第8話 相談事

「へー良かったじゃん、念願の妹ができて」

「うんいや、そうなんだけど……そうなんだけどさ……」

「妹が可愛すぎて自分がオオカミになってしまわないか心配?」

「なわけ」

「溢れ出るリビドーを抑えられない?」

「だからちげーって……」

「じゃあ何に困ってるのさ」


 ……こいつ、もうちょい真面目に相談に乗ってくれよ。

 いや、死んだと思っていた妹が実は生きていて今日から一緒に住む事になったなんて、意味が分からなすぎて戸惑ってるだけかもしれないが。俺も状況を掴めていなくて、判然としない説明をしたのも悪かったのだと思う。


「取り敢えずは、本棚をどうするかだな」

「あぁ……あのヤバイブツね……」

「ヤバくはないが……でもまぁ、かなでがまたあれを見た時に何をされるかは、想像もしたくないな……」


 ボコられて病院送りか、最悪、妹モノコレクションが幾つかお亡くなりになる可能性すらある。それだけは精神的に耐えられない。最悪俺がお亡くなりになる。

 想像したくないと言いつつ、俺は悲惨な想像してしまって涙目になる。

 すると、那由多は俺が本気で悩んでいる事に気がついたようで、顎に手を当てて思案し始めた。


「捨てるのもダメ、隠すのもダメ……ってなると、あれしかないんじゃない?」


 しかしすぐに答えが出たようで、俺は否が応にも期待してしまう。


「説得して納得してもらう」

「…………」

「いやー、それしかないでしょ」

「お前に期待した俺がバカだった……」

「なっ! 自分から相談しといて、その言い方は酷くない!?」


 確かにそうだが……今更、那由多に気遣いとかないし。

 それに説得って、どうやってやれっていうんだ。

 俺は妹が大好きなんだ! 愛してるといってもいいね! だから、かなでも俺の趣味を否定しないで、むしろ俺と一緒に妹を愛でて、妹愛を育んでいこうぜ!

 ……誤解しか生まないな?

 そも、俺がかなでと話し合いの場を設けられるか、というのも問題だ。かなでの俺に対する好感度の低さは異常だからな……俺、何かしたかな?


「なぁ、さっきの話聞いててさ、俺ってかなでに嫌われるようなことしてたか? 男の俺からすると嫌われてる理由が検討もつかないんだよな」

「あー……それは、仕方ないんじゃないかな。実の兄妹とは言え、いきなり一歳上の男の人と一緒に暮らす事になったら、誰だって攻撃的になっちゃうよ。むしろ、全く無視されてないだけ、朱羅はマシな方かも」

「マシ……アレが……」


 今日の事を振り返っているが、あれでマシなら俺は一生かなでと仲良くできないんじゃないか? 時間が経てば多少は良くなるのだろうが、俺の理想――リビングで一緒にダラダラとゲームをしたり、買い物に行ったり、というのは無理な気がする。

 しかし、俺はそこで一つのことに気がついた。


「那由多……俺たちは仲がいいよな?」

「うん、まぁ。え、何急に……?」

「俺の趣味についてはどう思ってる」

「妹に金を貢がないで私に貢げよ、って臨んでる」

「真面目に」

「えぇ……? 本当急にどうしたのさ。……まぁ別に、趣味なんて人それぞれだし、好きにすればいいんじゃないかなって。あと、将来それで散財しないか心配」


 幼馴染から散財の心配をされるって……いや、自覚があるんで反論できないんだが。

 今まできちんと確認したことがなかったが、那由多は別に俺の趣味を否定しているわけではないらしい。

 つまりそれは、と、俺が作戦内容を伝えようと口を開く前に、那由多が声を上げた。


「……あー、何となくわかった。いやー無理だと思うよ? 朱羅それは」


 那由多はそう言って、ないない、と呆れた半眼を見せる。

 どうやら、今ので俺の作戦を察したらしい。伊達に長い間、幼馴染をやってるだけある。


「無理なことないだろ。仲が良ければどんな趣味も許容できる作戦」

「じゃあ、ちなみに作戦の概要は?」


 概要か……つまりどうやって仲良くなるのか、という事だ。

 俺は別に深く考えて発言した訳でもないし、特に作戦内容は決めていなかった。

 ――がしかし!

 妹と仲良くなる方法。

 妹と兄の正しいあり方。

 妹の心の解き方。

 それらは俺がこの数年間で勉強の数百倍は熱心に取り組んできた事だ!


