028「Be Ambitious!!」

「おい、本当にやるのか?」

「今更だよ、赤坂君。ここまできたら前進あるのみ!」

「まあ、そうなんだけどさ」

「ほら、覚悟を決めて! 男の子でしょ!」

「……お前が言うと、なんか複雑だよそのセリフ」


 屋上で蓮見はすみに写真を渡したあの日から三日が経っている。僕は、蓮見はすみの企てに協力するため、職員室に来ていた。


 蓮見はすみが、扉の前に仁王立ちする。道場破りにでも来たかのような迫力である。そして、その両の手の拳をふりあげ、扉を荒々しくノックした。そして返事も待たずに扉を開く。あまりにも勢いのあるアクションに、「え、ノックの意味は?」というツッコミさえ浮かばなかった。


「本多先生! お話があります!」



――――――


 僕らがスタジオに行った日、撮影が始まる前に僕は蓮見はすみに写真の使い道についてたずねた。


「いくらササキがプロだからって、SNSに制服の着崩しをアップした程度じゃ、あんまり効果はないように思うぞ。それに、野暮なこと言うようだけど、そもそもその制服って校則違反じゃ……」


 その疑問に、蓮見はすみはいたずらっぽい顔でこう言った。


「ああ、それはね……新しい制服を作るんだよ!」


 聞いた瞬間、僕は茫然としてしまった。


「あ、新しい制服?」

「そ、最近女子でもスラックス制服にしてる学校も増えてきてるじゃない? 『女子だからスカート』って考え方もよく分からない、みたいな」


 確かに、そういう流れがあるのは僕だって知っている。

 現に僕らの地域でも女子用のスラックスが導入された学校もある。


「私、いろいろ調べてみたんだけど、スラックス導入してるところでも単純に男子用のを流用しただけ、みたいなところもあるんだよね。男女の身体って違うからデザインもそのへん意識するべきなのに」


 蓮見はすみはとうとうと語る。夢を語るときの、ちょっとしたむずがゆさと、隠し切れない誇らしさみたいなものがにじみ出ていた。


「それにね、今までは男と女しかいなかったけど、今はその中間の人って増えてる、ううん。昔からいたけど、最近認められるようになって来たでしょ? これからうちの学校にもそういう人は増えていくはず。だから、そういう人の為の制服、作りたいなって」


「……」


「そういう声を上げられるのって、私みたいな当事者じゃないかなって」



 蓮見はすみはそこで一度言葉を切って、それから丁寧にまとめた。



「つまりね。私、制服を変えたいの。新しい『蓮見はすみ飛鳥あすか』でそれに挑戦したいの」



 ちょっと恥ずかしそうに自分の構想を語る蓮見はすみ


 こいつ、そんなに壮大なこと考えてたのか……。


 新しい自分の魅力を見つけるだけでなく、

 学校で自分の居場所を作るだけでなく、

 さらにその先まで。


 ちょっと夢物語が過ぎるかもしれない。一人の学生が学校の制服を変えるなんてこと、普通はありえない。単なる妄想に聞こえるし、何を馬鹿なことをと一蹴されるかもしれない。


 でも蓮見はすみならば。

 そしてササキの写真ならば。

 もしかしたらそれも可能かもしれない。


 そう期待させるだけの力が今の蓮見はすみの姿にはあった。


 つまり、この写真は、新制服のためのプロモーションでもある。確かに、これはプロであるササキの領分に違いない。


「そりゃ、腕によりをかけなくちゃね」


 そう言ってササキは笑った。


――――――




「……そして、俺に相談しに来た、と」


 本多先生は、突入した蓮見はすみと僕を苦笑いしながら職員室に招き入れ、自分の机の前に座らせた。本田先生の机の上には、現代文の先生らしく小難しそうな評論やら小説やらが積み重なっていた。


