第9話

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 再び幾つもの通路と階段を通り、拘束した狙撃手を見張っているグェンが待つ非常口の前に来ると、クレイスはさっそくベルトにつけていた小型コンピューター端末を取り出して軽く手で握って作動させ、イオストルのゼノビアと連絡を取り始めた。端末の画面を親指で操作して、イオストルにゼノビアと連絡を取りたいというメッセージを送る。

「クレイスなのね。無事だったの。早く答えて」

端末の画面にゼノビアの姿が現れると、すぐさまクレイスに質問してくる。ゼノビアは、クレイス達の事を心配しているらしい。クレイスはゼノビアの心配を払拭しようと、あかるい声でゼノビアに答える。

「おかげさまで、無事に難民船を止められました。不法侵入者には逃げられてしまったけど、みんな元気ですよ」

クレイスは端末の画面を覗きながらゼノビアに報告すると、今度は端末をセティとグェンに向けて、二人の無事な姿をゼノビアに見せ、その後端末をツツ船長に向けながら、クーザの船長を紹介した。

「それから難民船の船長を紹介します。ここに居るのが、難民船クーザのジェイミー・ツツ船長です。ツツ船長こちらが私達の船長ゼノビア・グレイです」

「初めまして、ツツ船長。お怪我をされているようですけと、大丈夫ですか」

「初めまして、ゼノビア船長。心配していただいて有難うございます。今のところ、まあまあ大丈夫です」

端末を通じて二人の船長は初対面の挨拶をし、その後ゼノビアはツツ船長に自分達が惑星開発機構から派遣されてきた事や、これからやって来る惑星開発機構の保安要員と星間警察の警察官が、クーザの難民達を保護する事と、星間警察の警察官がツツ船長の意向を聞き、その通りにクーザを取り扱う事を話した。

「ツツ船長、星間星間警察があなた方を安全な場所につれていくまでは、私達惑星開発機構があなた方の保護にあたりますから私達を信用していただけますか?」

「はい」

ツツ船長は、ゼノビアを完全に信頼してくれたようだ。これで一安心出来る。

「信頼していただいて、有難うございます。貴方方の保護に全力を尽くしますので、安心していて下さい。それよりクレイスと話させていしただけますか?」

「解りました。またお話ししましょう。どうぞ」

ゼノビアとの話しを終えると、ツツ船長はコンヒピューター端末をクレイスに返し、クレイスは再びゼノビアと話し始める。

「クレイス、難民船はちゃんと止まっているのが確認できたわ。でも良かった……みんな無事で」

端末画面のゼノビアは、目を別の画面に向けているような様子をしながらクレイスに話す。クーザが本当に航行を止めたのかを調べていたのだろう。

「でも、記録を見ると小型宇宙艇らしき物が難民船からでたみたいだれけど、何なの?」

クーザから飛び出した宇宙艇の様子は、イオストルにも記録されていたようだ。

「難民船を乗っ取った連中の宇宙艇です。難民船を止めるまでには、一騒動あったのですよ。これを見て下さい」

クレイスはクーザでのドタバタ騒ぎを知って貰う為に、端末をグェンの前の床で伸びている狙撃手向け、端末の向こうのゼノビアに狙撃手の姿を見せた。

「この床で寝そべっているのは誰なの」

「難民船に潜んでいた連中の一人です。宇宙艇で逃げて行ったのは、この仲間です。彼等が難民船を乗っ取っていました」

クレイスは不法侵入者達とのごたごたを、全てゼノビアに説明する。

「そう、大変だったわね。でももう大丈夫。あと二時間半もすれば、惑星開発機構保安要員のハイパーワープ船が難民の保護に来るから。逃げた侵入者は彼等に任せましょう。その後、星間警察がやって来ます。彼らが到着したら、彼らが難民船をどうするのかを幾つか示してくれるので、その時難民船の船長に、判断してもらいます。それまでは、この不届き者の見張りとツツ船長の治療をお願いね」

ゼノビアはちゃんと惑星開発機構の保安部に、クーザの事を連絡してくれていた。保安要員たちが来たら、もう安心だ。何しろ彼等はどんなトラブルにも対応できるように訓練された、惑星警護のプロフェッショナルなのだから。

