第10話

 ツツ船長がメインコンピューターのセラフィーと別れを告げている間、人工冬眠室では難民達の人工冬眠解除が着々と進んでいたようだ。人工冬眠室に入ると、長い眠りから目覚めたばかりの白いガウンを着た難民達が何人もそれぞれの人工冬眠装置に座り、体力の回復を待っていた。難民達は人工冬眠装置に座りながらグェンの簡単な健康調査を受け、歩けるまでに体力が回復すると更衣室でガウンから自分達の衣服に着替え、人工冬眠室に隣接する休憩室に向かった。

 休憩室にはゆったりとしたソファーや食事用のテーブルセット、さらに身体を横たえたい人の為のベッドが置かれ、人工冬眠を解除された人々が寛げるようになっている。休憩所に来た難民達はそれぞれソファーやテーブルで寛ぎ、休憩所に保管されていた保存食や警察官達が持って来た食料の食事をしとりながら、お互いの無事を確かめ合う。そんな難民達に混じって、クレイスとグェンも休憩所に一息つきに来た。

「さぁ、私達も何か食べましょうか」

食事をしている難民達を見て、クーザ着いてから何も食べていないのを思い出したクレイスは、すかさずテーブルに置かれた袋からパンを一つ取り出して思いっきりかぶりつき、グェンがその後に続いてバンを口にする。星間警察のマークが付いた袋に入っていた非常食のパンだが、空腹のおかげでおいしく感じる。しかも非常食のパンの空腹を癒す効果は抜群で、二つも食べたらもうお腹がいっぱいになる。もう十分食べたと思ったクレイスは、テーブルから離れ、端末でイオストルのゼノビアと話し始めた。

「船長、クーザの難民達は、着々と人工冬眠から目覚めていますよ」

端末のディスプレイ画面に少し難しそうな顔をしたゼノビアの顔が現れると、クレスイスはなるべく明るい声でゼノビアに呼び掛ける。

「後は難民が全員目を覚ましたら、後は難民達を星間警察の救助船に乗り込むのを見守った後、イオストルに戻るだけですよ」

クレイスの明るい声の報告を聞き、ゼノビアも安心したらしい。大きく深呼吸すると、一言良かったといった。しかしその後ゼノビアは難しい顔をしたまま、思わぬ事を話したのだった。

「クレイス、難民達が無事保護されたのは良かったけど、良くない知らせがあるの」

「えっ!」

クレイスは何があったのかを、耳をそばだてながら聞いた。いったい何があったのだろうか?

「クーザから飛び出した宇宙艇が知らない間に、キンナラに近付いてしまったの。直ぐにクーザの監視をしていた保安部の宇宙艇が追っ掛けて行ったけど、相手はけっこう足が速いみたい。それに小回りが利いて保安部の宇宙艇が攻撃しても、上手く交わして反撃して来るの」

困った事態が起こっていた。クーザから逃げ出した宇宙艇には姿を隠すステルス機能が付いていて、追跡に来た保安要員の宇宙船は上手く逃げられてしまったのだ。宇宙船を探し回っていた保安要員が気付いた時には、キンナラかなり近づいていたらしい。クーザに侵入した人間は、兎に角キンナラに向かうように、何者かに指示されていたのだろう。キンナラを、惑星開発機構の保護から外す為に。キンナラに入ったらキンナラの環境を破壊する行為をして、それが終わったらすくにキンナラを脱出するつもりなのだろう。しかしその後、キンナラに侵入したな無法者がとうなるかまでは、無法者を操っている連中は考えていないはず。キンナラの環境破壊だけが目的なのだから。

「油断していたわ。侵入者の宇宙艇がステルス機能を持っていて足が速いなんて、思ってもいなかった。ただ彼らの宇宙艇のステルス機能が、長持ちするものでは無かったのが、幸いだったわ。今はもうちゃんと見えているから。これを見て」

ゼノビアはクレイスの端末の画面に、侵入者の宇宙艇とそれを追う保安部の宇宙艇の現在位置を送って来た。確かに、侵入者の宇宙艇はキンナラに近付いている。とは言っても、すぐにでもキンナラに侵入出来るような距離ではない。今からでもキンナラへの不法侵入を阻止出来るだろう。ただし、保安部の宇宙艇が侵入者の宇宙艇に追い付いけたら、なのだが。

