マネーウォーカーに光は届かない

ちびまるフォイ

誰よりも健康的な不健康

「なんか靴に入ってる気がするんだよなぁ……」


靴の中に違和感を感じて靴を脱いでみると、

中敷きと足の裏の隙間に1万円札が貼ってあった。


「え!? なにこれ!?」


靴の中にへそくりを隠す趣味はない。

だったら一人暮らしの俺の部屋で一体誰がどんな目的で……。


答えは数歩歩いて気がついた。


「……またなんか入ってる?」


もう一度靴を脱ぐと、今度は足の裏に1円玉が貼ってあった。


一歩歩くと1円。

10歩歩くと10円が足の裏にくっつく。


俺の足はどういうわけか金を生み出す錬金足となっていた。


この日から自転車を使わなくなった。


「最近えらく金払いがいいじゃないか。なにかあったの?」


「へへへ。まあな」


「教えろよ。最近、電車を使わないようにてるみたいだし

 それでお金をコツコツためているとか?」


「歩いてるんだよ」


「歩いてる!? おまっ……何駅あると思っているんだよ!?」


「お前も健康のために歩いてみろよ。

 電車や車では見えなかった景色が見られていいかもしれないぜ」


「いやぁ……そんな原始的な生活には戻りたくないかな……」


意識すれば1日1万歩歩くこともたやすい。

それを1ヶ月繰り返せばなんと30万円。

ちょっとした小説コンテストの大賞にも匹敵する金額だ。


この奇跡とも言える特性を誰かに話せば目を「¥」に変えて近づくだろうから

俺はあくまでも健康のためだと言いながら目を「¥」に変えて歩き続けた。


ある日の健康診断のこと。


「……やばいですね」


「え? や、やばい?」


「足の裏が大変なことになっていますよ」


「ま、まさか気づかれたんでか!? 俺の足のことを!?」


「これでも医者ですからね。患者の足の状態を見てすぐにわかりましたよ」


「そうでしたか……実は俺の足は歩くほどにーー」


「あなたの足、もうすぐぶっ壊れますよ」

「はい!?」


「どういうわけか、足の裏に異物を踏みつけながら歩いている兆候があります。

 それが足の裏に負担をおよぼしているんです。

 靴の中に小石が入った状態で何キロを歩いたら足の裏を傷つけるでしょう」


「は、はぁ……」


「いったん、健康のために歩くのは辞めてください。

 これ以上歩けばそれこそもう歩けなくなりますよ」


「いやそれは困ります! 俺もう仕事辞めて歩くことに専念したんです!

 俺から徒歩をとったら、もう明日からどう生活すればいいのか!」


「どうしても歩きたいと?」

「はい」


「……では、特別な治療があります」


医者に案内されて病院の地下に行くと大きな卵型のカプセルがあった。


「これは最新の治療マシンです。ここで眠っていればあなたの足を元の状態に戻せます」


「本当ですか! よかった!」


「しかし、治療の負担を軽減するために眠っている時間は長い。

 起きたときに浦島太郎のように時間が流れていることを覚悟してください」


「あ、いっすよ」

「かるっ」

「友だちいないんで」

「……」


カプセルに入ると麻酔でゆっくりと眠りに落ちていった。

体に負担を書けないようにカプセルの中ではゆっくりと時間をかけた治療が行われた、


プシューー。


目を覚ますと明らかに時間が経っているのがわかった。


「すごい……いったいどうなっているんだ……」


病院の窓から外を見るともはや歩道はなくなっていた。

すべての移動は自動運転の車になっていて、誰もがセグウェイに乗っている。

バリアフリーが行き届き階段はすべてエスカレーターになっていた。


「これじゃ歩く場所がないじゃないか!」


せっかく足が治ったというのに歩く場所はどこにもなかった。

ひとたび街に出れば車のクラクションがあおってくる。


「おいコラ!! なにちんたら歩いてんだ! ここは歩道じゃねぇぞ!!」


「それじゃ歩道は……歩道はどこにあるんですか!」


「はぁ!? んなもんとっくになくなったに決まってんだろ!!

 歩く必要がなくなったのにわざわざ歩くバカがいるか! どけ!!」


車が猛スピードで過ぎてゆく。

こうなったら家で歩くしかないと試してみたが、

1日1万歩をドスドス歩いたことで床は摩耗して床が抜けてしまい

そのことがバレたことでご近所さんからは「ヤバイやつ」と思われてしまった。


どうにか歩く方法を考えた俺はジムに行ってみることに。


「ルームランナー? ないない、そんなもの」


「どうして!?」


「今どき、健康なんて機械と薬でどうとでもなるでしょう。

 ましてわざわざルームランナーを使う人なんていないよ。

 あんたは弥生土器で米を炊いたりするのかい?」


「使ってないものを譲ってもらったりするだけでいいんです!」


「……それならいいけど。でもだいぶ古いよ?

 うちのジムも先代は繁盛していたみたいだけど

 今じゃ誰も使わなくなって、たまに来るのはあなたみたいな人だよ」


「俺みたいな人?」


「病気の人」


「いやいやいや! 俺は病気じゃないんですって!

 むしろ生活のために歩くことが必要なんです!」


「まあ、ゴミを処分する手間は減ったからいいけどさ」


ホコリを被ったルームランナーを手に入れて部屋で歩くことに。

変わらない風景を見ながら歩き続けるのは意外と苦痛で、

まるで自分がホイールを回すハムスターのような気分になった。


耐えきれなくなったのは俺よりも機械のほうだった。


ばきっ!!


「っと、危ねぇ!」


老朽化もあり俺の歩行にルームランナーが耐えきれなくなってしまった。

もはや新しいルームランナーを手に入れることはできない。


「ああ! もうどこでもいい! 俺を歩かせてくれーー!!」


 ・

 ・

 ・


薄暗い明かりと絶えず流れ続ける水。

鼻を取りたくなる悪臭がたちこめている場所にテレビクルーはやってきた。


「本当にこんな下水道にいるんですかね……。

 噂の解明なんて、今どき番組として売れませんよ……」


「しっ。誰か来る!」


クルーが照明を前に向けると裸足の男が下水道脇の道を歩いてやってきた。

勇気を振り絞って男にマイクを向けた。


「あの、ここで何をしているんですか?」


「なにって……見ての通りですよ。歩いてるんです。

 ここはいいですよ、どこまでも歩き続けられる……」


「どうして……なんのために、歩いてるんですか……?」


男はにこりと笑って答えた。


「お金と健康のためですよ。決まってるじゃないですか」


男は裸足からボロボロとお金をこぼしながら下水道の奥へと消えていった。

テレビクルーは固まっていた。


「いらないんですかね……お金……」


「もう歩ければどうでもいいのさ……。

 歩行中毒症状の末期ってのは恐ろしい……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マネーウォーカーに光は届かない ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