20%オフの日

真花

20%オフの日

 明日に備えて九時に床についたのに、まばゆい光が急に部屋に満ちて眠れない。

 気にはなったが寝ることの方が優先なので光を背にしてがんばる。がんばれば眠れる筈。

「おい!」

 無視。

「おいって!」

 いや待て、誰かが居る。この1Kの城は確かに俺一人しか居なかった。

「起きてるのは分かってるんだから、こっち向け」

 母ちゃんの土足で踏み込んで来る感じと、父ちゃんのぶっきらぼうさを足したような声。でも知らない声。

 急に振り向くのが怖くなる。

「怖くないから、こっち向け」

 いや、何者だよ。

「自己紹介するから、こっち向け」

「いや、何でこころの声と会話が成立するんだよ」

 つい振り返ってしまった。

 そこには光を後ろに燦々と、何だろう、おっさん? サンタクロースのコスプレを失敗したようなおっさんが立っている。駅でたくさん蠢いているおっさんからサンプルを取ってきた、のかな。

「誰がおっさんだ。もうちょっと畏れ」

「人んちにどうやって上がり込んだんだよ」

「どこにだって行ける。何にでもなれる」

「そう言うことは青春に迷ってるときに、そっと教えて欲しかった。じゃなくて、何者なんだ」

 おっさんは顎髭を触る。と言っても5センチくらいのゴマ塩の髭だ。貫禄よりも手癖をイメージする。

「儂は神様だ。君に用があって降臨した」

 嘘つけ。神々しさの欠片もない。風呂に入っても何となく不潔な感じの人が関の山だ。

「そう言う酷いこと考えちゃだめだろ。気付け、不思議な会話の成立に」

 確かにそうだ。じゃあ、超能力者なのか。

「半歩前進とか今そんなゆっくりしてる暇ないから、理解して、自分の置かれている状況」

 謎のおっさんがこころを読む。以上。

「分かった。じゃあ、一つ神通力を見せるからそれで納得、オーケー?」

 観光客相手の偽物売り?

「一つ、難しいけれども、大したことのない望みを言ってみ。すぐに叶えるから」

 条件が無駄に複雑。でも、何でもいいなら。

「大したことないの限定ね。君のため、いい? 君のためにそうしているんだからね」

「どう俺のためなのか教えてよ」

 おっさんはニカっと笑う。金歯が二本。今どき見えるところは白にしようよ。

「神通力の使った分だけ君の運が減る、たくさん使うと、即死」

 ほー。そう来るか。でも万が一があるからな。

「そうそう。ちょっと信じてきたね。さあ、カモン」

「じゃあ、この財布の中のお札を全部1万円札にして」

 おっさんはどこか物悲しい目で俺をじっと見る。ため息。

「浅ましい」

「いいだろ! 金を望む人なんて幾らでも見てきただろう、神様なら」

「いや、そうだけどね。今まで何億人と同じようなことを言ったよ。儂は全員に平等に同じ目線を送った」

 頭の中で、俺の左右に人がずらーっと一列に並び、それぞれの前に同じおっさんが立ち、せーのでさっきの目をする。俺はこんなの考えてない。

「うん。儂が見せた」

「気持ち悪いよ」

「傷付いた」

 ナイーブな人のいで立ちとは思えない。

「傷付いた分は利子に還元するから」

「何の?」

「徴収する運のだよ。さ、財布の中を見てみ」

 財布を開けると確かに一万円札が二枚。しまった。二千円しか入れてなかった。

「後悔したって、済んだことは元には戻らないよ」

「神通力。信じるしかないみたいだな」

「オッケー。じゃあ、本題に入ろうか」

 俺は相手を神様と認めたせいで、身構える。

「君が重ねてきた悪行に対して、運が徴収される。普通は人生の晩年に刈り取って、およそその直後に死因とこんにちは、とあいなるのだけど、こちらの事情で早期徴収制度を今年から導入した。これを受けて、君に運を払って貰いに来たわけ」

「ちょっと待って。俺、悪行なんてしてないよ」

「君は、この前財布を拾って交番に届ける前に『天引きじゃ』と言って千円抜いたでしょ」

 それは、したけど、それだけで運取られちゃうの? しかも一割より少なかったし。

「インフルエンザで出勤停止のときに、パチンコ行ったでしょ」

 滅茶苦茶負けたけどね。それは、確かに感染対策としては悪いことをしたとは思ってる。

「お父さんのコンピューターでエロサイト見て、高額請求が来たのをしらばっくれたでしょ」

 待て待て、何十年前の罪だ。しかも多分父ちゃんは、共犯。

「そう言う人生での諸々の罪、でも君は本当の悪じゃない。ちょいわる程度」

 不良アダルトなファッション?

