第9話 悶える

「かなで……? どうした?」


 ベランダから窓を開け、部屋に入りながら俺はそう問いかけた。その声は驚きで若干震えてしまっている。

 昼間あれだけ敵意を向けられた挙句に、俺の妹コレクションを見て激怒したかなでだ。母さんに俺を呼んでくるよう頼まれても断りそうなものなのに。

 俺が問い掛けてから数瞬の間、かなでは心底嫌そうな顔を隠そうともせずこちらに向け、深いため息を漏らす。

 まるで自分に我慢するよう言い聞かせるような、諦観のこもった呼気だった。


「はぁ…………頼み事……が、あるんだけど」

「頼み事……?」


 そう、とかなでは力無く首肯すると部屋を出ていった。

 恐らく付いて来い、ということなのだと思う。……人に頼み事をする人間の態度とは思えないな……そうは思いながらも俺は急いで廊下に出た。

 するとかなでの部屋のドアが開け放たれていて、中を覗くとかなでが不機嫌そうに立っている。


 部屋の中は今日越してきたとは思えないほど片付いていた。ダンボールの開梱はほとんど終わっているようで、部屋の隅には縛られたダンボールが山のように積まれている。

 足が折り畳める白い丸テーブル、本棚、箪笥、ぬいぐるみが幾つかある。全体的に白とピンク色が基調とされた内装で、とっても女の子らしかった。

 那由多以外の女の子の部屋に入ったことのない俺が入り口でたじろいでいると、かなでが部屋の中心に置かれているベッドの組み立て部品に首をしゃくった。


「これ」

「ベッド……あぁ、確かに1人で組み立てるのは難しいよな」


 男1人であれば大して難しい事はない。しかし、かなでは女の子だし身体も小さい。力もあまり無いだろうし、組み立てにはかなり苦労しただろう。試行錯誤の跡が所々に見える。

 そこで、かなでがわざわざ俺に頼み事をしてきたのかを察した。


 大方、父さんに頼むのは気が引けたとか、そう言ったところだろう。父さんならむしろ喜んで手伝ってくれそうなもんだが。

 1人では組み立てられない。けれどこのままでは最悪深夜まで作業して音を立ててしまうことになるし、寝ることもできない。だから仕方なく俺に頼んできたってことか。

 お安い御用だ。


「わかった。あとは俺がやっとくから、かなでは風呂入って来いよ。作業で汗とかかいてるだろ?」


 そう言って俺は説明書に目を通す。うん、これなら1人でもできそうだ。


 ×××


 およそ20分程でベッドは組み上がった。最後に留め具がきちんと締まっているかを確認して……よし、完成かな。

 それにしてもベッドを組み立てるのって面白いな。思わず熱中してしまった。地味だが、組み立ては簡単だし、完成図も容易に想像できる。個人的にはプラモデルを組み立てるより面白かったかも知れん。


 ベッドを部屋の空いていた壁際のスペースに移動させ、俺はお暇することにする。かなでも、俺が自分の部屋に長くいるのはあまり良い気がしないだろうし、戻って来る前に部屋を出よう。

 そう思って廊下の方を振り向くと、そこには口を半開きにして呆けた顔をしたかなでが立っていた。


「え、かなで? 風呂に行ったんじゃなかったのか……?」


 よく観察すると、髪は濡れていないし、服装も変わっていない。

 どうやら、風呂には行かずにずっと作業を見ていたようだった。……作業に集中していて全然気がつかなかった。


「あ、あんた……なんで」

「なんでって、なにが?」


 かなでは相当信じられないものを見た、とでも言いたげに目を見開いていた。

「だって今日……かなりキツくあたってたのに……普通に優しいから」


 それに俺は、なんだそんなことか、と思う。これぐらいの事、兄ちゃんに任せろ! と言いたいところだが、いきなり兄妹面するな! とか言われそうなので自重した。

 しかし、キツく当たっていた自覚があるなら、少しは優しくしてほしいなぁ……流石に毎日あんな攻撃されたら体がもたない。


「気にするなよ、力仕事は男の仕事だし……何か困ったことがあったら俺に頼れよ」


「それに怪我とかされたら大変だし」と付け加えて、俺はかなでの横を通り部屋を出た。かなでは特に反応を示していなかったが、まぁいいさ。今回みたいに、全く頼られないというわけでも無いのだし、俺は妹の頼みなら大抵の事を聞くつもりだ。

 後ろ手にドアを閉めようとした瞬間、小さな、聞き逃してしまいそうなか細い声が聞こえた。


「……ありがと」


 ………………。

 はぁ……。

 ………………。


 俺は自室に戻り、ベッドに飛び込むと枕に顔を押し付け精一杯に息を吸い込んだ。


「破壊力ッ! がッ! エゲツないデスッ!」


 なんなんだよ! 急なデレですか⁉︎ ってか言わめて平常心を保ってたつもりだけれども、かなでの部屋可愛すぎだろ⁉︎ あとめっちゃ良い匂いするし……何よりかなで自身が可愛すぎる。あの口を半開きにした呆けた顔ですら可愛いって何事⁉︎


「う、あぁ、あぁぁあ…………!」


 枕で必死に声を抑えながら悶えていると、かなでの部屋の方の壁が、


 ドンッ!


 、と鈍い音を上げた。……そりゃ隣の部屋だもんな。これだけ騒げばうるさいよね。

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俺の日常に妹が追加されるようです Damy @Damy

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