「船長、私は今からセティと一緒に、イオストルに帰ります。それまでに、探査用シャトルの用意をして下さい。侵入者の宇宙艇が万一、キンナラにはいったら、すぐにキンナラに往ける様にね」

「解った、お願いね」

「はい」

ゼノビアとの交信を終えると、クレイスは人工冬眠室で空になった人工冬眠装置の後片付けをしていたセティに声を掛け、イオストルに戻る事を告げた。

「なんてこった。これでゆっくり出来ると思っていたのに」

セティは不満をぶつくさ言いながら、宇宙艇用のデッキに向かい。自分達の小型宇宙艇に乗り込み、難民の健康管理の仕事があるグェンを残してイオストルに戻って行った。

 イオストルに戻る小型宇宙艇の中では、クレイスは出来るだけ身体を休めていた。おそらくイオストルに戻ったら、すぐにでも探査シャトルに乗ってキンナラへ向かわないけないだろうから。それでも時々ゼノビアから様々な連絡が入って来て、クレイスの休息を妨げる。特に保安部から伝えられた、クーザで捉えた狙撃手の供述にクレイスは気持ちを重くした。クーザの侵入者達は、遭難した宇宙船を装って偽の救難信号を発信し、クーザのメインコンピューターであるセラフィーを騙したのだ。遭難船を救助するようにプログラムされていたセラフィーは、偽の救難信号を信じて侵入者の宇宙艇をクーザに招き入れた挙句、宇宙船の行先を無理やり変更するプログラムを仕組まれた記憶媒体で行先をキンナラに変更させられたのだ。こんな報告をきくだけでも気が重いのだが、さらに気を重くする情報をゼノビアが伝えて来た。

「困った事になったの。侵入者の宇宙艇がかなりキンナラに近付いてしまったの。保安部の宇宙船は完全に出し抜かれたちやったみたい。もう保安部の宇宙船からの攻撃が届かない場所に逃げてしまったわ」

聞きたくない話しが、イオストルのゼノビアの口から離される。クーザの侵入者達は、後で高額で売り払う為に、軍隊から性能の良い宇宙艇を盗んで脱走したのだろう。困った事だ。保安部には星間警察の警備艇がくるまでは、兎に角侵入者達がキンナラに近付くだけは防いでほしかったのだが。後は保安部の監視衛星が無法者の宇宙艇がキンナラに侵入する前に、しっかりと発見してくれるのを望むだけだ。宇宙艇が不法侵入する前に発見したら、イオストルの力でなんとか不法侵入を阻止出来るだろうから。だが監視衛星が侵入者の宇宙艇がキンナラに入り込むのを見逃してしまったら、惑星探査員であるクレイスが侵入者達を追い払わねばならない。探査中の惑星を不法侵入してくる者に対処するのも、惑星探査員の仕事なのだ。いやな仕事なのだが。でもやらなければならない仕事だ。惑星探査員である以上は。クレイスは溜息を着きながら、船窓から近付いて来るイオストルの姿を見詰めた。

イオストルに戻ると、クレイスとセティ、グェンははまずメインブリッジに行き、ゼノビアにクーザでの仕事を無事終えた事を報告する。しかし報告を終えたクレイス達に、ゼノビアはクレイスが効きたくない事を話し出した。

「有難うクレイス。お蔭でクーザの難民達を無事保護出来たわ。でも良くない知らせがあるの。クーザに潜り込んでいた連中の宇宙艇が、キンナラに侵入してしまったのよ。監視衛星にみつからずにね」