「だから死ぬ程ではない運を、今、抜ける」

 財布の千円じゃないんだから。

「理解出来た?」

「分かった。言いたいことは分かったけど、何でいちいち俺に説明するんだ?」

「インフォームドコンセント取らないと、後で訴訟とか怖いから」

「いや、治療じゃないし。と言うより神様訴えるのやり方分かんないし。それ以上に何でそんな弱気なんだよ」

「時代、かな」

「さっき俺にした目で時勢を見ないで」

「いや、さっきのは、こう。今のは、こう」

「どっちでもいいよ!」

「と言うことで、ここにサインをしてくれれば、完了」

 ちょっと待て。運ってどれくらい取られるんだ。

「これから二十四時間、10%オフ。に、さっきの神通力と傷付いた分が8%上乗せ」

「ちょっと前の消費税とサービス料かよ。そんなに取られるのにサインは出来ないよ」

「あー、ここでゴネると上がりまーす。1%上がりまーす」

 マジかよ。

「どうする? サインする? ……あ、もうすぐ上がりまーす。あ、もう1%上がりまーす」

 トータル20%。これこのままだと、死ぬ値になる。二十四時間。よりによって今日。

「どうする? サインする? ……あ、もうすぐ」

「する! サインする」

「はい。じゃあ、20%と言うことで」

 渡された紙にボールペンでサイン。神様なのに、紙ベースって、天界はローテクなのか?

「え、と。曲田甲、君。えらい四角だらけの名前だね。せめて下の名前はひらがなで柔らかくすればいいのに」

「余計なお世話だよ。人生何百回とそう思ったけど、親から貰った大事な名前なの」

「四角何個あるの?」

「重複なしで十四個、重複ありなら三十六個」

「お姉さんの名前は?」

「やよい」

「妹さんは?」

「あまね」

「お父さんは?」

「ひろと」

「お母さんは?」

「ゆりえ」

「君は?」

「甲」

「一人だけ硬い!」

「それが言いたいこと? と言うか、絶対下調べしただろ」

「した」

 ぺろっと出した舌、その先がチロチロと動く。

「もう! 用が済んだなら帰ってくれよ。俺は明日大事な日なんだ」

「じゃあ、最後に状況を整理して終わるから、聞け」

 さっさとしてくれ。

「曲田甲は、サインをした十時の時点から二十四時間、運が20%オフになる。それにより、これまでのちょいわる行為はチャラ」

 つくづく、安売りみたいだ。

「じゃ、そう言うことで、じゃーねー」

「はい。さようなら」

 光と共におっさんが消える。

 20%オフって言ったって、残り80%もあるんだ。普通に一日を過ごして、夜に備えればいい。

 布団に入る。

「うわーーーーー!」

 隣の部屋から叫び声。うるさい。でも多分、隣の部屋にも神様が来たのだろう。


 鼻から止めどなくヤマトのり、あの白い奴、が出てくる夢で目が覚めた。普段夢なんて見ない。いやにリアルで、何故か左の鼻の穴からだけ出し続けた感触が残っている。

 時計を見ればまだ五時。早目オフピークのためにいつも六時に起きていると言っても、昨日は神様とか来たしもう少し寝るべきだ。

 今度は俺の出したヤマトのりのせいで業績不振になったと本家から訴えられる夢。

 そう言う整合性を期待したことはなかったのだが。

 え。

 今何時?

 時計を見ると七時半。急げばギリギリ間に合う。

 完全に遅刻する訳でもないが、余裕はない、これが20%オフの塩梅なのか。

 着る予定だったワイシャツに染みを見つける。もう一着は生乾き。判定は後者着用。

 朝ごはんは食べられない。髭は剃らなくてはならない。はい、血が出る。

 とにかく急ぐ。それでも忘れ物の確認は怠らない。ここで使う一分は後で効いてくる筈だ。特に今日のような日は。

 玄関、鍵オッケー。

 エレベーターがちょうど行ったところ。六階だ、階段で行こう。

 二階の踊り場! 小学生男子! 何で朝からここで泣いてるんだよ。

「君が重ねてきた悪行」

 神様の声が聞こえる。あの野郎、20%よりもっと取ろうとしてないか?

