フルーツ玉 - 公園の友人 -

七紙野くに

フルーツ玉 - 公園の友人 -

ケンジはオモチャの鉄砲で遊んでいました。

といっても何発も続けて撃てたり正確に的を狙える物ではありません。

小さな蓋を開けて、じゃらじゃらと歪な銀色の弾を入れる。

そして引き金を引くとバネが弾ける音と共に勝手な方向に飛んでいく。

薄いプラスチックで出来ていて間違っても本物とは思えません。

だけど、ケンジはその安っぽさ全てが好きでした。


ある日、公園で知らない子に出会いました。

「それ、なんていうの?」

「おじさんは銀玉デッポウと呼んでいたよ」

「ちょっと貸して」

ぱーんぱーんぱん。

何発か撃つと彼は、

「はい」

と、ケンジに渡しました。


次の日、また彼がいました。

「昨日の鉄砲、持ってる?」

ケンジはいつもの引き出しから取り出し持っていきました。


「これ、入れてみて」

差し出された掌には色とりどりの小さな弾丸が並んでいます。

やや淡い色の、それらに触れてみるとお母さんが作るパン生地の様に柔らか。

なんだか良い香りもします。

赤みがかった緑はメロン、白は林檎、ピンクは苺。

「大丈夫? 詰まったりしない?」

「大丈夫大丈夫」

蓋を開くと言われるまま流し込みました。


「撃ってみて」

ぽんっ。

音が違います。

とても良い香りが漂います。

弾は見当たりません。

確かめるため公園の看板に直前から発砲しました。

ぽんっ。

同じ音がして香りだけが残りました。

「弾は何処へ行ったの?」

振り返ると誰もいません。

鉄砲を覗くとカラフルな弾玉は未だそこにありました。

夕暮れまで待ちましたが彼は帰ってこなかったのでケンジも帰りました。


「お母さん、これ見て」

鉄砲の蓋を開け、中を見せました。

「そう、あなたも彼に逢ったの」

「お母さん、あの子のこと知ってるの?」

「昔からあそこにいるからね」

「どういうこと?」

ケンジは立て続けに質問しましたがお母さんは何も答えませんでした。

ケンジは疲れと諦めの中、最後に一つ、尋ねました。

「これ、なんていうの?」

鉄砲を突き出します。

「フルーツ玉、かな」

「大切に使うのよ」


ケンジはもう聞かないことにして鉄砲を引き出しに入れました。

「大切に」

意味が分かりませんが、そう言われたら簡単に使えません。

弾を入れ替え遊ぼうかとも思いました。

でも出したらフルーツ玉は消えてしまう様な気がします。

それ以来、時々、フルーツ玉の存在を確かめるだけになってしまいました。


公園の子と再会することなくケンジは五年生となりました。

組替えで仲が良かった友達とは別のクラスに。

殆ど知らないこどもたちに囲まれています。

ケンジは仲間になろうと頑張りました。

一生懸命、周りに合わせようとしました。

でも何もかもが空回り。

段々、一人で過ごす時間が長くなっていきました。


「晩ご飯よ」

「いらない」

二階へ上がろうとした時、お母さんが後から言いました。

「鉄砲、撃ってみなさい」

なんだよ、それ。

そういえばあったな。

傷が増えた引き出しから取り出した銀玉デッポウは埃を被っていました。

ぽんっ。

気の抜けた音がして、またあの香りでいっぱいになります。

なんだか、どうでもいいや、と、思えてきました。

自分は自分。

無理に他に合わせる事なんてない。

自然に振る舞っていれば良いんだ。

一気に力が抜けました。


翌日からケンジはクラスメイトを気にしなくなりました。

聞かれたことには感じた通りに答え、思ったことをそのまま伝える様になりました。

その内、ケンジの周りから壁が消えていくのが分かりました。

溶け込むことは出来ませんでしたが、ケンジにとっては充分です。


ケンジはフルーツ玉の使い方を覚えました。

そして大人になる頃、フルーツ玉は無くなりました。


ケンジは結婚し、こどもが出来ました。

穏やかな春の日。

娘が公園から帰ってくると持っていた鞄から小さな玉がこぼれました。

柔らかで、そして良い香りがするあの玉。

「君も逢ったんだね、大切にするんだよ」

ケンジはそれ以上、語りませんでした。

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