最悪だ……。監視衛星は、なぜか肝心な時にちゃんと働いてくれなかったのだ。ゼノビアの話しを聞き終ると、クレイスは心に湧き上がって来た疑問をゼノビアに話した。

「ああ、もう……監視衛星はちゃんと機能したのかしら?」

「残念なことただけど、保安部は監視衛星のメンテナンスをちゃんとしなかったようね。でも侵入者が着陸した場所は、ちゃんと把握しているわ。ほら、これ」

答えと共にゼノビアがメインブリッジのスクリーンに映し出した侵入者の宇宙艇の姿を見て、クレイスは少しばかり安心した。スクリーンに映し出された宇宙艇は、広大な砂の海の中にひっそりと着陸していた。宇宙艇の周囲には大きな損傷は無い、それにキンナラの生物である透明な岩は、幸いにも宇宙艇の周囲には生息していなかった。それに誰も宇宙艇からキンナラの地面に出てはいなかった。見知らぬ惑星の上に降りるのを、少し躊躇っているのだろう。でも侵入者は、いずれは宇宙艇から降りて来るはず。侵入者は何者かに、キンナラを不法侵入するよう指示されているのだから。

「侵入者がいるのは此処ね、ちゃんと確認出来た」

「はい」

ゼノビアはスクリーンの前にキンナラの立体映像を映し出し、侵入者の宇宙艇の位置を示し、クレイスはその位置をしっかりと記憶する。

「船長、探査シャトルの準備をして下さい。侵入者達がキンナラで勝手な事をするのを、許したくありません」

クレイスが侵入者と対峙する決意をゼノビアに伝えると、ゼノビアは大きく頷き、さっそくクレイスの隣で立っているセティに、探査シャトルの準備を指示する。

「クレイス、頼むわね」

セティが格納庫に向かうとゼノビアは、心配そうな顔をしながらクレイスに声を掛ける。まるでイオストルの船長から、クレイスの母に戻ったかの様な表情をしながら。

「はい、心配しないでね」

クレイスはゼノビアの娘に戻ってゼノビアに返事をすると、セティに続いて格納庫に向かった。


 探査シャトルの窓から久しぶりに見るキンナラの風景には、大嵐が収まってばかりであちこちに嵐の後が見受けられた。砂漠には凄まじい嵐が残した波模様が砂の上に残っていたし、猛烈な突風が駆け抜けた谷底では、谷を作っている崖に無数の岩の破片が突き刺さっていた。突風が吹き飛ばして崖に突き刺したものだ。この惑星の嵐の凄さを感じなからクレイスは侵入者の宇宙艇を、キンナラの空に浮かぶ探査シャトルから探していた。

「ほら、あれ」

シャトルの窓を見ていたクレイスは、白い砂に半分埋まっている侵入者の宇宙艇を見付け、セティに指で指し示す。キンナラに入り込んだ侵入者の宇宙艇は、広大な白い砂が地平線まで大きな波模様を描いている砂漠の中で半分砂に埋まっている。傍に人影は無い。宇宙艇の中にいる侵入者は、まだ宇宙艇に籠っているらしい。それに探査シャトルに気付いていない。それもそのはず。探査シャトルはカモフラージュ機能を作動させている最中なのだから。キンナラの環境を壊すような形で砂の上に着陸しなかったようだが、それでも宇宙艇の後ろには帯状に砂が抉られたた後がある。宇宙艇が砂に着陸する時に出来たものだ。でもこれくらいなら、キンナラの環境が破壊されたとは判断されないだろう

「どうもきれいに着陸してくれなかったようね。でも、透明な岩達が居る場所じゃなくてよかった」

そう、侵入者の宇宙艇が透明な岩達が群生している場所に着陸しなくて、本当によかったのだ。万が一宇宙艇が透明な岩達の群生に着陸していたら、透明な岩達に大きな犠牲が出ただろうし、音や光を操る彼らがどんな現象を起こすのか、解らないのだから。とは言っても、まだ油断は出来ない。宇宙艇から一キロもいかない場所に小さいながらも透明な岩達の群生が幾つかあった。あった。宇宙艇から出て来た侵入者が、透明な岩の群生に行かないように、今のうちに準備をしておかなくては。クレイスはセティにある指示をだした。

「セティ、フローターで外に出る準備をするから、侵入者が宇宙艇から出てきたら、すぐに格納庫のハッチをあけてね。それから私が救難信号を発信したら、すぐに呼びのフローターで私の居る場所に着て頂戴ね」

「よし、わかった」

セティが返事をする前に、クレイスはプロテクトスーツを身に着け、惑星探査員に唯一許された武器であるショック・ガンを手にフローターの格納庫に向かい、フローターに乗ると格納庫のハッチが開くのを待った。