「どうしたの?」

「転んだ」

「家に一回帰ろうか? 何階?」

「十二階」

 登るのは無理。

「ひとりで行ける? エレベーターのところまで一緒に言ってあげるからさ」

「うん。ありがとう」

 エレベーターはちょうど行ったところ。

「じゃあ、お兄さんは急ぐから、ね」

「うん、じゃあね、おじさん」

 おじさんじゃねーよ。渡したガイドライン、ソッコーで無視しないでくれ。

 タイムロスは意外に少ない。急げ俺。神様、トラップを置かないで。

 駅到着。定期が、ない、なんてことはない。そこは予測したぜ。

 いつもオフピークだから見ることのない、ラッシュが目の前に展開されている。

 ぎゅうぎゅうのところに無理矢理人が入って行く、あれを俺もやるのか?

 あっちにもこっちにもおっさんだらけで、神様が混じっていてもの多分気付かない。

 並ぶ。

 電車来る。自分の前で丁度車内はすり切り一杯。無理。次の電車を待つ。

 次も酷い。でも突入するしかない。

 むぎゅう。

 隣のおっさんのイヤホンの音漏れがヤバい。丸聞こえだ。しかも官能小説の朗読、朝から何を考えて生きているのだ。内容が俺好みじゃなかったから不用意に興奮せずに済んだのは、まだ運が残っている。

 でも何とか最寄駅に生還。明日からもオフピークを続けよう。

 神様の群れ、いや、おっさんの群れから抜け出して、会社まで一直線に駆ける。

 時計を見れば始業五分前。

 エレベーターがすぐに来た。よし。

 すぐに出られるように行先盤の前に立つ。うちの会社は九階。

 次に乗って来た人が八階を押す。その次の人が七階。六階、五階、四、三、二、結局各駅停車、エレベーターボーイ俺。

 皆をキレイさっぱり降ろして、タイムアップの今、我が社に到着した。

「おはようございます」

 どんな状況でも挨拶は必ずしなくてはならない。それが社会的な生物である人間をするコツだ。

 見ると、課長がいない。

「課長遅刻か? ラッキー」

 普段なら口に出さないようなことを吐くと、普段なら居ない筈の聞き手に届く。

「私は君の後ろだよ」

「あ、課長、おはようございます」

「エレベーターに居なかったから油断したんだろう。私は階段で来たんだ」

「え、てことは今御到着ですか?」

「まあ、そうだが」

「じゃあ、多目に見て下さいよ」

「まあ、いいだろう。さ、仕事だ」

 もし運があと1%でも削られていたら、雷が落ちたのかも知れない。傷付いたから8%って重すぎるだろ。

 仕事に入ってしまえば、20%オフの影響は少なかった。それだけ、俺が仕事を実力でやっていたと言うことだ。だから、付随しない細かなことが、神様の嫌がらせのように降りかかった。コーヒーは二杯かけられたし、間違い電話は五件もあった。昼食を食べる時間は取れなかったし、備蓄しているおやつも底を突いていた。

 それでも、これはいつだってあることだけど、今日に限って定時に上がれなくなる未来が濃厚な案件が午後の深い時間に回って来た。俺のリミットは七時半。約束が九時だから。

 超がんばって、終わらなくて、それでも終わらせて、八時に会社を出た。

 電車じゃ間に合わないから、タクシーを拾う。

「どちらまで」

「東京駅の丸ビルに」

 走り出す。俺は現状を確認するためにずっとスマホを見ていた。

 いやに寒い。

「運転手さん、窓閉めてもらってもいいですか?」

「窓はないです」

「いや、風がすごいんですけど」

「お客さん、気付いてないんですか? このタクシーはオープンカーですよ」

 スマホから目を離すと、ない。屋根がない。

 俺はどうやって気付かないまま乗車したんだ。

「あ、ないんですね。そうですか」

「最高でしょう? アメリカの荒野を走っているような、そう、ブロードウェイをかっ飛ばしているような気持ちになるでしょう?」

 どっちだよ。荒野か都会かどっちかにしてくれ。

「助手席には、犬、これ定番」

 居るよ。犬が。

 ワン! ワン!

 吠えてるし。と言うか、なぜダックスフンド? もっとでかい犬じゃないの? と言うより、どの犬よりも助手席に収まり辛い犬なんじゃないのか?

