膝から崩れ落ちた。

「ハァハァ……、すいません師匠。私が不甲斐ないせいで、一撃で仕留めれませんでした。」

「お嬢様!ご無理をしすぎです!本来ならまだ、あなたが使うには早すぎる技なんですよ!」

「そうは言ってもこれくらいしか手が無いじゃない、でもこれで仕留めきれなかったとなると……。」

 そう言ってる傍から、インフェルノドラゴンは姿勢を戻し、こちらに向き直った。左目に大きな切り傷は付いているが、致命傷には至らなかったらしい。

 大きな咆哮を上げ、むしろ先程よりも怒りを買ってしまったように見える。しかし、ダメージは確実に入っているはずだ。今畳みかければ或いはなんとか。


「……あゆ様。お嬢様を連れてここから離れてください。もうお嬢様は魔力も体力も限界です。」

「そんなことできるわけ――」

「お嬢様のためです!ここは私が時間を稼ぎますから!早く行ってください!」

 それ以上は言い返させないと、体で表してるかのようにヒラヴィスが走りだす。私は言い返すこともできなかった。

 なぜなら、私は無力だ。今、この局面に至るまで、本当に何もできていない。二人は私のためにこんなにも頑張ってくれているというのに。ヒラヴィスは自分を犠牲にしようとまでしてくれているのに。

 



 犠牲か。そう言えば、一年ほど前に大きなソフトの受注があった時、どう考えても納期が間に合わなくて、一人また一人と泊まり込みで仕事をしていたことがあった。尊い労働力を犠牲に、そのソフトは納期内に完成したのだ。この回想は一体何なんだ、所謂走馬灯というやつなんだろうか。

 違う、私には走馬灯なんていらない。この状況を打破する力が欲しいんだ。なんでたくさんの社畜達が犠牲になった時の記憶なんて――。

 

 そう思っていると、私の持っているハンコが光り始めた。いんがあるであろう四角い面には次々に光る線が描かれ始め、魔法陣のようなものを形成する。これって、聞いていた通りだと、今まさに魔法が使用できる状態なんじゃないかしら。

 その時、とある言葉が脳裏に閃く。そして、長年疑問だったことが一つ解決した。

 なぜ、創作物のキャラクター達は技とか魔法を繰り出すときにその技名を言うのかと思っていたが、今理解した。それが、技や魔法を引き出すスイッチなのだ。


「やば、避けれない!」

 ヒラヴィスが、今まさに熱線を撃とうとしているインフェルノドラゴンの前で、態勢を崩してしまったようだ。

 少し気恥ずかしさはあったが、躊躇なくその言葉を発してみることにする。どうなるかは分からないが、何もしないよりはいいだろう。


数多ワーカーオブ社畜サクリファイス!!」





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