 難民船クーザに入り込み、さらに探査中の惑星キンナラにも押し入った侵入者が姿を現し、クレイスがフローターで空中の探査シャトルから飛び出すまでには、随分と時間が掛かったような気がした。実際にはそんなに時間は掛かっていなかったのだが、クレイスには長い時間に感じられたのだ。

「あんたの好き勝手はさせないからね。覚悟なさい!」

クレイスは十数メートル先から外に出た侵入者を見付けると、侵入視野に毒づきながら猛スピートで宇宙艇に近付き、ショック・ガンを侵入者に向ける。すると宇宙艇の屋根に立っていた黒い宇宙服の侵入者は元兵士らしく、すぐさま持っていた軍隊仕様の銃で反撃してきた。クレイスに向けられた銃口から光がクレイス目掛けて飛び出し、クレイスはフローターを素早く移動させて光をかわすと、ショック・ガンで反撃に出る。フローターを侵入者の頭上目掛けて急降下させると、左手でシヨック・ガンを侵入者に向けて発射した。クレイスのショック・ガンから黄色い光の玉が飛び出し、侵入者を気絶させようとする。しかしショック・ガンの光の玉が侵入者を直撃する寸前、侵入者の身体は空中に浮かぶと光の玉を交わし、ショック・ガンの光の玉は宇宙艇の屋根に当たっては消えていった。

「あぁ、なんていう事!」

空中を漂う侵入者を見て、クレイスは愕然とした。なんと侵入者は、ベルト型の小型の推進装置で空中を自由自在に動き回りながら、再びクレイス目掛けて銃を発射すると、腰に巻いた推進装置を加速させて飛び去っていく。クレイスは間一髪、フローターを急上昇させて銃から飛び出した光を避け、飛び去って行く侵入者を追いかけた。しかし侵入者が背負った推進装置にはかなり推進力があるようだ。フローターの速度を上げても、追い付かない。その上困った事に、侵入者は透明な岩の群生がある場所の上を飛んでいた。しかも武器を手に空を飛ぶ侵入者の姿は、透明な岩達をかなり動揺させているようだ。透明な岩達の意識がざわめくのが、感応力を通じてクレイスに伝わって来る。それと同時に、クレイスは透明な岩達の歌が、強くなってきた風に乗って聞こえてきていた。当然、侵入者達にも透明な岩の位置は聞こえているのだろう。侵入者は推進装置で透明に岩達の上を飛び回りながら、何かを探すような行動をしている。歌の主を探しているのだろう。暫く周囲を探して透明な岩達が光りを放っているのを見付けると、銃口を透明な岩の群生に向ける。これがクーザの侵入者を操っている何者かの指令なのだろう。クーザをキンナラに着地させるのに失敗したら、宇宙艇でキンナラに突入し、キンナラの自然を破壊しろというのが。だがそれは、絶対に許してはならない事だ。クレイスはプロテクトスーツのベルトのボタンに触れて救難信号を発信させ、反撃に出た。フローターの速度を最大にすると一気に空中に浮かぶ侵入者を掠める様に飛び、侵入者の前に出て中に止まった。フローターが起こす風に煽られた侵入者は姿勢を崩して空中で銃をもったまま仰向けになり、そのままの姿勢で上空に向けて銃を発射した。轟音と共に銃から発射された光は菫色の空に消え、侵入者は体制を立て直しもう一度銃を発射しようとする。それに対してクレイスは、空中停止したフローターの上でショック・ガンを構え、侵入者を狙う。しかしクレイスがジョック・ガンを発射する前に、透明な岩達が先に行動を起こしたのだった。侵入者銃を発射した音が引き金になったように、透明な岩達は風に乗って聞こえて来る歌と身体の中で光る光を強め、侵入者を混乱させる。クレイスは混乱した侵入者が手から銃を落として耳を塞ぐのを見ながら、透明な岩達に意識を向ける。クレイスの意識が透明な岩達の意識に触れると、すぐに身体の回りに小さな幼体を幾つも付けた透明な岩の姿がクレイスの意識に入って来た。クレイスが良く知っている透明な岩、メンターの姿だ。メンターがいる場所はクレイス達からはかなり離れた場所にあるのだが、透明な岩達の情報網を通じて、クレイスの様子を見ているのだろう。