「はい。先生、生徒指導部ですし。お力をお貸しいただければ、と……」


 結構な勢いで本多先生に詰め寄る蓮見はすみ。ちょっと興奮気味だ。緊張をほぐす為に摂取した自分の写真おくすりが効きすぎてるのかもしれない。


「……」


 対して本多先生は至って冷静だ。キャスターつきの椅子に体重を預けてギコギコやっている。その手には、ササキが撮ったくだんの写真があった。


 写真に目をやる先生の落ちくぼんだ瞳からはなにも読みとれない。何かを考えている用でもあるし、なにも考えていないような小宇宙のような目である。


「あの、本多先生?」


 沈黙に耐えかねて、僕が声をかけると、本多先生は椅子をギコギコやるのをやめて、深く長いため息をついた。


 やはり、さすがに突拍子もなさ過ぎたか?


 単なる一生徒がいきなり制服を変えたいなんて、無理があったのだろうか……。


 たっぷり30秒はあっただろうか。僕がいろんなことを考えながら待っていると、先生は大きなため息をついてから言った。


「……若けえヤツってのは、どうしてこうも一瞬で成長しちまうのかね。ちょっと目を離した隙にこれだよ」



 だから、この仕事はやめらんねえ。


 先生は、口の動きだけで、そう言った、気がした。



「ってことは!!」


 蓮見はすみが喜びの声を上げると、先生はいつものニヒルな笑みを浮かべて言った。


「ああ、新しい制服、検討してみよう」


「やった!」


 蓮見はすみは渾身の力を込めてガッツポーズをした。


「この写真、ササキが撮ったのか?」


 本多先生が僕に問いかける。僕は頷いた。


「そうです」

「……いい仕事するじゃねえかアイツも。こんな写真見せられたら、その気になっちまうだろうが」


 なぜか嬉しそうにぶつぶつ言いながら、先生は手元にメモを引き寄せ、予想外に達筆な筆跡で何や書き始めた。


「性別に縛られない制服か。『多様性への理解のある学校』ってウリになるし、学生主導で導入されれば『自主性を重んじる校風』って評価にもつながるかもしれない。しかも今なら『ASUMI』という抜群の広告塔もいる。反対する理由はないな」


 本多先生の喫煙者特有の妙に深みのある声が、白い紙に箇条書きで書かれる言葉が、蓮見はすみの構想に肉付けをしていく。蓮見はすみの妄想が、少しずつ現実感を帯びていく。


 聞いているだけの僕まで、目の前で何か変わる瞬間に立ち会う昂りみたいなものを感じていた。


「問題は、どんなデザインにするかってところだな。この写真みたいな現状の男女の制服の組み合わせも十分面白いが、もっと候補があってもいいかもな」


「はい! 色々考えてみたいです!」


 蓮見はすみの顔は、期待と興奮でキラキラと光っていた。

 大きな目標に向かう人間が放つ、まばゆい光だ。


「それじゃあ、これから、忙しくなるな。まずは生徒会の賛同を得て、生徒総会の議題にしてから総会で審議して……」


 そんなこんなで蓮見はすみと本多先生を中心とした「新制服計画」は始動した。


 蓮見はすみの活動がきちんと実を結ぶのは、まだ少し先のことになるだろう。しかし、蓮見はすみならきっとやり遂げるだろう。



 やつがどれほどに「努力家」であるかは、誰もが知るところだ。




 ちなみに、蓮見はすみは学校に写真の時と同じ格好で登校するようになった。


 最初こそクラス内では動揺が走ったが、すぐにその姿は受け入れられた。女子用の服を着なくなった蓮見はすみを嘲る者も、厳密に言えば校則違反であることを指摘した者も、蓮見はすみの計画している「新制服計画」に反対するものも、ほとんどいなかった。



 批判するものの言葉を奪うほど、蓮見はすみの新しい姿は魅力的だった。

 蓮見はすみの言葉ではないが、「かわいいは正義」って割と真実なのかもしれない。






「私ね、将来、自分のブランドを立ち上げたいの」


 それから、蓮見はすみは喫茶クロワッサンの常連になった。

 時々、新しい制服のデザイン案を描きにやってくる。最近はSNSを通じて知り合ったプロのデザイナーやモデル達にアドバイスをもらいつつ、デザインの勉強をしているらしい。