「はい、任せて下さい」

クレイスはゼノビアに笑顔で返事をしてから端末を切ると、次の行動にかかった。まず目を覚まし始めた狙撃手の見張りをセティに任せ、クレイスとグェンはツツ船長の本格的な治療に当たった。まずグェンが応急処置用の保護シートをツツ船長の背中から外すと医療センサーでツツ船長の傷の具合を調べ、医師が持つウエストボーチから傷口の状態に合わせた薬品を取り出し、傷口に丁寧に塗ると完全に保護する為のジェル状の物質を塗って行く。

「有難う」

傷の治療が終るとツツ船長は、治療の為に脱いでいたシャツとフライトジャケットの上着を着ながら、クレイスとグェンに礼を言う。

しかしグェンにとっては、まだ治療の途中だった。グェンはツツ船長に、先に見付けた腸のポリープの治療をクーザの医務室を借りて執り行う事をツツ船長に申し出た。

「あぁ、いいです。たのみますよ」

ツツ船長が申し入れを受け知れ、グェンがツツ船長と医務室に向かうと、クレイス達は拘束した狙撃手の簡単な尋問に取り掛かった。

「まず、名前をいいなさい」

クレイスは完全に目を覚ました狙撃手を睨み付けられながら、狙撃手を問い詰めて行く。

「ヒュライだ」

「この宇宙船に来る前は、何をしていたの?」

「兵士だったよ」

「何処で兵士をしていたの?」

「r-s星域でだ」

クレイスは惑星探査員が出来る範囲で狙撃手を尋問し、狙撃手はそれに小声で答えていく。そして尋問の最後に、一番聞きたかった事を聞いた。

「どうやってこの宇宙船に乗ったの」

「送り込まれたんだ。宇宙艇と戦闘用ロボットを盗んで、ダチと一緒に脱走するのを助けてもらった連中からね」

クレイスの質問に答えて狙撃手が語り出した脱走の話しは、大方想像の着く話しだった。狙撃手とその仲間は、傭兵組織からコロニー戦争が沈静化してもまだ紛争が続いている星域に送り込まれた傭兵で、一年半前に傭兵組織を抜け出し、脱走を手助けしてもらった連中によって、クーザに送られたのだという。

「一目見て難民船だとすぐに解ったよ。だから俺達は、この宇宙船とかかわりたくなかった。。ところが脱走を助けてくれた連中に、宇宙船に侵入して進路を変え、惑星に着陸するまで潜んでいる様にいわれたのさ。乗っ取り屋が仕込まれた記録媒体を持たされてね。古いセキュリティーシステムだったから、コンピューター端末に入れたらすぐ本体を乗っ取ったよ。」

クーザに乗った経緯を話す狙撃手に、クレイスはさらに尋問を続ける。

「脱走を手助けしたのは、どんな連中なの?」

「知らないよ。相手の身元は問わない約束だから。でも俺達を未開発の惑星に、無断で入り込ませるのが目的みたいだったな。難民船が目的の惑星に着いたら、すぐ宇宙艇で飛び出せって言われたよ」

詳しい話ではないが、誰かがクーザをキンナラに向かわせようとしていたのが、狙撃手の話しからわかる。しかもその破壊の試みは、キンナラの存在が公にされる前から始まっていたのだ。クレイスは狙撃手への尋問を終え、狙撃手の見張りをセティに任せると端末を作動させ、イオストルのゼノビアに、狙撃手の尋問で知り得た事を伝えた。

「やはり侵入者を操っていた連はクーザを使って、キンナラを保護の必要のない惑星にするのが目的のようね」

ゼノビアはクレイスからクーザに侵入していた連中が、得体の知れない相手からクーザの進路変更を指示されていた事を聞くと、即座にキンナラの保護撤廃が目的なのを指摘した。確かに、クーザがキンナラに到着してしまうと、キンナラは保護に必要ない惑星になるだろう。クーザの様な大型の宇宙船がキンナラに着陸しようものなら、キンナラの自然観環境を大きく損なってしまう。そうなれば、守るべき自然が損なわれたとして、惑星開発機構の保護から外れ、開発対象の惑星になってしまう。如何わしい惑星開発業者の中には、保護対象の惑星に密かにならず者を使い不法侵入させて破壊行為を行わせる業者もいるのだ。不法侵入された惑星が保護対象から外れるとすぐ、惑星開発に名乗りを上げると言う魂胆だ。クーザに侵入した連中を操っていた連中も、そんな惑星開発業者なのだろう。しかし何故、まだ惑星開発機構の一部の人間しか知らなかったはずのキンナラの情報を、外部の人間が知っているのだろうか?