「メンター、どうしたの?」

クレイスはその透明な岩に付けた呼び名で呼び掛け、透明な岩の答えを待った。すぐに返事が返って来た。メンターはクレイスに、耳と目を閉じるように伝えて来た。これから何が起こるのだろうか? 不安を感じながらもクレイスはメンターの指示に従い、ヘルメットの上から右耳のあたりを触ってクレイスの弱った聴力を補う働きのあるイヤーカフのスイッチを切り、さらに目を瞑って静寂と闇の中に身を置く。後は感応力だけが頼りだ。クレイスは感応力で遠くにいるメンターと繋がり、メンターを通して透明な岩達の様子を見守る。透明な岩達は、激しく光りながら彼等独特の歌を歌い、空中で暴れる侵入者を翻弄する。透明な岩達は歌のエネルギーを侵入者に集中させ、侵入者を攻撃していた。そして奇妙な歌の攻撃を受けた侵入者は、たちまちもがき苦しみ始めた。透明な岩達の内のエネルキーを直接受けてしまった侵入者は、意識を混乱させて空中でひとしきり暴れ回った挙句、背中の推進装置を操作しようとして推進装置を停止させてしまい、落下していく。落下しながら気を失った侵入者がもう少しで透明な岩の群生の上に落ちると言う寸前で、突然、フローターに乗った人物が現れ、侵入者の身体を捕まえた。

「セティ」

透明な岩の意識を通じて、クレイスの意識にフローターに乗ったセティの姿が浮かんで来た。クレイスが送った救難信号を聞いたセティが予備のフローターに乗り、クレイスの救助に来てくれていたのだ。マイク代わりのイヤーカフのスイッチを付けて目を開けると、空中停止したフローターの上で侵入者を抱えているセティが見えた。セティはフローターを急降下させながら落ちる侵入者の下に入り、侵入者が透明な岩に直撃するのを防いていたのだ。

「もう大丈夫。貴方達を襲おうとしたやつらは、もう捕まえたからね」

セティがフローターの上で侵入者を無事確保したのを確かめると、クレイスは透明な岩達の意識に、危険が去った事を知らせる。セティに取り押さえられている侵入者のイメージと共にセティがクレイスの仲間である事を透明な岩の意識に伝えると、透明な岩達は理解してくれたらしく、徐々に光を弱めていく。一件落着というところだが、透明な岩達の群生の上を吹きすさぶ風は前よりも強くなり、風と共に透明な岩達の歌が聞える。

「有難う。お蔭でこの惑星を荒そうとした不届き者を捕まえられたわ」

クレイスは再びフローターを動かし、透明な岩達の群生の上空をゆっくりと回りながら、透明な岩達に感謝を伝える。すると透明な岩達は、その透明な身体から虹色の光を放ち、クレイスに答えてくれた。

「さぁ、クレイス。早くシャトルに戻ろう。早くこいつをシャトルに連れて行って、おいたをしないようにしなければね」

セティがぐったりした侵入者を抱えながらフローターを操ってクレイスのフローターに近付くと、クレイスに声を掛けて来た。

「えぇ、帰りましょう」

クレイスはにっこりしながらセティに話し掛け、自分のフローターをセティのフローターと並んで空中を滑らせると、透明な岩の群生を後にした。心の中で透明な色達に、さようならを言いながら。


