Episode3.早すぎた再開と、彼女の真意

 静かな夜が終わりを迎え、東雲しののめの空が冷えた崖穴を優しく照らす。その光を照し返したのは、深紅色をした髪の少女の素顔だ。彼女は眠たそうにまぶたこすっている。

「もう、行くのね」

「ああ。色々あったけど・・・・・・」

 焼かれたりとか、罵倒されたりと、悪い想い出ばかりがよみがり、カイルは苦笑を零した。

「楽し、かった」

「・・・・・・歯切れが悪いのね」

「誰のせいだ!」

「さぁ、誰かしら?」

 少女はくすりと表情をほころばせた。それをカイルは怒っていたことが阿呆らしくなって、きびすを返す。

「じゃあな、ありがと」

 カイルは背中を向けると、右にある森の小道に歩き出す。

 すると、少女に呼び止められた。

「ちょっと待って!」

 呼び止めた少女がカイルの元に小走りで駆け寄り、服のすそをギュッと掴んだ。

 カイルは告白されるのかなと、心躍らせゆっくりと後ろに振り返る。

 彼女の蒼い瞳と目が合った。

 そして、彼女の瑞々しい唇がわずかに動く。

「アナタ、馬鹿でしょ。村は反対側よ」

「え?」

 反対側の小道を指さした少女は、ジトっとした目つきでカイルの顔を見やる。

 変に期待してた自分が、今はとても恥ずかしい。

「あはは!そうだったそうだった」

 カイルは乾いた笑いを浮かべながら、回れ右をして、再び歩き出した。

「今度こそ、さよなら!」

「ええ、会いましょ」

 そうして、カイルは彼女と別れた。




 吹き抜ける風を浴び、緩やかな斜面を下っていくと、視界が大きく開けた。

 目の前には、木造の家々や見張り台、木柵でぐるりと囲まれた牧場などが広がっている。牧場では、沢山の羊と、その羊を飼っているシェパードの姿があった。

 目の前にあるアーチ状の入口に書かれた文字を見上げる。そこには『メルリア村』と書かれていた。

「着くの早過ぎない?」

 昨日まで森の中を何日も彷徨さまよっていたのが嘘だったかのように、目的地であるメルリアは姿を現した。しかも、沢山いた魔獣に一度も遭遇することもなく・・・・・・今まで森の中を駆け回っていた自分が馬鹿みたいだ。