「……まず、作戦プランその1――深夜に部屋で寝ているかなでの上に跨り、叩き起こす。んで、自分の部屋に人生相談と言って呼び出し、俺の妹コレクションを見せる。そうすれば数年後には紆余曲折を経た2人はーー」

「ちょ⁉︎ ちょちょちょっとストップ!」


 俺がこの世で最も素晴らしい文献のうち一つから作戦を抜粋して話していると、那由多が慌てて止めに入った。

 これからが良いところなのに……、と俺は不満を垂れ流しながら、那由多に半眼を作った。


「あんだよ、話せっつったのはお前だろ?」

「そうだけど……そうじゃない! 現実でそれをやったら、かなでちゃんに嫌われるどころか、お縄だからね⁉︎」

「む……確かにそうか。文献では妹が兄に跨ってたもんな。逆だとビジュアルがちょっと危ない。じゃあ、作戦2。これならどうだ」


 そう言って、俺はまた、この世で最も素晴らしい文献のうち1つから妹と仲良くなる方法を抜粋する。これならば全く犯罪性も、かなでに嫌われる可能性もない。完璧だ……!


「まず、俺がライトノベルの新人賞に何度も応募して、その全てを一次予選で落ちる。そうしてると、自然とかなでも小説を書き始めて新人賞に応募、最優秀賞を取る。けれど、ラノベを書いてることが両親、学校に知られたくないと言って俺に作者を名乗るように頼んでくるから、後はもう自明だな。取材と称してデートや、あんなことや、こんなことをする。作戦は異常だ」


 俺がそこまで早口で言うと、那由多は大きくため息をついてベランダの手すりにしなだれる。


「作戦が異常だ……」


『イジョウ』のニュアンスが違うような気がしたが……気のせいだろうか?

 しかし、那由多の反応からすると、作戦2もどうやらお気に召さなかったようだった。この作戦もダメだなんて……女心は複雑怪奇だなぁ……


「とにかくその作戦もダメ。まず前提条件がおかしいし……もっと違う作戦ないの?」


 違う作戦と言われてもな……じゃあ、この世で最も素晴らしいぶんけんのうち1つからーー


「あ、ラノベとか、そういう創作に出てくるヤツは無しね」

「じゃあお手上げだ」

「えぇ……諦め、はっやいなぁ……」


 うるさいな。俺にそこまでの想像力はないんだ。もし俺が想像力豊かなら、文献に頼らずに世界最高最強な妹を想像して毎日を楽しく過ごしてたって話だ。


「お前もなんかアイデア出してくれよ……否定ばっかしてないでさ」

「ん? んー、じゃあ無難にプレゼントとかは?」

「はっ……凡庸な答えだな。俺のさっき言った作戦とは月とスッポンの差だな! そんな作戦で兄に靡く妹がこの世にいるとでも⁉︎」

「…………」


 俺がそう言うと、那由多は黙りこくってしまい、いつものように言い返しくる素振りはない。

 その反応に俺が困惑していると、那由多は大きくため息をついてベランダの手すりから手を離した。


「じゃあ、朱羅に私は必要ないね……その高尚な作戦も実行したら失敗するだろうけど、朱羅が選んだなら仕方ないし」


 那由多が後ろを向き、部屋に戻っていこうとする。

 那由多がこんなに塩らしい事を言うなんて、かなり珍しい。そして、那由多がこうなった時は大体、翌日の学校が地獄溶かすのだ。正確には、那由多が学校中に俺と自分の有る事無い事を言いふらして、鬼の男子生徒に半殺しにされるのだ、俺が。

 だから、ここで那由多が部屋に戻るのはマズイ、と俺はとっさに口を開いた。


「い、いや、でも……平凡な手を使うのも悪くないって言うか。かなでの性格を知らないから、俺の作戦が空振りになる可能性も1パーセントくらいあるし……」


 必死に言葉を募るが那由多は耳を貸さず、部屋の窓に手をかける。


「ちょ、待って、ほらあの……プレゼントとか俺、お前以外に渡した事ないし……女子に何渡せば良いかわからないから、明日一緒にプレゼント選びに付き合ってくんねーかな……とかなんとか」


 そして、ようやく那由多の動きが止まった。窓を開いて部屋に入る寸前、というギリギリの戦いだった。これで明日の半殺しの刑はなんとか免れたか……と安心したのも束の間。

 振り向いた那由多の満面な笑みを見て、俺は自分がかなりの危険に晒された可能性を感じた。処刑台に自ら首を差し出した感覚だ。


「じゃあ、明日、学校終わったら選びに行こうね」


 それだけ言うと、那由多は足早に部屋に入って窓を閉め、カーテンを引いてしまった。

 何やら釈然としない。

 どうして不機嫌だったのが、買い物に付き合わされる、というさらなる不満要素で改善したのか。俺はかなり大きなミスを見落としている。そしてそのミスに気付かず学校に行けば、半殺しよりも恐ろしいことが起こる。直感がそう囁いている。


「うぅ……寒い……」


 考え事は部屋に戻ってからにしよう、俺は身震いを一つしてから部屋の方を振り向き、目を剥いた。

 なぜなら部屋には……


「かなで……」


 不機嫌そうな顔をした妹がいたからだ。

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