第2話

 私が実家を出たのは大学も2回生に進級する春だった。それまで片道2時間かけて京都の大学に通っていたが、その面倒臭さと辛さから母親に懇願し続け、晴れて京都での一人暮らしと相成ったのである。

 大学が長期休暇に入ると実家に帰ったが、もはや全てが色褪せて見えた地元で唯印象に残るのが、帰省する度に衰えていく祖父の姿であった。その足腰は不安定に申し訳程度に身体を支え、頭の中の霧は、着々と我々に関する記憶を覆い隠そうとしているように見えた。祖父はもはや自分の息子の存在が分からなくなっていたし、もちろん孫の私についてもそうだった。いくら自分や父が祖父にとってどのような血縁関係をもった人間であるかという説明を試みても、祖父は「そうか」とは言うものの、理解はできていないようであった。

 祖父は「現在」を失ったが、むしろ昔の事はよく話した。会社に勤めていたときの事や親兄弟の事、青ヶ原、、彼にとってそのことは現在よりも鮮明であり、そして何度も同じ話を繰り返すのだった。

 私はその日も晩御飯をご馳走になり、私と祖母と祖父の3人でテレビをつけながら食事をしていた。その時間帯、この家でつく番組はNHKニュースである。認知症患者の介護に娘が疲弊し、車で遠くに患者を運んだまま置き去りにしたというニュースが私たちの間を通り過ぎた。

「分かるわあ、その気持ち」祖母はその事件の犯人である娘に同情していた。週二回、デイサービスに祖父を任せているとはいえ、この老夫と生活をするのはやはり参るらしかった。

 祖父は、と思って見ると、箸を使ってひじきの豆をお茶が入ったコップにいれていた。




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記憶 音無あたる @zardizumi

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