 壁と天井が透明な展望室から見る惑星キンナラの表面では、相変わらず何処かで嵐が起こっていた。イオストルがキンナラから離れて行っている為に、少しずつ小さくなっていくキンナラの表面に、嵐の発生を示す斑点が何処かで現れては消えその間にキンナラの結晶生命体、透明な岩が起こす光が見える。クレイスはその様子をイオストルの展望室に立ち、じっくりと見詰めて脳裡に焼き付けた。もう暫くすれば、キンナラの姿が見えなくのだから。透明な岩達は自分達の身体から発する光で、クレイス達にさよならを言っているのだ。クレイスの乗る惑星探査船イオストルはキンナラでの活動を終え、キンナラの監視を惑星開発機構の保安部から送られた監視船に任せ、キンナラがある聖域にある惑星探査船の拠点に戻る予定だ。クレイス達はそこで休息を取り、次の惑星探査に備えるのだ。それにしても危うかった。もう少しで不法侵入をしでかした無法者によって、透明な岩達に危害が加えられるところだったのだから。もし不法侵入者が探査途中のキンナラの透明な岩を含む自然に破壊行為をしていたら、キンナラは自然環境を破壊された惑星として扱われ、惑星開発業者の手に渡っていただろう。実際、難民船クーザに入り込んでクーザをキンナラに向かわせるように画策し、それが失敗すると宇宙艇でキンナラに不法侵入した無法者達は、評判の良くない惑星開発業者に雇われていた。しかもその惑星開発業者は、キンナラの探査が始まる前にキンナラ周辺の星域で立ち往生しているクーザを見付け、キンナラの情報を得るまで放置していた。難民船と関わりたくないと言う理由で。まったく、その星域が安全な聖域だったからよかったようなものだ。傍に危険なものが無い聖域だったから、クーザは無傷でいられたのだ。ところがキンナラの情報を得ると悪徳業者達は、クーザを惑星の不法侵入に利用したのだ。惑星開発業者は軍隊を脱走したがっていた無法者たちと密かに連絡を取り、脱走を手助けした替わりに漂流船に偽装した宇宙艇と武器を渡してクーザに向かわせ、無法者たちの宇宙艇を漂流船と間違えたセラフィーに回収させたのだ。キンナラは貴重な資源のある惑星ではないが、それでも利益になるものはとことん利用しようとする惑星開発業者は自分のものにしたがるのだ。ならず者達を雇った惑星開発業者も、そんな惑星開発業者だったのだ。でもその悪徳業者に、星間警察の捜査が入るのも時間の問題だろう。ただ、キンナラの情報を惑星開発業者に渡した人物の名前は、解らずじまいだ。悔しい事に惑星開発機構内部の人間と思われるその人物は、正体を明かさないようにして、惑星開発業者に近付いたらしい。許せない。出来る事なら自分の手で、探査途中の惑星を危険に晒した人間の正体を探りたいと、クレイスは思っていた。しかし惑星探査員の身分では、それはむりだった。惑星探査員の仕事は、惑星探査なのだから。星間警察に任すしかない。

「クレイス、やっぱり此処にいたのね」

突然、後ろからゼノビアの声がして振り向くと、何時の間にかゼノビアとセティが展望室に入っていた。

「いい知らせがきたわ。キンナラの保護が、正式にきまったの」

「ああ、良かったぁ!」

嬉しい知らせを聞いて、クレイスは思わず大声を上げて喜んだ。

「あの奇妙な結晶生命体の存在が、決め手になったようね。貴方が頑張った結果よ」

「有難うございます」

ゼノビアに自分の仕事を評価され、クレイスは心から嬉しさを感じた。しかしそれでも心残りはなくならない。

「でも、悪徳惑星開発業者にキンナラの情報を漏らした人物は解らないままよ。はっきり言って悔しい」

クレイスはゼノビアに自分の心残りを話す。と、ゼノビアが思わぬ事をクレイスに話し始める。

「クレイス、安心して。情報漏えい者の正体が解ったわ。一か月前に惑星開発機構を止めた理事の秘書よ。借金の肩代わりと引き換えに、理事からキンナラの情報を聞き出したのね。ところが問題の秘書は借金の肩代わりをせずに止めていき、困った理事が周囲にこの事を話してしまったので、全てが発覚したと言う訳ね。二人とも星間警察に事情をきかれているわ」

「本当ですか? これで一安心できそう」

情報漏洩者が捕まった事を聞き、クレイスは心から安心した。これで心残りなく、次の仕事に向えそうだ。今はキンナラに別れを告げ、次の惑星探査に備えよう。

「船長、セティ、キンナラに分れを告げましょう」

クレイスはゼノビアとセティに呼び掛けると、再び展望室の透明な壁の向こうに見えるキンナラへ顔を向ける。ゼノビアとセティもクレイスの横に並んでキンナラを見詰め、三人で消えて行く惑星キンナラの姿を見送った。

                  ―--了ーーー

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歌う惑星 demekin @9831

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