 予言によれば、明後日には地図からこの村が消えることになる。それまでにこの村の人々に移住して貰わなければならない。

 カイルは木柵の側まで寄ると、少し離れた位置にいるシェパードに声をかけた。

「すみません!」

「はい、なんでしょう?」

 シェパードがカイルの存在にきずくと、羊の面倒を止め、こちらに寄ってきた。

 頭に麦わらの帽子を被った、カイルより一回り歳上の男性だ。

「村長はどちらに?」

「村長なら、あの大きい家にいると思いますが」

 そう言ってシェパードは木造の目立つ一軒家を指さした。

「ありがとうございます」

「いえいえ。では、私はこれで」

 シェパードは羊の世話に戻った。

 村長がいる建物の扉をノックする。コンコンと小気味よい音が響いた。

「・・・・・・はい、どちら様で?」

 扉が開くと、黒い髭を生やしたお爺さんが顔を覗かせる。

「お師匠様・・・・・・ではなくてゲル予言者様の予言を預かって参りました」

「・・・・・・ほう、その予言というのは?」

 カイルは一度、深呼吸をすると村長に告げた。

「村人全員を連れてここから逃げてください。明後日、この村が滅びます」

 予言を聞いた村長は目を見開くが、すぐに肩を降ろす。

「まさか、そんなことがあるはずない」

 村長はお師匠の予言を鼻で笑い、一蹴した。

「本当です、信じてください!」

「他所者のわけ分からん予言の言葉を信じろと?」

 カイルは心中で舌打ちをする。

 実はお師匠様の予言が聞いてもらえなかったことは、これが初めてではない。

 今まで訪ねてきた村は基本的にお師匠の予言を聞いてはくれなかった。中には予言を聞き入れてくれる心優しい人もいたが、そんなのは数える程だ。

 そして、予言を聞き入れなかった村のもれなくが消滅した。

 今回も村を救うことができないのか。

 カイルが沈黙し、佇んでいると村長がその肩を優しく叩いた。

「お前さんがここに来るまでに、大変な思いをしたのは、その薄汚れた服を見ればわかる。今日は無償で宿を提供してやるから、しっかり体を休めろ」

 カイルは無力な自分に、歯を食いしばりながらも、その日は宿で体を休めることにした。


 翌日の昼下がり、カイルは再び話を聞いてもらう為、村長のいる建物に訪れた。

「またお前か、疲れは取れたのか」

「ええ、おかげさまで。・・・・・・それで昨日の話なんですが」

「何度も言わせるな、こっちにも仕事があるんだ。諦めて、家へ帰りなさい」

「でも、そしたら村の人達が!」

「ええい、やかましい!さっさと・・・・・・」

「村長っ!大変です!」

「どうしたレイヴ」

 突如とつじょ、慌ててこちらに駆け寄ってきた男性は昨日のシェパードだ。レイヴという名前らしい。

 レイヴは息を切らしながらも、口を開いた。

「女神フォルトゥナが現れました!」

「なにィ!?」

 レイヴの報告により、村長の顔が急変する。

「何の前触れもなく、牧場の真ん中にスっと姿を現したこう言ったんです『この村を破壊しに来た』と」

 すると、村長はレイヴに指示を飛ばした。

「レイヴは村人をすぐに避難させろ!私は至急隣村の村長に連絡を取り、避難所を設けてもらう」

「わかりました!」

 レイヴは頷くと、再び走り出した。

「どうかしたのですか?」

「聞いてなかったのか、女神フォルトゥナが現れたのだ。この村はもう駄目だ、お前も早くここから離れろ」

 村長はそれだけ言うと、扉を勢いよく閉ざしてしまった。

 ―――女神フォルトゥナ。

 カイルはレイヴの言っていた女神のことが気になり、その女神がいる牧場に足を向けた。




 草原の上を無遠慮ぶえんりょな風が吹き抜ける。

 カイルが牧場にやってくると、その中央に独りたたずむ少女の姿があった。

 風になびく深紅色の長い髪に、黒のそでなしスリットワンピース。

 そして、全てを見通すような蒼い瞳。

「・・・・・・フォルトゥナって名前だったんだ」

「早い再開だったわね、カイル」

 現れた女神というのは、森の中で出逢った少女のことだったのだ。

「さっき村の人に聞いたんだけど、村を破壊するってどういう?」

 まさか、お師匠様の予言の元凶がこの子だというのか。

「言葉通りの意味よ、死にたくなかったらアナタもここから去りなさい」

「君は意地悪だけど、そんなことはしない」

「本当にそう思っているのかしら?」

 フォルトゥナは大鎌を手にし、振りかざすと、牧場にあった木柵を蒼白そうはくほのおで消し飛ばした。

 そこから羊たちが次から次へと牧場の外へ放流してゆく。

「なんてことするんだ!」

「どうせ、すぐに無くなる村で何をしようが私の勝手でしょ?・・・・・・村の人間はみんな避難したみたいね、後はアナタだけよ」

 今のフォルトゥナの言葉に、カイルは引っ掛かりを覚えた。

「どうして村を破壊しに来た女神おまえが、そこまで村の人達の避難を気にかける?」

「―――なっ!?」

 カイルの言葉に、フォルトゥナは明らかな動揺を見せた

「本当は村を破壊しに来たんじゃなくて、村の人達を避難させに・・・・・・」

「バカじゃないの。どうして私がそんな回りくどいことしなくちゃいけないのよ!」

 だって、そんなの・・・・・・。

「意地悪だけど、根が優しいのがキミだから」

「―――っ!」

「さっき柵を破壊したのだって、囲いから羊達を逃がすためだろ」

「た、たまたま羊が逃げただけよ!・・・・・・いいからさっさとアナタもここから消えなさい」

「分かったよ。でも、これは言わせてくれフォルトゥナ」

「な、なによ?」

「私の代わりに村の人達を救ってくれてありがとう」

 カイルが心からの感謝を伝えると、フォルトゥナは取り繕ったように強がってみせた。

「礼を言われる筋はないわ、私はただこの村を破壊しに来ただけだもの」

「またどこかで逢えるかな?」

 カイルの言葉に、目を丸くしたフォルトゥナはすぐに俯き、顔を伏せる。

 それから、真っ直ぐにカイルへ向けたて、顔を上げた。

「・・・・・・会いたかったら、私を見つけてみせるのね」

 そう言ったフォルトゥナの表情はいつにも増して、綺麗で、悪戯っぽくて、挑発的だった。

「ああ!そうさせてもらうよ!」

 カイルはそう言い残すと、フォルトゥナに背を向けて、歩き出した。

 暫くして、後ろを振り返る。

 美しい女神がいたはずのを牧場には、煌びやかな蒼白い焔だけが残されていた。

 翌日、天災により村は壊滅。村が壊滅した原因が女神フォルトゥナによるものだと全土に知らされた。

「・・・・・・また会えるかな」

馬車に揺られながら、女神ことを想い、カイルはひとしきり空を見上げていた。


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危懼に汚れた女神の真名 水瀬 綾人 @shibariku

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