「船長、もしかしたらキンナラの情報が外部に漏れたのでは」

クレイスは、自分が疑っている事をゼノビアに話す。

「そうかもね。考えたくもないけれど」

ゼノビアも同じ様な疑いを持っているようだ。端末の向こうでぼそりと言うと、そのまま暫く黙ってしまう。しかし数分後には再びクレイスに話し掛けて来た。

「まぁ、もうすぐ保安要員がこの近くの拠点から来るから、逃げた侵入者が捕まるのもそう時間が掛からないではず。あいつが捕まれは、侵入者を雇った悪徳開発業者も摘発されるでしょう。全てが明らかになるのはその時ね」

「じゃあ、私はそれまでクーザでまっています。」

「またね」

クレイスはゼノビアとの会話を終えると端末を切り、保安要員が来るのを待った。


 保安要員たちがクーザやって来るのには、そう時間はかからなかった。惑星探査機構はあちこちの星域に保安要員を常駐させた活動拠点を設けていて、何か問題が起こるとそこから保安要員が、通常のワープの二倍以上の空間を飛び越えられるハイパーワープ宇宙船二隻でやって来て、やや大き目の一隻はクーザとドッキングして難民の保護に当たり、もう一隻の宇宙艇は星間警察の警備艇が来るまで、逃げた侵入者の宇宙船を探す手筈になっていた。

「来たよ」

小型端末の画面にクーザに近付く保安要員のハイパーワープ船の姿をセティが見付けたのは、クレイスがゼノビアと最後の交信をしてから二時間半後だった。難民の保護にあたる保安要員はハイパーワーブ船をやや大き目の宇宙船用ドッキングベイにドッキングさせると、医務室から戻って来たツツ船長の指示する経路を辿って、クレイス達が居るギャレーにやって来て、まず二人の保安要員が狙撃手を拘束した。

「惑星探査員クレイス・グレイさんですね。初めまして、私は保安要員のコリー・ロイです」

狙撃手の高拘束が終ると、総勢七人の保安要員の中の、背が高くオリーブ色の肌をした三十代くらい女性が、まずクレイスに声を掛けて来た。

「こんにちは、コニー・ロイさん。こちらは難民船クーザのツツ船長です」

クレイスが保安要員のロイにツツ船長を紹介すると、ロイとツツ船長はお互い挨拶を交わすと、さっそく今のクーザの状況の確認と、これから始まる難民の救出方法について話しあった。

「まず人工冬眠中の難民の中から、医療にかかわっていた人などを選んでその人達の人工冬眠を解除します。その人達が完全に目覚めたら他の難民達の人工冬眠解除を手伝ってもらい、全員の人工冬眠解除を終えて星間警察の大型救助船を待ちます」

時々頷きながらロイの説明を聞いていたツツ船長は、説明が終るとロイに色々な質問を始めた。

「救助船は、何時ごろ来るのですか? 難民船に乗ったら、私達は何処へいくのですか?」

ロイに尋ねるツツ船長の表情は、不安がにじみ出ている。

「少なくとも五時間後には、救助船がこの宇宙船にやって来るでしょう。その頃には人工冬眠している人達はみんな目覚めているでしょうから、まずこの宇宙船に入って来たスタッフの健康診断を受けてから、全員救助船に乗ってもらいます」

「そして」

「みなさんは救助船で、f-r星域にある難民保護センターのスペースコロニーまで、三週間かけて行ってもらいます。将来の生活の向けての準備をしてもらう為にね」

難民達の行先を聞き、ツツ船長は安堵の表情を浮かべる。具体的な保護の方法を聞き、安心したのだろう。だがツツ船長には、さらに重要な話しが待っていた。

「それからこの宇宙船の事ですが」

「はい」

ロイとツツ船長は、難民が去った後のクーザの取り扱いについて話し合う。クーザをどう扱うのか、ツツ船長に決めてもらわねばならないのだ。ロイはツツ船長に、クーザを星間警察に引き渡すか、他の宇宙船に宇宙船の解体業者の工場まで牽引してもらい、スクラップにしてもらうのか、それともこの場で爆破解体してもらうのかを決める様に、ツツ船長に話した。そしてツツ船長は暫く考えた後、これからやって来る星間警察にクーザを引き渡す事を決めた。クーザを星間警察の手に委ね、新しい持ち主が決まるまで、星間パトロールの基地のあるコロニーに係留してもらうのだ。

