第8話 兵士の素質
任務を再開した一組にコール音が鳴る。霧導学園の生徒と教官に与えられているデバイスの着信音だ。特注で作られた高性能のデバイスで、多少の磁波や通信妨害などに影響されない優れものだ。
耐久性も同様に優れており、銃弾程度では外殻が凹む程度の傷しか負わない。当然、その衝撃で故障を起こすようなことはない。このデバイスは霧導学園を卒業した後も使用が許可されており、卒業してから国軍や民間軍事会社に就職した卒業生たちが愛用している。
着信が届いたのは創のデバイスだ。周囲に出現していた霧の怪物を払った後、デバイスの画面を確認する。電話をかけてきたのは二組の顧問教官を務めている藤林修斗だ。
創は持ち上げられた受話器のマークを指で押して繋げた。
「こちら國代創だ。何かあったか?」
「藤林修斗です。報告のあった目的地へと到着したのですが、討伐対象の霧の怪物の姿はなく、足跡から移動したのだと考えられます」
「……足跡から場所を辿れそうか?」
「やってみます」
「細心の注意を払えよ。もしかしたら誘い込んでいるかもしれない」
「それは……いえ、わかりました」
創の言いたいことを理解した修斗は了解の旨だけを伝えて電話を切った。
創を守るように円陣を組んで守備に当たっていた教え子たちに声を掛けて警戒を解かせる。電話での会話を聞いていた教え子たちはその内容が気になっている様子だ。
「二組が目的地に到着したが、標的の姿はなかったそうだ」
「……それは報告に間違いがあったということですか?」
「いや、足跡は確認できたようだから、私たちは意図的に移動したと考えている。つまり知能を持っているということだ。それが何を意味するかわかるな?」
教え子たちは頷く。知能を持つ霧の怪物が存在することは入学してすぐに授業で学ぶ。霧の怪物が誕生してから約五百年、知能を持った霧の怪物が確認された記録は数少ない。それ故に初めて確認された当時は霧奏者が劣勢に立たされた。知能が人並みに優れていたら今頃は人類が敗北していたことだろう。生憎、霧の怪物の知能は低く、簡単な作戦行動しかとれないのが幸いした。
「現在確認されているのは意図的な撤退や偵察隊の派遣、敵方の大将に狙いを定めるなど作戦と呼ぶには拙いものだ」
だが油断はするな、と創は念を押す。知能を持った霧の怪物の記録が少ないということはそれだけ詳細な情報が手許にないということだ。五百年という歴史の中で当時よりも成長していても不思議ではない。
「心してかかれ。最初に記録が残された時代は霧奏者が全盛期の頃だったにも関わらず簡単な知能の前に苦戦を強いられた。人間は知能が高く機転の利く種族だと言われているが、無いことから有ることが目の前に現れた時に狼狽えるのもまた人間だ。知能で優れていることに驕るなよ」
創からの教えを胸中に刻む。言葉の重みと深さを心得ているからだ。それは創が五百年にも続く戦争の生き証人だから。どのような絡繰りで不老不死の体を得たかは不明だが、教え子たちからすれば些細なこと。寧ろ五百年もの間、最前線で培ってきた経験や技術を学べることに感謝しているくらいだ。彼ら彼女らに限ったことではないが、霧導者のように自ら兵士を志願する者は強さを貪欲に求める。裏を返せば貪欲さに欠けた兵士に成長は見込めない。資格すらないと厳しく言う者も中にはいるだろう。
霧導学園の教育方針にはそういった兵士として根本的に必要な素質を育ませるプログラムが組まれている。どうやら一組の生徒に限っては必要としないようだ。
訴えと共に教え子たちの目の色が変わったことを見逃さなかった創は熱弁が無駄にならなかったことに満足してクエストを再開した。
終焉のモンストルム 雨音雪兎 @snowrabbit
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