第3話 ボクはまだ何も知らないみたいです。
しばらく飛び続けると、マリアさんが森の少しだけ開けたところに下りていった。ボクもそれに続いて、下りていく。
「なるほど、良い選択ね。ここなら、空から見ないと人には気付かれないでしょう」
最後に着地したご主人様が、マリアさんに向けてそう声をかけた。まだフクロウ姿のマリアさんは、一声鳴いて答える。
「さて、家を建てるから、あなたたちは少し離れていなさい」
マリアさんはすでに離れている。ボクもマリアさんのところに行ってみる。
「えう えう あきゃく えあ えあ まくなぐ まぐなく める める──」
ご主人様が不思議な言葉を唱えると、周囲の木が勝手に動き出す。柔らかなもののように一瞬で切り倒され、宙を漂い、薄い板になるよう更に切られたり、組みあげられたりしていき、あっという間に木組みの家が完成した。
「マリア、ジュデッカ。中は暖かいわ。入って、羽を休めなさい」
ご主人様は、ドアを開けて待ってくれている。けれど、たった今木を組みあげて、寒い場所に建てたばかりの家の中が暖かいわけ……あった。これが魔法というものなのか。
「はぁー、ありがとう、ワルプルギス。長距離飛ぶのもだけど、夜のお仕事が多すぎてとんでもなく疲れてたのよ。早速寝るわー……」
いつの間にか人の姿になっていたマリアさんは、そう言うとベッドに潜り込んですーすーと寝息を立て始めた。
「さて……ジュデッカ。あなたも寝なさい。本来なら私を売ったことを折檻すべきだけれど、十分な教育もせずに人里に出向かせた私も愚かだったわ。それに……私も、疲れて眠い……」
ご主人様は、マリアさんと同じベッドに潜り込んでいった。たしかに、ボクも長距離飛んだから疲れているけれど……わざわざ小さなベッドがあるわけだし、ボクも一緒に潜り込む、というわけではなさそうだね……。
あっ、でも、誰かが暖めておいてくれたみたいに暖かくて、すごくふわふわして、気持ちいい……そんなことを確かめるように入っていくと、いつの間にかまぶたが重く……。
最高の寝心地のベッドにくるまれて眠ったわけだけど、寝ざめは決して良くはなかった。むしろ悪かった。
「ジュデッカ。主人より早く目覚めないとは、なかなかいい度胸ね?」
ふわふわ夢心地のボクは、その言葉と共に目覚め、床に転げ落ちて顔をぶつけて、一気に現実に引き戻された。
「ジュデッカ。あなたのへまのおかげで私たちは朝食すらとれないのよ」
「ごべんなざい……鼻血、止まってからにしてください……」
「だめよ。空腹では魔法も威力が落ちる。何より、お父様は私の健康を願ってくださっている。食事を欠かすわけにはいかないわ」
「ワルプルギス、気持ちは分かるけど、落ち着いて。買い出しなら私が行くから……ね?」
「それはいいわね。そうしてジュデッカは何も覚えることなく、ただのごくつぶしとなる。フクロウ肉っておいしいのかしら?」
「……わかったから。私が先輩使い魔としてジュデッカと買い出しに行くわ。またおバカなことしないよう、ちゃんと注意しておくから」
「それでいいのよ。はい」
いまだに床に転がっているボクを気にもかけず、ご主人はマリアさんに小さな革の袋を投げ渡した。
「これだけ? ジュデッカの分も考えると、つつましやかな食事になるわよ?」
「ジュデッカの朝食はジュデッカ本人に用意させなさい。フクロウなのだから、それくらいできるでしょう。主を売った罰としては軽すぎるくらいだと思うけれど」
「そんな……ボク、狩り下手で、今まで生きてこられたのも奇跡的で」
「奇跡?」
ひぇっ。思わずそんな声にならない声が漏れるほど、ご主人様は恐ろしい形相だった。
「ジュデッカ、とりあえず朝食を買いに行きましょう。狩りなら私ができるから、獲物を分けてあげてもいいし」
「ま、マリアさんぅぅぅ……」
うう、マリアさんは優しいなぁ……それともご主人様が厳しすぎるのかなぁ……たぶん後者だよなぁ……でも、ご主人様を売ってでも助かろうとしたのは立派に裏切ってるわけだからご主人様が怒るのも当然で……。
「もう、ジュデッカ。泣かなくていいから、おちつきなさい。鼻血まみれの時点でちょっと問題だけど、そこに涙まで混ざっちゃうとぐちゃぐちゃの顔になって、女の子らしくなくなっちゃうわ。せっかくかわいいんだから、そこは活かさないとね?」
マリアさんに手を引かれながら立ち上がる。そのまま外へと連れ出され、家の隣の泉で顔を洗ってもらう。
「ジュデッカ。あなたはちょっぴり抜けてるけれど、いい子だと思うわ。だから、ワルプルギスとうまく付き合う術を教えてあげる」
「ご主人様と?」
首をかしげるボクに、マリアさんはそっと微笑んだ。
「詳しいことは本人の許しなしには話せない。けれど、あの子は神を憎んでいるわ。だから、奇跡だとか、神を連想させるような言葉は使わないこと。あとは、きつい言動があの子にとって普通なのよ。だから、怖いかもしれないけれど付き合ってあげて。あの子の家族は、私たちだけだから」
顔の汚れは落ちて、マリアさんはそっとボクの顔を布で拭いてくれた。
「でも、人間もボクたちと一緒で、両親がいるものなんじゃあ? 昨日も、お父様がどうとか言っていたじゃないですか」
「……あの子の言うお父様は、普通の家族とは違うし……私は、あれをあの子の親代わりと認めたくはないの」
突然マリアさんの言葉から優しさが消える。
冷たく、軽蔑するような声音。これが本来のマリアさんなら、ちょっと……いや、すごく怖い。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。あんまり遅くなると、また怒られるわよ?」
「は、はい!」
けれど、ボクに向けてくれる言葉は優しく、温かい。きっと、こっちが本当のマリアさんだよね……うん、そういうことにしておこう!
そう結論付けて。ボクたちは、手をつないで人里へと歩き出した。
魔女狩り狩りの魔女~W・H・H~ 咲咲 咲 @warasaki-emi
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