第7話 隠された歴史

 いい機会だ、と前置きをした創は臨時授業を開始することにした。他クラスとの合同クエスト途中であるため割ける時間は有限だ。その中で内容を纏めて分かり易く教えられるか、まさに教官の腕の見せ所である。


 授業内容は霧奏者と霧導者の違い。いずれは歴史の授業で習う内容だ。二者の歴史は一般の学校でも学ぶことから一般人にも浸透しているが、その多くが霧奏者は霧導者の前身となる存在で、何百年もの間、人類を守ってきた英雄という認識だ。


「その認識の全てが間違っているとは言わない。実際に私たち霧奏者は世界を守り続けてきたという自負と誇りがある」


 だが、と創は言葉を付け足す。


「だがそれは表面的な歴史。霧奏者と霧の怪物が誕生してから五百年という歴史にはいくつもの意図的に隠された記録があるのだよ」


「……意図的に隠された歴史ですか?」


「君たちは霧奏者の生存者が七人しかいないことに疑問を抱いたことはないか?」


 教え子たちは創がした質問の意図を読み取ることが出来ずにいた。一般には五百年続く戦いの中で息絶えていったというのが常識として定着している。当時から霧奏者に覚醒した人物は少なかったとされており、霧導者のように覚醒の適性や条件も不明だ。それは現在でも解明されていない。そのため教え子たちはこの場で五百年の謎が明かされるのではないかと期待を持つ。


 だが創の口から伝えられた言葉は好奇心だけで期待したことを後悔するものだった。


「霧奏者に覚醒する方法はただ一つ……体内に霧を取り込むことだ。つまり私たち霧奏者は人間と霧の怪物と一心同体になることで生まれた存在なのさ」


「だから霧の怪物を体内に飼っているか……」


「その事実が明るみになることは不要な混乱を招いてしまう。そこで当時の霧奏者はパンドラの箱として扱い真実を意図的に隠した」


 だが、と付け足して表情に影を落とす。


「どこからか秘密は漏洩して一般人に知られてしまった。それ以降、霧奏者は恐怖の対象となり一般人からの迫害を受けることになる。それが霧奏者の数が著しく減少した最大の理由だ」


「そんなことって……」


 教え子たちは言葉を失う。これまで習ってきた霧奏者の英雄譚が全否定された気分である。そして一歩、道を踏み外れたら霧導者も同じ道を歩むかもしれない恐怖が突き刺さる。


「……國代教官、ひとつ質問をしてもいい?」


 これまで傍観に徹していた一色耀が初めて口を開いた。約一ヵ月程度の付き合いの中で彼が寡黙な人物であることは創を含めた一組では周知されている。その彼が自ら質問を求めたのはレアな光景と言えた。


「世界各地で暗躍しているテロリストたちはその歴史の流れから誕生したものですか?」


 寡黙な性格から一転、饒舌に質問をする耀の姿に創は最初こそ驚きを見せたものの、すぐさま微笑みに変わった。それは苦手を克服する生徒の姿に成長が見られたからだ。


「そうだな……歴史の影響でいくつかのテロリストの組織が出来たのは間違いないだろう。ただ、この場では明確に名指しするのはやめておこう。情報を与えすぎると偏った知識や見識になってしまうからな」


 教官として明確な答えを教えるのが正解かもしれない。ただテロリストは様々な思想を基に結成された組織だ。思想を受け入れるのか受け入れないのか、どちらの選択をするにしてもこればかりは口頭で教えられることではない。


 耀も創の気持ちを汲み取ることで彼の答えに納得した様子を見せる。創はその様子を確認してから他の教え子たちに視線を配る。各自、思うところがあるようで、思案顔を浮かべている。自ら思考することは何より成長を促進させることだ。ただ今はクエストの途中で時間がないのが残念である。


 創は両手を叩いて教え子たちの意識を現実に引き戻した。


「休憩もここまでにして、先に進むとしようか」


「はい!」


 各自が立ち上がって隊列を組むのを見届けた創はその先頭に立ち、引率する形で任務を再開した。

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