「よかった……これでもう命を脅かされる事無く、自由に生きていける。セラフィーと別れるのは辛いけどね」

そう、ツツ船長達にとって救助船に乗り込む事は、やっと安全な場所を得られた事であると同時に、船長の任を離れ、今まで大切にしてきた難民船クーザやクーザのメインコンピューター、セラフィーと別れる事を意味していたのだ。

「クーザから離れるまでは、貴方はまだ船長ですよ」

クレイスは少し寂しそうなツツ船長にそっと声を掛ける。確かに、クーザが星間警察に引き渡されるまでは、ツツ船長はまだ船長なのだ。しかしその時間は長くは無かった。一時間もしないうちに星間警察の大型救助船がクーザのもう一つのドッキングベイにドッキングしたと言う知らせが、難民達の人工冬眠を解いている最中のクレイス達に伝わって来た。クレイスは難民達の人工冬眠解除をグェンとセティに任せ、ロイやツツ船長と一緒にドックキングポートに行き救助船に乗って来た五人の警察官達を迎える。そして彼等と挨拶をした後、拘束した狙撃手を警察間に引き渡す。狙撃手は二人の警察官に、星間警察の船へと連行されていくと、クレイスは難民達の人工冬眠解除の最中であるのと、クーザを星間警察に引き渡す決意と言うツツ船長の決意を話した。

「そうですか。それならまず難民達の様子を診た後、この宇宙船の所有者を星間パトロールに変換しましょう」

警察官のリーダーである初老の男性はクレイスの話しを聞くと、クレイスに案内してもらいながら人工冬眠室に行き、難民たちの様子を見る。

「さぁ、船長として最後の仕事をしに行きましょう」

警察官達の姿をみると、ツツ船長はクレイス達と一緒に、ロイと警察官達を、コンピューター室へ案内する。セラフィーに分れを告げる為に。

「ここです」

コンピューター室の前に来ると、ツツ船長は生体認証装置の上に立ち、コンピューター室の扉を開けて中に入ると、ロイと警察官達を招き入れる。

「セラフィー、元気にしているかい」

ツツ船長がセラフィーの前に立って声を掛けると、眠っていたセラフィーが目を覚まし、コンピューター室にセラフィーの声が響く。

「おはようございます、船長。これからどうするのか、結論はでましたか?」

セラフィーの声の調子は、それまでとはかわっていない。しかしセラフィーと向かい合うツツ船長の声は、とても重々しかった。

「セラフィー、これから私が言う事を、ちゃんと理解してくれるかね」

「はい」

セラフィーがツツ船長に答えると、ツツ船長は大きく深呼吸してから、セラフィーに重要な話しをし始める。

「私はもう、クーザの船長ではなくなるのだよ。解るかい」

ツツ船長の言葉は、セラフィーにはすぐには理解できないもののようだ。一分以上も沈黙した後、やっと言葉を発しだした。

「何故です? 貴方が船長でなくなったら、私は誰の命令を聞けばいいのでしょうか?」

いきなり船長から思わぬ話しをされて、セラフィーは動揺しているらしい。コントロールパネルのランプが、混乱を現すように点滅している。

「私達、クーザに乗り込んでいる難民は、無事保護される事になったんだ。私達はこれからクーザを離れ、難民保護センターに向かうんだよ。だから私はクーザの為に、クーザを此処にいる警察官に委ねる事にきめたのだ」

ツツ船長が静かに語り掛けると、セラフィーは何が起きているのか理解したようだ。混乱を現すランブの点滅が、徐々に消えて行く。

「これからクーザの所有者を星間警察に変更され、君が命令を聞くのは、此処にいる警察官になるのだよ」

「はい、船長。私はこれから行われる所有者の変更を受け入れます。今まで、ありがとうございました」

「それなら、今すぐシャットダウンしてくれるかい」

「はい、さよなら船長」

「さよなら、セラフィー」

ツツ船長がセラフィーに分れを告げ終ると、セラフィーはシャットダウンし、さっそくクレイスやロイの立ち会いの元、クーザの所有者の書き換えが行われた。まずツツ船長がセラフィーに記憶されている自分のデータを削除し、その後改めてクーザの所有者として星間警察の難民保護局が記録され、さらに警察官のリーターの顔や指紋などが生体認証の為、一時的に記録された。これで星間パトロールの基地までクーザを動かす役目は、警察官のリーダーの役目になったのだ。無事クーザが星間警察の管理下の置かれると、ツツ元船長と警察官のリーダーはしっかりと握手をし、その場にいた全員でコンピューター室を後にし、人工冬眠室に向かった。

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