第6話 暴露
移動を開始してから間もなくして現場の雰囲気が一変した。先程までの自然と人工物の調和で生まれていた穏やかな空間は既に姿を消し、視界不良になる程に濃い霧が立ち込めている。霧が濃くなれば必然的に霧の怪物の数も増加する。その中に強力な個体も当然含まれている。実戦経験を積む意味で霧の怪物の退治は率先して生徒たちに任せているが、強力な個体だけは各顧問教官が退治している。流石と言うべきか、世界で七校しかない霧導学園の教官を務めているだけあって他者を寄せ付けない圧倒的な実力を誇る。そのなかでも國代創の実力は一目だけで教え子に畏怖の念を抱かせるだけの衝撃があった。
教え子たちを引率する形で先行する創は出現する霧の怪物の強さを分析しながら仕訳をしていく。教え子たちでも倒せると判断すれば手を出さずに放置し、その他は率先して討伐する。言葉で説明するのは簡単なことだが、実戦となれば敵の強弱を測れる目と経験による裏付け、何より不測の事態にも狼狽えない強靭な精神力が必要になる。
創によって選別された霧の怪物を倒しながら時折、創の戦闘に視線を送る教え子がいた。
来栖澪だ。灰色のロングコートに変身させた霧導衣を羽織り、利き手には綺麗な刀身をした一本の刀が握られている。アニメのキャラクターを彷彿とさせる格好だ。武蔵霧導学園の制服でも一般的な兵士の戦闘服ともかけ離れている。
この奇抜とした格好も霧導者ならではだ。霧導者にのみ着用が許可されている霧導衣は着用者のイメージで変化する。学生なら制服、戦場なら戦闘服といった形だ。澪にとって戦闘服のイメージはまさに今の形なのだろう。
そして彼女の持つ刀も例外ではない。霧導石と呼ばれる結晶を媒体としてイメージした武器に変身させることが出来る。澪が刀をイメージしたのは武器としてイメージするのが簡単だったのか、それとも身近にあった物なのかは定かではない。
これから分かるように霧導者は本当の意味で霧の力を使役しているわけではない。霧の力に似た力を科学の力で再現しているのだ。霧奏者と霧導者に分けているのはその為だ。
(あれが霧奏者! だけどあの力はまるで……)
長年世界を守り続けてきた霧奏者の戦い方を目の当たりに出来たことへの喜びと不安が一度に押し寄せてきた。そこを付け込むように霧の怪物の攻撃が苛烈化した。辛うじて刀で防御するも衝撃が体の芯に襲って痛みと変わる。
(ぐっ! ……いけない! 今は目の前の敵を倒すことだけを考えないと!)
澪は頭を左右に振って雑念を払おうとする。考え事をしながら戦闘を熟せる程に彼女は熟練されていない。
雑念についても同じ事。一度は脳内を支配したものを意図的に排除できるだけ成熟していなかった。その為に澪の動きはちぐはぐさを見せて追い込まれていく。澪の集中力が欠け始めていたことに気付いていた創は様子見をしていたもののこれ以上は限界だと判断して助太刀に入る行動を移そうとした寸前で足を止めた。それに合わせる形で銃声が響き、澪を追い越す形で一発の銃弾が霧の怪物に直撃した。
「あっ――」
霧の怪物が霧散していく姿に呆気を取られた澪が声を漏らした。
「大丈夫でしたか? 来栖さん」
名前を呼ばれた澪が振り返ると、そこには二丁の拳銃を携えた朝川冬香の姿があった。
「あ、朝川さん⁉」
「怪我はなさそうですね。霧の怪物もあと僅かです。早急に片付けましょう。何を考えていたのかはわかりませんが、それは霧の怪物を片付けた後でも遅くはないでしょう」
淡々とした口調で喋る冬香の冷静ぶりに澪は戸惑う。とても自分と同じ立場の人物とは思えないからだ。初戦闘で自分の身を守るだけでも精一杯の環境下で仲間の助太刀が出来る余裕は少なくとも澪には持ち合わせていない力だった。
「呆けていないで動いてください」
冬香は的確な射撃で霧の怪物を葬りながら一向に動かない澪を叱責した。
「は、はい!」
静かな叱責に身を震わせた澪は正気を取り戻して元通りの動きで戦闘に復帰した。
その後の戦闘は危な気なく霧の怪物を討伐していき、中間地点に到着した。多くの霧を払った影響か、元より霧の影響が弱いのか、中間地点には霧が立ち込めない安全地帯となっていた。
創は立ち止まって教え子たちに振り返る。
「少し休憩を取ろうか」
慣れない戦闘と緊張感で教え子たちの顔に疲労の色が見えた。教え子たちはまだまだ行けるといった反応を見せるが体は正直なもので、本能に従って地べたに腰を下ろした。
「これより先も連戦が続くはずだ。休める時に休むのも優秀な兵士の証だ」
創の説得も相まって教え子たちは素直に休憩に身を委ねていった。
各自が休憩に入った所で静寂が包まれる。会話することもままならない疲労感が知らずの内に蓄積していたことを教え子たちは実感した。それでも一言、お礼を言っておかなければならないと思った澪は口を開く。
「朝川さん、先程はありがとうございました」
冬香が澪に視線を向けた。
「それは別に構いません。ですが戦闘の最中に何を考えていたのですか?」
「う、うん……」
澪は口ごもる。創の戦い方を見て疑問を抱いた事が原因だと伝えることが正しいのか判断できなかったからだ。そこに聞き耳を立てていた人物が会話に乱入した。
「大方、教官殿の戦い方に思うところがあったんだろうよ。随分と熱烈な視線を送っていたようだしな」
乱入したのは黒峰樹だ。澪と冬香が樹に顔を向けると、汗で垂れた前髪をかき上げている姿が視界に映った。
「教官の戦い方ですか? ただ強さに対して……ということではないのでしょうね」
冬香は眼鏡のブリッジを持ち上げて考える素振りを見せる。創の強さは入学前から知っていることで――事前情報を凌駕する強さではあったが――戦いに支障が出る疑問になるとは考えにくい。ならば何か、と思案する冬香に助け舟を出したのは創本人からだった。
「来栖――お前が私に抱いた疑問は霧奏者の戦い方だろ?」
教え子たちの視線が一斉に創に向けられた。そのなかで澪は創の問いかけに小さく頷いた。
「簡潔に答えるならその疑問は正しい。私たち霧奏者は体内に霧の怪物を飼っている」
創による暴露は澪だけに限らず、その場にいた他の三人も驚愕させた。
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