第7話 妹好きが妹にバレた気まずさ

 部屋着に着替えてから居間に降りると、そこにはすでに俺以外の家族が食卓についていた。

 母さん、その隣に父さん、そして妹のかなで。

 三人が楽しそうに談笑する雰囲気からか、俺はかなでが今まで母さんと父さんしかいなかった風景に入っていることに違和感は覚えなかった。

 遅れて父さんの正面、かなでの横の席に座る。するとかなではテーブルの限界まで端に寄って殺気を放ってきた……両親の前でも遠慮なくそのスタンスなんですね……

 ちなみに、椅子は元々、来客用に四脚あったため、かなではそれに座っている。


『いただきます』


 オムライス、ハンバーグ、唐揚げ、ポテトフライ、コーンスープ……と、夕飯は驚くほどバランスの悪い献立だった。バイキングで小学生がとってくるような品の数々。

 いつもの母さんの料理は栄養バランスの考えられたものばかりなのだが……いくらお祝いだからと言ってこれは酷いくないか? 胃にキツそう……用意して貰っている身でそんなことは言えないけれどさ。

 かなでも料理を食べ始めると殺気を放ってこなくなったので、俺も料理に舌鼓を打つ。


「朱羅、学校はどうだった。今日、始業式だったろ」


 なんとなく付けていたテレビがCMに入ったタイミングで父さんが訊いてくる。


「……特に何にも。那由多が同じクラスだったくらいかな」

「そうか。かなでとは仲良くできそうか?」

「…………」


 俺は無言でかぶりを振り、父さんはそれを見て可笑しそうに唐揚げを口に放った。

 会話はそれだけで終わり、黙々と箸を進めて行く。

 我が家では基本、食事中は会話がない。両親も喋らないし、俺も別段話題がないからだ。

 しかし、今日はかなでがいるため違うと思っていた。夕飯も豪勢だし、賑やかになるのだろうと。

 チラリと隣を盗み見る。

 ものすごい勢いで料理にがっつき、頰をリスみたいに膨らませるかなでが視界の端に映った。本物の小学生の様な様相に思わず噴き出しそうになる。もしそうなったら確実に攻撃されるから我慢するけど……

 一番に食べ終わると、俺は使った食器を流しに置き、風呂に入る事にした。

 脱衣所で上着に手をかけてから、あることを懸念してリビングに戻る。三人はまだ黙々とご飯を食べていた。


「俺、一番に入っていい?」

「いいぞ」

「換気扇、付けといてね。湿気で年末の掃除大変なんだから」

「……」


 と、三者三様な回答が返ってくる。

 かなでは何も反応していなかったが、拒否はしていない……のか?

 あれだけ俺のことを嫌っていたのだから、「あいつが一度でも使った湯には入りたくない!」 とか反抗期の娘みたいに言い出すと思ったのだが、それはどうやら杞憂だったらしい。

 唐揚げやフライドポテトなんかのおかずも、大皿に盛られたのを箸でつまんで食べていたのだし、かなでは俺に生理的嫌悪を抱いている訳では無いのか?

 いや、きちんと清潔にして身なりも整えているつもりなので、そう言う風に見られていたらショックなのだけれど……


 ×××


 風呂から上がって自室に戻った俺は、顔をしかめていた。

 断っておくが、風呂を上がったら脱衣所に半裸のかなでがいる、という展開を用意しなかった作者に憤慨いる訳では決してない。断じて違う。ってか作者って何? 俺わかんない!

 俺が険しい視線を送るのは、妹モノが詰まった本棚だ。

 夕飯前のかなでの反応からして、これをそのままにしておくのはマズイだろう。多分俺の体がもたない。まだ腹のあたり痛いし。風呂で確認したらなんともなってなかったから大丈夫だろうけど……

 捨てるのはもちろん論外だ。

 欠けてきたお金云々の話では無く、情愛を注いできた妹モノを捨てるなんてありえない。

 隠す……のは、最終手段としたい……

 後ろめたさが出てしまうし、見つかった時の反動が怖い。何より、隠す事で俺の視界から妹モノが消えるのは嫌だ。


「……さて、どうしたものか……」


 悶々と悩んでいる時、ズボンのポケットに入った携帯が振動した。


『部屋の本棚を真剣に見つめる男子高校生の図』


 という文と俺の部屋を外から撮った写真が那由多から送られていた。

 窓の外を見ると、明かりのついた部屋から那由多がニヤニヤ顔でこちらに手を振っている。那由多も風呂上がりのようで、濡れた髪の上にはタオルが被されていた。


『盗撮魔』

『文句あるならベランダに出て直接言え!』


 返信すると、すぐに返ってきたメッセージに思わず苦笑してしまう。

 昔から、悩み事を相談するときはベランダで、というのが俺たち幼馴染の暗黙の了解だ。

 どうしてそんな決まりが出来たのかは忘れてしまったが、とにかく、那由多のこのメッセージを訳すと「悩みあるんでしょ? 聞いたげるからベランダ出てきなよ」となる。

 普段の仕打ちは目に余るものがあるが、本当は気が利いて優しい幼馴染なんだ、那由多は。そんな幼馴染を持てた事に喜べばいいのか嘆けばいいのかはわからないが……

 元々、かなでのことは相談しようと思っていたところだし丁度いい。

 が、その前に。


『そうさせてもらう。けどその前に髪、乾かして来い』


 昼間は暖かくなってきたが、夜はまだ冷える。

 相談に乗ってもらったばっかりに、相手に風邪を引かれちゃ寝覚めが悪いからな。


『女の子の部屋を覗き見るとか、変態だ……』


 そう返信してきた那由多は、髪を乾かす為、足早に部屋を出て行った。

 色白な那由多は体温が高いと肌に赤みがさすので分かりやすい。部屋を出て行くときに見えたが、耳まで真っ赤な状態で外に出れば、湯冷めして体調を崩していただろう。


 ×××


 二十分程して髪を乾かした那由多は、上に一枚カーディガンを羽織ってベランダに出てきた。

 俺はその間、夜空を眺め何から説明をしたものか考えたが結局上手い言い回しが思いつかず、今日あったことをそのまま説明することにした。

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