「男の人でも女の人でも似合う服、ううん。男の人でも女の人でもない人にこそ似合う服を作りたい」


 ある日曜日、ぬるめのコーヒーをゆっくりすすりながら蓮見はすみはそう言った。その日、喫茶クロワッサンには蓮見はすみの他に客はおらず、いつも暇そうに本をめくっているササキさえいなかった。


「……でも、それって大変じゃないか? どこまでいっても男と女じゃ身体は違うわけだし。それこそ、お前自身がぶつかった壁だったろ?」


 僕がそう問いかけると、蓮見はすみははにかんで言った。

 

「うん、そうだね。難しいと思う。でもね。その難しさに、一番寄り添えるのも私なんじゃないかなって思うんだ」



 言いながら、蓮見はすみは店長がサービスで出したお菓子を口に入れ、その甘さに目を細めた。


 それは、蓮見はすみが最初にここに来た時に出したものと同じだった。



 捨てようとしたもの。

 捨てられなかったもの。

 捨てなかったから手に入ったもの。


 いろんなものを引きずりながら、これからも蓮見はすみは生きていく。


 その生き様は、何というか、かっこよかった。



「……そうか。僕にできることがあったら、微力ながら協力するよ」


 僕は、何の気なしに、でもちゃんと本気でそう言った。

 

 僕のセリフを聞いて、蓮見はすみは目を輝かせた。


「……ほんと?! ありがとう! 赤坂君!!」


 ぱあっと蓮見はすみの顔に喜びが広がる。

 そして……



「じゃあ、このスカート履いてみてくれる?」


「……は?」


 蓮見はすみはどこからか取り出した試作品のスカートを手にもってニコニコしている。


「協力してくれるんでしょ? さ、履いて!!」

「いやいやいや。なんでだよ。お前が履けよ。自分をモデルに作ったんだろ?」


 僕が慌ててそう言うと、蓮見はすみはちょっと困ったような顔で続けた。


「いや、そうなんだけどさ。私って何着ても似合っちゃうんだよね。私、かわいいから」

「……何のイヤミもなく言えるのすごいな」

「でも服を作る側としては、赤坂君みたいな人でも魅力的に見せなきゃいけないわけでしょ? 弘法筆を選ばず! みたいな感じかな」

「失礼なやつだ……!」


 未だかつてそのことわざを悪口に使ったやつはいないと思うぞ……。


 僕の抗議は全く響いていないようで、蓮見はすみはニコニコしながら僕に近づいてくる。


「さあ、赤坂君。履いてごらんよ。似合うかもしれないよ? 新しい扉、開いちゃうかもしれないよ?」


 さあさあ、と妙な迫力でにじり寄ってくる蓮見はすみ

 僕は徐々に後退を余儀なくされ、とうとう……


「……遠慮させてもらう!!」


 思わず僕は店を飛び出した。カランカランと乾いたドアベルが鳴る。

 背後から蓮見はすみが呼び止める声がする。


「あ、まってよ赤坂君モルモット!」

「本性丸出しじゃねえか!!」


 僕は全力で走った。

 蓮見はすみは急いで僕の追いかけてくる。


 僕の語りえない何かをかけた鬼ごっこは街中を使って行われ、僕も蓮見はすみも息も絶え絶えになるまで走り続けなければならなかった。



 外の空気は徐々に冷えてきている。荒い呼吸で肺一杯に冷気が入り込み、もう冬が近づいていることを感じさせた。


 今年は僕も、お金を貯めてコートくらい買ってみようか。

 そんなことを考えながら、僕は冷たく心地いい空気の中を走り抜けた。

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写真家・ササキの存在意義 1103教室最後尾左端 @indo-1103

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