 ワン! ワン!

「トゥー」

 ワン! ワン!

「トゥー」

 何の掛け合いだよ。運転手さん異常に発音いいし。

「犬と風、最高でしょう? それを味わって欲しくて、改造したって訳」

 大胆過ぎるだろ。

「因みに、夜でもサングラスってのも、オツかなと思ったけど、何にも見えないから今日からやめた」

 何の告白? でも外しておいてくれてよかった。

「だから今日はカラーコンタクト」

 だから、何を伝えたいの? 自分語りって奴?

「若作りして、オッドアイにしてみました。見る?」

「運転に集中して下さい」

「度も左右違うから見にくいです」

「運転に集中して下さい」

「ラジャ。新世界までぶっ放すぜ」

「丸ビルにぶっ放して下さい。あ、違う、丸ビルまでぶっ放して下さい」

「安心しな。君は何も間違っちゃいない。約束の通り、丸ビルに、俺がぶっ放してやる」

 何を? と言うか喋り方、完全にアメリカンポリスになってるだろ。

 雨が、パラパラと降り始めた。そんな予報はなかったが、20%オフのツケでそれくらいはあってもおかしくない。

「運転手さん、雨です。どうにかして下さい」

「分かった。すぐそこに止めるから少しの辛抱な」

 路肩。

 幌でも出すのだろうか。

 運転手は美しい直線に腕と指を乗せて、コンビニを指す。

「あそこで傘を買ってくるといい」

「いやいやいやいや、積んでないんですか」

「幌もないし、傘も丁度切らしている。これは元からオープンな車じゃない。俺が、チェンソーでぶった斬って作った、手作りの車なんだ。だから、そもそも幌はない。そして、傘がないのは運の問題だ」

 運と言われると今日だけは納得するしかない。が、手作りって規模じゃないだろ。客に傘を買わせるな。

「ついでにお釣りをしっかり貰って来てくれ」

「どうしてですか?」

「お釣りも切らしてる」

 仕方がないので神通力で化けた一万円札を傘一本買って崩して、お釣りをジャラジャラ貰った。

「俺と、犬の分は?」

「ないですよ」

 運転手は肩をひそめる。

「濡れるのも男の色気か」

 車の上で傘を差すのは風が強くてかなり困難。

 数分で、あえなくビニール部分は後方に飛んでいった。骨だけになった傘を畳んで、置く。

 結局俺も男の色気という虚像に縋ることになる。

「俺の相棒の名前を知りたいか?」

「いや、いいです」

「こいつは、誰よりも熱い犬なんだ。だから、ホットドッグ。いい名前だろう?」

 気付いてやってるんだよね? まさか知らずの奇跡のネーミングじゃないよね?

