第6話 2018年(平成30年)8月11日
2018年8月11日、土曜日。
平成最後の夏。
赤い縞模様の着物を着た女が、紺の水玉模様の浴衣を着た子どものそばに座っていた。
「久しぶりね。幸せにしてた?」
優しい笑顔で女が問うと、子どもはふにゃりと笑って頷いて見せる。
女の胸元にさした笛から、マッチ箱のような大きさの小さなきつねが飛び出した。それは、ふわりふわりと子供の周りを跳ね回る。
「わらし~、出張した甲斐があったんだな。いいうちを見つけられてよかったな」
「うん」
「平成の座敷童はアクティブよね。自分から居心地のいいおうちを探しに行くんだもの」
「ほかの子はしらないけど、僕は一緒にいたい人を選びたかったんだもの。謙一郎はとってもぴったりだったし、そう思った勘は当たってたよ」
そう言って子ども――座敷童は背の高いスツールで足をブラブラさせる。
座敷童は、自分が見える人に久しく会っていなかった。だから人の多いほう多いほうへと、どんどん移動してきたのだ。そんなとき、自分が見えるうえ、触れられる謙一郎と出会った。でもあの時の謙一郎ではダメだったから、仲間に助けてもらった。
時を超え、次元を超え、途切れた糸を結びなおす。
「あの男、頑張ったのか?」
きつねがからかう口調でそう問うと、座敷童は当然というように胸を張った。
謙一郎と美和子は結ばれた。
美和子の父親は倒れたが、彼女が見合いをすることはなかった。美和子は大学を辞めて地元に帰ることになったが、将来を約束している人がいると父親を説得し、彼を待ちながら身を粉にして働いた。謙一郎もその業種でバイトをしながら、在学中に必要な資格を取っていった。
そして二度目の1993年8月7日。あのカフェーで、謙一郎は美和子にプロポーズしたのだ。
次元を超えて時を超え、自分たちの息子と娘がそれを見ていたとも知らずに。
「今日は家族旅行なの。あの夏と比べたらずっと暑くてびっくりだよね」
平成最後の夏は酷暑と言える気温が続いている。25年前、米が不足になった夏に、暑さの一部を送り込みたいくらいだ。
「わらしって、暑さ寒さ感じたっけ?」
「感じない。謙一郎のまね~」
座敷童は笑って足をばたつかせる。
謙一郎と美和子が結婚し、一男一女に恵まれた。彼らが小さいときは、座敷童といっぱい遊んだ。大事な家族だ。
今日は何年かぶりの家族旅行で、当然座敷童もついてきたのだ。彼は座敷童でありながら家ではなく人につくものだから、謙一郎の出張にもついていき、世界を旅している。
謙一郎たちは記憶を頼りに思い出のカフェーを探しているが、彼らの前に店が現れることは二度とない。
たぶん移転でもしたのだろう。そう考え、残念に思っている姿が見える。だがそれでいいのだ。
「謙一郎たち、みなとみらいに移動するみたいだから、僕も行くね。またね!」
「ああ、またな」
「幸せにね」
笑顔で去り行く子どもに、きつねと女、そしてその後ろにいつのまにか立っている老夫婦が手を振った。
-----あとがき----
実際の場所や時間を舞台にしよう。
そう思って書き始めた物語です。
当時のことを調べながら書きましたが、間違いがありましたらすみません。
このあたりには多分ポケベルがあったよね?(携帯はある?ない?) とか、
1993年って冷夏だったの? とか(うだるような暑さと書いていたので慌てて修正)、
東横線の桜木町駅って2004年までだったの!?
など、調べていて驚いたことがたくさんでした。ラストは平成最後にするか令和最初にだけ迷いましたが、四半世紀後の平成に。
その時代を知っている方にも楽しんで頂けたら幸いです。
余談ですが、今回の舞台は横浜市と福岡市のどちらにするかでとても悩みました。
神戸市や大阪市、札幌市なんかもちらっと考えました。
いずれその地を舞台に何か物語が綴れたらいいな、と思います。
横浜カフェー<薔薇と黒猫亭> 相内充希 @mituki_aiuchi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます