第2話 神様の罰と、ご主人様の罰。
手枷をかけられたまま歩くことしばし。ボクは、ご主人様の家に大勢の魔女狩りの人々を連れ、帰ってきた。
「なるほど。いかにもな住処です」
異端審問官さんの言うように、ご主人様の家は、木で作られた建物にツタが這い、怪しげな雰囲気を放っている。
「皆さんは少しお待ちください。お嬢さん、間違いなくあなたの主人がいるか知るためです。ついてきなさい」
「は、はい」
その手には、木槌と、白木の杭。首元には十字架が光っている。まるで吸血鬼でも仕留めようとしているかのようだ。
「さあ、お嬢さん。扉を開けて」
罠を警戒しているのだろうか。扉から少し離れたところで、異端審問官さんがそう口にした。
断れば、杭は僕の心臓を貫くだろう。もっとも、ご主人様を売るという決断をした時点で断る気もないけど。
そっと扉を開き、中の様子をうかがう……そこに、ご主人様はいる。丁度、眠っているようだ。
異端審問官さんの方を見て、そっとうなずく。その意味を理解したようで、僕に扉を開かせ、中へと入っていく。
そして、異端審問官さんは息をのんでいた。
眠っているご主人様は、まるで天使のように美しく、無垢で、あどけない少女なのだから。
しばし見惚れていたけれど、ご主人様が“魔女”であることを思いだしたかのように、歯をかみしめた。その音はボクの方にまで聞こえた。
「魔性の美……危うく憑りつかれるところでしたが、私は神に心をささげし者。貴様に渡す心はない」
自分に言い聞かせるように、そう言いながら異端審問官さんは、ご主人様に歩み寄る。ご主人様は、眠ったままだ。
「人心を惑わす愚かな娘よ、その罪、あがなうがいい!」
そう叫びながら、杭を心臓に打ち込んだ。ご主人様は目を見開いて、血を吐くと、灰になって消えていった。
「……なるほど。たしかに、魔女だったようです。ご協力、感謝いたします」
「じゃ、じゃあ、ボクはこれで……あ、その前に手枷外してもらえると」
「困ったものですね……鍵は、村人に渡してあるのですよ。先に行きなさい」
「わかりました」
ボクは、手枷を外してもらうために、外へ出ようとした。
その直後、頭に衝撃が走った。
「……やれやれ。杭を二本持っていればよかったのですが、それではあなたにばれてしまいますからね」
「話が、違うじゃ……ない、ですか。ご主人様を売れば、ボク、は、助けてくれるって」
「……ええ。ですから、助けるのです。魔女の呪縛は、死ぬまで続く。それに、感づいてはいるでしょうが……松明でこの家ごとあなたを焼き払います。大丈夫、悪しき魔女に姿を変えられ、その使い魔になっていたとはいえ、改心し、懺悔したのです。そのうえ、火で罪業を焼けば、神もその懐に貴方を迎え入れてくれることでしょう」
……ああ、そうか。そりゃ、そうだ。
ボクは魔女の使い魔。つまりは異端。
神様に、生きることを許してもらえるわけがない。
「それでは、炎に身を焼かれるのはつらいでしょうが、それこそが償いです。どうぞ、耐え忍んでください……アーメン」
ボクをまたいで、異端審問官さんは家の外に出ていった。
その直後、松明が窓を割って家の中に飛び込んでくる。
松明の火は、木の家に容赦なく燃え移り、徐々に火勢を強めていく。
……あーあ。もっと生きたかったな。
そう思った時、違和感を覚えた。
ボクの周りだけ、火が寄ってこない。
家の壁も、何もかもを焼いている。その中で、そんな状況、起こりえるはずがない。
起こりえるとしたら──
「魔女の仕業」
ボクの思考を代弁するかのように、死んだはずの人の声がする。
「ご主人、様?」
弱りつつある体で見上げようとすると、その頭を踏みつけられた。
「無様。打算が過ぎる。奴らが、魔女に関わるものを許すはずがないでしょう。愚かね」
「ご、ごべんなざい……」
木槌で殴られたところを的確に踏みつけられ、非常な痛みを感じながらも、謝る。
「まあ、いいわ。このあたりの魔女狩り人は、お前が連れてきた連中を除けば、一通り始末した。次の場所に移るべき時だったわ」
その言葉は、炎の熱を忘れさせるほどに冷たいものだった。
「けれど、その前に……このあたりでは最後の魔女狩り人を始末しなくてはいけないわね。ちょうど、浄罪の火をつけてくれたことだし、その火で焼きましょうか……める かえ のまかざ める かえ この火は我が手足となりて奔る かえ かえ のまかざ」
聖歌隊のような透き通った声が、まがまがしいものを呼び起こす。
『な、なんだ!? 火がこっちに──ぎゃあああ!!』
「でめ でめ のまかざ えり りめ もて ねわ のまかざ」
お金を出してでも聞きたい、と、人はこういう時思うのだろうか。それほどにご主人様の声は美しい響きがして。けれど、それは外の人々の悲鳴と不協和音を奏でる。
ふと気が付けば、僕たちの周りを除いた建物は焼け落ち、あたりには焼死体が大量に転がっていた。
「なんて……なんて、恐ろしいことを」