「この前、こいつの名前と同じ食べ物を発見したのさ。つい、買っちゃったよ」

 知らずの奇跡かよ。アメリカン好きな癖に英語力ほぼゼロじゃないか。

「兄弟、もうすぐ着くぜ」

 縁を切りたい。

「料金は、三千円、丁度だ」

 お釣り、ジャラジャラ、このまま持ち運びかい。

「じゃあな」

「ありがとうございました」

 俺を下ろすと、オープンカータクシーはカルフォルニア感のある音楽をガンガンに流しながら去っていった。晴れた昼間の広大なところで是非やって頂きたい。

 時計はほぼ九時。

 許容範囲の遅刻になりそうだ。

 そう言えば十時で二十四時間だ。それまで一時間、粘ろう。多分この判断が出来ると言うのが俺が生き残る側に居るために必要な残された能力だ。

 レストランはビルの上の方。エレベーターのタイミングが合わないのにもちょっと慣れた。

「いらっしゃいませ」

「曲田で予約している者です」

「え、と、曲田様、ですね、あれ? あ、すいません、ちょっと上の者に確認して来ます」

 確かにこの店に予約をした筈だ。

 上の者がやって来る。

「曲田様、すいません、ご予約をされていたのはされていたのですけれども、キャンセルのご連絡を承っておりまして、本日御席のご用意はできておりません」

「そんな連絡してないです。……もしそうだとして、例えば今日開いている席があったりしませんか? 二名で」

「あいにく、席の余りもなく。キャンセルは女性の方で、木龍様と言う方でした」

 三恵だ。参加者は俺と三恵の二人しかいない。

「言伝をお預かりしています。『新丸ビルで待つ』とのことです」

「それって」

「すぐ近くです」

 何故怪盗風なのか、何故メールではなく言伝なのか。何故キャンセルしたのか。一切分からないが、行くしかない。

 新丸ビルで、彼女が行きそうなところは、どうあってもレストラン街しかない。

 エスカレーターで登る。あと数十分で終わる運の天引き、それまでに会わない方がきっといい。十時になってから会うのが、いい。

 そう結論すれば、会う。

 普通にソファーで寛いでいた。

「三恵、こんなところで何やってるんだよ」

「あ、甲くん、今日は大事な話があるそうじゃないか」

「あるけど、その前に。何でレストランをキャンセルしたんだよ」

「大事な話はレストランでするべきではないからだよ」

「何で事前にメールしなかったんだよ」

「言伝の方が秘密度が高いからだよ。私がいつ君に知らせたいかと言う時間のコントロールも出来る」

「何で新丸ビルなんだ」

「丸ビルから歩いて来れて、探すのに十分な広さがあるからじゃないか」

 時々この女の考えていることが分からない。ただでさえ今日は20%引きの日なのに、半分は悪意でできているのではないかと言う行動に振り回されるのは、しんどい。

「まーとにかく、甲くんは私をちゃんと見付けられた。それが大事なのだよ」

「見付けるまで探し続けるよ」

「嬉しい。……外へ行こう。ご飯も大事だけど、先に、外に行こうじゃないか」

「大事な話は」

「したくなったら、すればいい。レストランがいいならその時でもいい」

 俺たちはビルを降りて、外の広場に行った。

 時刻は丁度十時。

 広場は誰も居ない。

「三恵、やっぱここで言うわ」

「はい、ここまで!」

 誰だよ。

「おなじみ、神様だよん」

「おっさんかよ。何で今このタイミングなんだよ」

「時間通りだけど」

「そんな予告なかったし、俺の覚悟返せ」

「それは補償の対象外」

「補償?」

「インフォームドコンセント、五枚目」

「絶対に一枚だった。て言うか、後光はどうしたんだよ。なければただのおっさんだろ」

「目立ちたくないときもある」

 何なんだ。三恵も落ち着き過ぎだろ。少しは動揺するだろ、普通。

「彼女は知ってたからね」

「何を」

 どっかぁぁぁーーーーん!

 丸ビルの方から轟音、まさか。

「そのまさか。ぶっ放したんだよ、君のドライバーが」

「嘘だろ」

「君の指示だろ」

「してないよ」

「彼はそう証言した」

「捕まるの早っ、てか偽証だろ」

「その先のことは補償の対象外」

「分かった。それより彼女が知ってたって?」

 三恵を見る。小さくっ手を振ってくる。

 そのにっこり。

「まさか、グル?」

「いや、ただの紹介元だ」

 神様紹介?

「でも長くなるから後で訊いて」

「お預け? ……で、要件は」

「運20%オフ終了のお知らせだ。お疲れ」

「分かったから帰って、もう」

「じゃあ、ばいばーい」

 やっと二人きり。神様の余韻が濃いが、俺は言うべきことを言いたい。

「いろいろあったけど、言うよ」

「分かった」

「あのさ、俺と結婚してくれ」

「いいよ」

 これが運100%の俺。いや、実力も100%だけど。

「飯、一緒に食べよう」

「そうだね」


 暫くして三恵が白状したことによると、神様を確かに紹介したとのこと。

 三恵は俺と結婚をするつもりはあったが、迷いが少しあり、そこの部分を払拭するために神様に嘆願したのだそうだ。もし、俺が本当に悪行を積んで来ていたなら、新丸ビルで待つ三恵の前に到達する前に死んでいただろう。運が、残っている運が十分にあれば、三恵を見付けることはたやすく、事実俺は彼女を見付けた。

 彼女がその後、十時まで時間稼ぎをしたのは、普通の状態の俺と対峙したかったからだと言う。減算されている運に影響された状態でプロポーズを受けるのは、結果が変化してしまうリスクがあった。

 だからフラットな二人で、向き合うことが出来る十時まで、話の本丸に入らなかったのだ。

 今日俺が酷い目に遭う大元は彼女で、しかしそれが結婚を前に揺れる気持ちから来るものならば、許そうと思う。

 ちなみに紹介特典は「所定の日に運5%アップ」らしい。



(了)

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20%オフの日 真花 @kawapsyc

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