第36話 結
あれから三年経ち、アサミとワタルは夫婦となり、アサミのおばさんの近くで食堂を開いていた。子供も二人いて、開店中は保育所に預けている。食堂の名前は「ハバぐわー食堂」という。食堂はアサミが客を取りしきり、ワタルが厨房で働くという形で運営され、旨くはないが、安くて量が多いという評判で、かなり繁盛していた。
「ゴーヤーチャンプルー大盛り一丁!」とアサミが大きな声で言う。
「ゴーヤーチャンプルー大盛り一丁!了解しました」とワタルが小さな声で答える。
それだけで、客はみんなニコニコしている。
店の壁には、メニューの横にレキオス号の写真が貼ってある。客の一人が、
「えっ、あの船レキオス号?レキオス号ってレキオス部隊のあれだよね!」
「アサミー達、レキオス部隊の人知ってるの?知り合い?」と聞く。
「ちょっとね、友達だから。」
「えーーっ、ホントかよ!何処の誰か教えてよ!」
「それは秘密だよ!他に注文しないの?ソバ大盛りとか?」
レキオス部隊の活躍は、あの白髪の元アナウンサーのインタビューをもとに報道や出版、ドラマ化がされ、沖縄では広く知られる存在となった。テレビドラマではレキオス部隊を美男美女の役者が演じ、美化され過ぎた演出で、登場人物が大げさに泣いたり叫んだりするので、庶民的なアサミやワタルに繋がるイメージは全くない。しかも、アサミ達はマスコミへの出演を断っている。自分たちがそういう役割ではないと了解しているからだ。
テレビドラマにレキオス部隊役で出演した美男美女の役者達は、沖縄のヒーロー扱いとなって子供たちに大人気になっている。元TKBの三人のメンバーも、沖縄のテレビで活躍を続けている。
ある日そんなハバぐわー食堂に、真っ黒に日焼けした屋宜が二、三年ぶりに訪ねてきた。
「久しぶり!繁盛してるらしいね!」
「屋宜さん!みーどぅーさいね!どうしてたの?」
「いま、レキオス号に乗って、辺野古で漁師をしているよ!」
「えーーーっ、レキオス号が戻ってきたの?」
「米軍から連絡があって、レキオス号を五百万で買わないかと言われたさー。そんなに金がないと言ったら、三百万にまけてくれた。」
「へえーー、レキオス号元気かなー、久しぶりに見てみたいなーー。」
「良かったら乗ってよ。二人で新婚旅行に使っても良いよ!」
「新婚旅行どころか、結婚式もまだなんだよ!」
「えーー、ワタル君どうなってるんだ?」
「えーーっと、そのキカイが無くて、すいません!」とワタルが厨房から顔を出して頭を下げる。
「なによ、そのキカイって、面倒だと思ってるんでしょ!」
「そんな事ないよ、じゃあ来月結婚式するよ!」
「ほんとぉーー、ワタルでーじハバぐわー!」
「久しぶりに聞いたな、そのハバぐわー!レキオス号の上で結婚式を挙げるってのはどうだ?」
「キャーー、ちょーステキ!」
翌月、ワタルとアサミは、辺野古港の岸壁に停泊する「レキオス号」の上でほんとうに結婚式をする事になった。
当日はワタルとアサミの親類縁者以外にも、あの元TKBの三人のメンバーもファン達も、そして沖縄に住み着いてしまった苗場山の四人の女性達も、家族友人を連れて集まってくれた。辺野古港のやたらと広いコンクリート岸壁のほんの片隅だが、それでも約五百人を超える人々が、レキオス号を囲んで集まった。
ワタルとアサミと二人の子供たちと、付き添いの人達と日本人の神父が、「レキオス号」に乗り込み、結婚式が始まる。揺れる「レキオス号」の上で、アサミに抱かれた赤ん坊が元気良く泣いている。歩き回ろうとする子供の手をワタルが捕まえている。
神父の言葉、結婚の誓いの言葉とキスが終わり、拍手歓声が起こり、花びらが舞い、元TKBの三人の歌が始まる。
遠い夢のようね まるで映画のようね
あなたと私が出会ったのは 土砂降りの雨の日の丹波坂
転んだあなたを助けたのは私 そして私に傘をさしてくれたのはあなた
変よね 変よね でもこれが二人の恋の始まり
ありがとう丹波坂 ありがとう土砂降りの雨
これからも一緒だよ トゥギャザー
いつまでも一緒だよ トゥギャザー
元TKBの三人は、笑顔いっぱいで、この内容の薄い歌を、一生懸命に歌ってくれた。辺野古港のやたらと広いしかも少し傾いたコンクリート岸壁のほんの片隅を埋める約五百人の観客も、まるでコンサートのように盛り上がっている。宮里組の後輩たち数十人が元気いっぱいに声を張り上げてオタ芸をしている。
ワタルはその時また、空にたくさんの小さく光るものを見た。三年前レキオス号で帰ってきた時に見たのと同じ光だ。しかも今度は7つではなく、空いっぱいに無数にでている。
ワタルの目のゴミか、黄砂か、PM2.5の影響か、空いっぱいにUFOが出たのか、それは分からない。
しかしワタルは、榛名山の女性リーダーが「連盟」の榛名山部隊、苗場山部隊、浅間山部隊、北アルプス部隊のみんなをさそって、沖縄まで来てくれたような気がしていた。
空いっぱいの無数の小さな光は、元TKBの三人が歌っている間、たしかに揺れていた。
(完)
日本列島戦記 島石浩司 @vbuy5731gh
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