6月20日 美弥子とのこと

―――――――――――――――――――――

6月20日


〇美弥子が私を避けるようになった理由を話してくれた。周りの近しい人たちくらいは、積極的に大切にしなくては、と反省した。

―――――――――――――――――――――


 商店街の精肉店から家に戻ろうとしたとき、偶然にも学校帰りで制服姿の美弥子にばったり遭遇した。

 セーラー服が良く似合っている。


「あら美弥子、おかえりなさい」


 軽く声をかけると、俯き加減だった顔を勢いよくあげた。

 俯いていたのは、おそらく美弥子の性格がそうさせていたのだろう。別に、何かあって落ち込んでいるとか、そういうわけではない。……と思う。

 立ち止まった美弥子が肩をすぼませて、もじもじとし始める。せわしなく目を泳がせて、斜め下に視線を落とした。


「た、ただいま」

「いつもこれくらいの時間に帰ってるの?」

「うん……部活がない日も図書室で本を読んだりしてるから」


 そういえば結局、美弥子が文芸部でどんなものを書いているのか知らないままだ。訊いた時の反応から察するに、何かしら書いているのだとは思うのだが。

 ……すごく気になる。

 あまり詮索しない方がいいのだろうか。しかし文芸部に入ってそこでものを書いているということは、他者の目に触れられる機会は必ずあるのでは……。

 それであんなに恥ずかしがっていて、美弥子は大丈夫なのだろうか。ちゃんと部活ができているのか心配になってきた。


「そう。美弥子って、間違いなく私の影響で本が好きになったでしょう? だから、私としてはそれがなんだか嬉しいよ」


 美弥子が上目遣いにちらと私に視線を移した。そして、口を真一文字に結んだまま、コクコクと何度も首を縦に振った。


「花屋まですぐだけど、一緒に帰ろうか。ついでに何かお花買っていこうかな」

「う、うん、ありがとう」


 口辺を緩めてはにかむ美弥子と並んで歩き始める。

 隣の美弥子が、横から私を見上げて、


「今日はゆうちゃんと一緒じゃないの?」


 と訊いてきた。

 

「ああ、うん。なんか穂村と一緒にどこか行っちゃってね。どこに行くのか尋ねても二人とも何も答えてくれないの。はあもう、心配かけないでほしいわ」


 私の愚痴のような呟きに、美弥子がクスクスと笑った。


「もうすぐ優菜ちゃんの誕生日だから……」


 そこで言葉を切ったかと思うと、美弥子は口を半開きにしたままで、母犬から引き離された子犬のような目を向けてきた。


「……秘密にしてたのに言っちゃった」


 そんな大罪を犯したかのような表情しなくていいのに……。


「そうじゃないかなあ、とは思ってたから、大丈夫よ」


 苦笑して美弥子の頭に手を乗っける。美弥子はコクリと頷いて、ほうっと息をついた。


「ゆうちゃんも穂村さんも、みんな同じ学校でいいなあ」

「やかましいったらないけどね」

「うん、それがすっごく楽しそう」

「まあねえ、退屈はしないけど、もう少し落ち着いてほしいわ。美弥子を見習ってくれないかなあ」


 美弥子がどこか羨ましそうに目を細め、私を見つめた。

 

「優菜ちゃん、今すごく幸せそうな顔してるよ」


 その指摘に、思わず自分の頬に手を当ててしまった。


「うそ、またか。穂村にもよく言われるの、それ。そんな顔しながら言う台詞じゃないー、って」

「優菜ちゃん、ゆうちゃんが来てからなんか変わったよね」


 可笑しそうに笑いながら、美弥子がそう言った。


「私ね、優菜ちゃんは人が嫌いなんだと思ってた」

「うーん……あまりはっきりと否定できないのが悲しい。まあ嫌いっていうよりも、疎ましくて苦手って感じかな」

「でも優菜ちゃんはそれを隠すから、どんどん人の視線が寄ってきちゃうでしょ?」


 思わず、深いため息が漏れ出てしまった。


「そうなのよねえ、穂村にも難儀な性格してるなあって言われるわ」

「私ね、優菜ちゃんがすごく注目されてて、たくさんの人の視線が集まるから……私が見られてるわけじゃないって分かってたけど、それがちょっと苦手だった」

「それでか……」


 美弥子が申し訳なさそうに頷く。


「あと、私も優菜ちゃんにとっては他の大勢の他人と同じなのかなあって。本当は迷惑に思われてるのかなあ、一緒にいない方がいいのかなあって」


 美弥子の言葉を、首を振って慌てて否定する。


「そんなわけないでしょ、物心つく前からずっと一緒だったんだよ。そんなこと思うわけないじゃない」

「うん、ごめんね優菜ちゃん。勝手に思い込んでた」


 内気な美弥子だと、心を開け広げて直接それをきくこともままならなかったのだろう。不甲斐ないのは、人間関係が苦手な私の方だ。

 美弥子が離れてしまっても、ただ「しょうがないや」「こんなものだ」と立ち尽くすだけだった私が悪いのだ。

 

「でも、優菜ちゃんとまたこうやって話せるようになって嬉しい」

「そうねえ、ゆうのおかげかな」

「うん。ゆうちゃんはすごいなあ」

「すごいかなあ」

「すごいよ、私が見たことない優菜ちゃんの顔、たくさん引き出してるんだもん。私もゆうちゃんみたいになれたらって、あこがれちゃう」


 美弥子がどこか遠い目をしてポツリと呟いた。

 ああ、憧れる気持ちはすごく良くわかる。私も、何度あの子に羨望の眼差しを向けてきたことか。私の中にもあんな風に素直で真っ直ぐな自分がいたら、と。

 

美弥子と一緒になって感傷に浸ってしまった。とりあえず、帰ったらお礼でも言っておくか。




「ゆう、ありがとうね」


 いつ言おうか、今か今かとお礼を言うタイミングを伺っていたが、言えたのは電気を消してベッドに横になって少し経ってからのことだった。


「急にどうしたんですか? じゃあ私も、お姉ちゃん、生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、ありがとうございます」


 ゆうが冗談めかした声音で言った。

 思わず笑ってしまった。


「ゆうはいちいち大げさだなあ」

「えへへ、私のお姉ちゃんへの愛は壮大なんです」

「なにそれ」


 私がゆうの方へ身体を向けると、ゆうも私に身体を向けて、鎖骨あたりに額を寄せてきた。

 ゆうの頭をそっと撫でて、口を開く。


「今日、美弥子に会って、少し話したの」

「そうですか、やっとですか。困ったお姉ちゃんです」

「うん、まあ……美弥子の方から切り出してくれたんだけどね」

「おー、ミヤちゃん頑張りましたね。それに比べてお姉ちゃんときたら」

「ううっ……不甲斐なくて悪かったね」

「ほんとですよ。でもそんな不器用なところも素敵です、大好きです」


 ゆうはそう言うと、身じろぎをして、額をスリスリとこすりつけてきた。


「私にはお姉ちゃんが絶対に必要不可欠ですが、お姉ちゃんにとっても私はなくてはならない存在ですねー」


 「うん、ありがとう」と言って、ゆうの頭を胸の前で優しく抱えた。


「あれっ、お姉ちゃんが素直です! 電気、電気つけてください! 今のお姉ちゃんの表情を拝まなくては!」

「ダメです」


 ジタバタするゆうの身体をおさえ込むように、きつく抱きしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

扇屋小町の茶飯譚 やまめ亥留鹿 @s214qa29y

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