「恐ろしい? それは奴らのことでしょう? 奴らは、本物でない魔女ですら、魔女の嫌疑をかけて、殺す理由にする。事実、あなたの頭を殴りつけた男は両手の指でも足りないほどのただの人を殺したわ。松明を持っていた者共も、その手伝いをした。私にとってはお父様にささげるいい生贄だけど……奴らの理屈に合わせればこうかしら。炎に身を焼かれるのはつらいでしょうが、それこそが償い。アーメン……ふん、くだらない」
ご主人様は、ボクの頭から足をようやくどかしてくれた。あ、傷を治してくれていたんだ……痛みがなく、血も止まっていることにようやく気が付く。
「主、無事? まあ、心配するまでもないことは分かっているけれど」
「ええ、見てのとおり。お父様は喜んでくれるかしら」
「はい。きっと。ところで、その足元の小娘は?」
「あなたを方々に飛ばせている間に見つけた、小間使いよ。もっとも、買い物一つロクにできない役立たずだけれど。先輩として、指導してあげなさい」
「かしこまりました、主よ」
くらくらとした頭で立ち上がると、ご主人様の近くにはもう一人女の人が立っていた。
ご主人様が、天使のように清らかな少女ならば、女の人は男の欲情をあおってやまない、悪魔のような美女。金髪を長く伸ばしたご主人様と対になるように、銀髪を伸ばしているけれど、その肉感的な肢体はご主人様とは対照的だ。
「小間使い、あなた、名前は?」
「はひっ!? あ、その……ない、です……ご主人様に拾われたばかりで……」
女の人がこちらを見ている。それだけで、なぜかボクの体は熱く火照る。このままでは、変な気分になってしまいそうだ。
「──ああ、ごめんなさい。ここのところ、男女問わず魅了して、夜、ベッドの上で情報を聞き出していたものだから、魅了の眼が動きっぱなしなのよ。解除するには少し時間がかかるから、それまでは私と目を合わせない方がいいわよ」
「わ、分かりました……」
女の人にそう声をかけられ、目線を外す。
「それにしても、名前が無いのは不便ね。ただの記号みたいなものだけれど、記号がないと区別に困るわ……そうだ、ジュデッカ、なんてどうかしら。ダンテの神曲地獄篇で、地獄の最下層、コキュートス中央の円として語られる名前。神の敵対者として、地獄の最下層の中心と同じ名を持つっていうのは、なかなか洒落が聞いているんじゃないかしら?」
「は、はあ……あなたのことは、なんと呼べば?」
「主はこう呼ぶわ……マリア。かの名高き聖母と同じ名よ。よろしく、ジュデッカ」
その言葉に、なんとなくだけれど、背徳を感じる。
ボク達は、魔女のしもべ。神の敵対者。その一人が、聖母と同じ名をつけられて、淫らな行いをしてまで情報を聞き出すなんて、ああ、なんと冒涜的なのだろう。
けれど、ボクはその冒涜的な人々の一人になってしまったのだ。
「似合いの名を見つけるのね、マリア。ジュデッカは、イスカリオテのユダからつけられた名前。主人を売り、生き延びようとした汚さは、その小間使いにはピッタリだわ」
「それは……ごめんなさい」
「気にしないでいいわ、ジュデッカ。ワルプルギスはいつもこうだから。お父様以外へはつんけんしてるのよ」
「余計な事を教えないでいいわ、マリア。それより、お父様には会った? 次は、いつ私のところへ来てくれると?」
「残念ながら、私も会ってないわ、ワルプルギス。そも、あなたの使い魔にすぎない私に会いに来る暇があるなら、あなた自身を訪ねるはずよ」
「そう……そうね……」
表に出さないようにはしているけれど、ご主人様は落ち込んでいる。“お父様”は、ご主人様にとってそんなに大事な人なんだろうか?
「クシュッ……ワルプルギス、話をするには、ここは少し風通しが良すぎるわ。魔女狩り人はまだ大勢いる。もう少し都に近づけば、それこそ掃いて捨てるほどね。次の拠点へ行きましょう? いい具合に人に見つかりにくい場所も見つけておいたから」
「そう。じゃあ、案内なさい。ジュデッカ。あなたも遅れずついてきなさい」
「えーと……フクロウ姿になって、いいんですよね? また、さっきの人達みたいな人に襲われませんよね?」
「……まさか、ジュデッカ、あなた、人前で姿を変えたの?」
「は、はい、マリアさん」
「……それは、なんていうか……おばかねぇ……」
「……学習したので、もうしません……」
僕の言葉にクスリと笑うと、マリアさんはその姿をフクロウに変えた。うーん、なんというか、人でも鳥でも美しいって、うらやましいなぁ……ボクもフクロウ姿になり、飛ぶ支度をする。
「行きなさい、マリア、ジュデッカ」
ご主人様のその言葉で、翼に力がみなぎった。マリアさんについて行くと、ご主人様も空に飛んできた。
……ご主人様、翼も無いのにどうやって飛んでるんだろう。
おばかなボクにはわからないだろうから、気にしないことにした。
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