027「蓮見飛鳥の『かわいい』」
それから現像が終わるまでの僕らの日常に、特筆すべき点はなかった。
僕はいつも通り学校とバイトの往復の日々だったし、
「じゃ、シュン君。現像終わったから、
ササキがそういったのは、撮影から三日後立った。差し出されたのはコンビニとかで売っている無地の封筒だ。
「ああ、中身は写真だけか?」
「いや、写真と、SDカードが入ってるよ」
封筒を触った感触から緩衝材にくるまれたチップのようなものが入っているのが分かる。封筒はしっかり、というかやりすぎなほどに厳重に糊付けされていて、「緘」のハンコまで押されている。
「
「
困ったもんだ、とでも言いたげにササキは肩をすくめる。
そんなに信用ないのか僕は。
「それにSDカードって結構高級品だからね。シュン君みたいな貧乏人にそのまま渡したら転売されるかもしれないじゃないか」
やれやれ、とでも言いたげに首を振るササキ。
そんなに信用ないのか、僕は。
そんなひと悶着があった翌日の昼休み。僕は例の屋上で
「よかった・・・赤坂君が画像流出させてなくて・・・」
「そんなに信用ないのか、僕は!!」
とうとう大きな声がでてしまった。屋上に僕の声が広がる。
「え、え、急にどうしたの?」
「いや、ちょっと蓄積がな……」
「……わかんないけど、急に大きな声出す人は、やばい人だと思われちゃうよ?」
ちょっと心配そうに、というか腫れ物に触るように、
日々の蓄積が
ていうか、
「いやー。なんかササキさんと赤坂君のやりとり見てたらちょっとうらやましくってさー」
えへへ、と笑う
あざとい。かわいい。
この顔をされたらどんな悪行も許してしまいそうだ。僕には絶対まねできない顔面パワータイプの切り抜け方だった。
しかし、僕とササキの会話にうらやましさなんてあるか? あるとしたら僕への同情か、いい歳こいてるのに偏屈なササキへの哀れみくらいだろうに。
閑話休題。
「……じゃあ、あけるね」
「……」
見ようによっては間抜けな顔ともみれるが、
複数のタスクを同時に処理しようとして固まった低スペックパソコンのごとく、
「お、おい。
おそるおそる話かける。反応はない。よほど大きいファイルを開こうとしているのだろうか。頭上にクルクル回る渦巻きみたいなアイコンすら見えるようだ。
「お、おい。
僕がおそるおそる話しかけると、
「か」
「か?」
「かわいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!!」
「どわぁ!!」
急な大声に情けない悲鳴をあげながら僕はそのまま尻餅をついた。そしてそのままずりずりと
「きゅ、急に大きな声出す人は、やばい人だと思われるぞ!!」
僕の必死の呼びかけを意にも介さず、
本当のやばい奴は人の声など聞こえないらしい。
目は完全にハートマークになっているし、表情もフニャフニャだ。そしてうわ言のようにぶつぶつとなにかつぶやいている。
「まって、まって、これはやばい。コレはやばい。今までにないくらいかわいい。かわいい以外の言葉が見つからない。もういっそ尊い? 地球の至宝? いや、そんな言葉もかすむ!こんなもの見たら語彙力が死ぬ! 語彙の大量虐殺おきちゃう!」
なんかめちゃくちゃ物騒なことを言っている。完璧にヤバい人だ。同じ車両に乗ってたらそっと次の駅で降りるレベルである。
「やばい、私の写真で日本の学力が低下しちゃう。みんな『かわいい』しかいえなくなっちゃう。そして私以外のこの世のあらゆることがどうでもよくなっちゃう!」
「もう麻薬じゃん……」
めちゃくちゃ突飛なこと言ってる。多分勢いですごそうな単語を羅列しているだけなのだろうけど、ワードのチョイスがイカれていてちょっとおもしろい。
おまえはヒロインであってヘロインではないんだからな。
というツッコミを思いついたが、コンプラを意識して断念した。
思うだけなら問題ないはずだ。
僕の声が聞こえたのだろうか。
やべ、目が合った。
「赤坂君もコレ見て!! そして、失って! いろいろなモノを!」
「怖えよ!!」
いやがる僕に、
仕方なく、おそるおそる写真に目を向ける。
そこには……
「……おお!!」
そこには、
ササキとしばらく仕事をして、ヤツの写真を見てきて分かったことがある。
優れた写真には、「広がり」と「断絶」が同居する。
今にも動き出しそうなのに、静止した姿が美しい。
その先写真の先の展開を想像することができるのに、画像単体として意味を感じる。
世界への「広がり」を感じさせながら、世界との「断絶」を描き出す。
動きのあるこの世界の断面図となる写真は、その中途半端な特性を最大限に生かされた時に媒体としての魅力を放つのだとおもう。
スラックスに包まれた長く美しい脚を軽く交差させ、両手はお腹の前で軽くくまれている。しなやかで、それでいて芯のある立ち姿。男性的にも見えるし、女性的にも見える、その中間の絶妙なバランス。
撮影の日、僕が
そして、この写真の、何より目を引く部分は、
男性と女性の中間。
大人と子供の中間。
これから、変化が起こるであろうことを予感させつつ、これで完成しているかのようでもある。
その中途半端な姿を、その曖昧な美を、今の
確かにこれは、語彙を失ってしまいそうだ。
なにか感想を言うならば。
「……かわいい、な」
そう言うしかなかった。
「おい、
「……よかった。ちゃんと、かわいい」
緊張感から解放された、心底安心したような声だ。ちょっと鼻声なのは、もしかしたら涙がこみ上げそうになっているのかもしれない。
「今まで通りの私じゃなくても、皆が思う形じゃなくても、私はちゃんとかわいい」
新しい自分を自分自身が認められるかどうか。
今までと違うやり方で、自分の好きな「かわいい」をつくれるかどうか。
結果は、ご覧の通りだ。写真にうつる
そう言えば、「かわいい」は懐の深い言葉だ、と本多先生は言っていた。
その通りだ。今なら僕だって分かる。どんなやり方でも「かわいい」はつくれるらしい。
「私のかわいいが、ちゃんと形になった。頭で考えてるだけじゃなくて、この世界に出てきてくれた。想像以上に想像通りだった。予想以上に予想を超えた! ね、赤坂君!」
そう言って、
「写真って、すごいね!!」
眩しいくらいに輝く
その笑顔の
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