第5話 クエスト開始

 クエストに参加するのは六組ある内の前三組だけで、残りの三組は別の日に改めてクエストを体験する手筈になっている。これは霧導学園創設時から続いている正式なルールで、新入生とはいえ一度のクエストで全員参加は過度な戦力であると判断した為だ。


 また過度な戦力はかえって油断を作ってしまう。上級生にもなれば戦いの難しさと厳しさをその身を持って知っているが、新入生はそうはいかない。なかでも五月病を患うこの時期は特別に注意する必要がある。五月病を払拭させる為に生死を賭けたクエストを熟させる方法は荒療治だと批判する教育者も多くいるが、学園側は命の重たさと戦場の危険を教えるのに必要な授業だと説明している。


 この問答は平行線を辿っている。批判する教育者も指導する教育者も互いの言い分に一理あると理解しているからだ。


 人類を脅かす霧の怪物の脅威をどうにかしたいが、唯一の対抗手段が霧導者の育成は安全性を保ちたい。人間ならではの矛盾であり、傲慢な考え方と言える。それでも我が身の安全と未来を優先する自己中心的な考え方を優先するのが人間の本質のようだ。毎年の負傷者や過去に死者が出たという記録があってもクエストが廃止されないのが何よりの証明だろう。


 だからといって負傷者や死者を出していいことにはならない。学園に通うからには生徒を守り、導くのが教官の務め。故にクエスト初体験の際は教官たちも細心の注意を払いながら参加する。


 学園から場所を変えてクエスト発生地に教官と新入生たちは赴いていた。そこはかつて住民のいた小さな街だったが、霧の怪物に襲撃されて既に廃墟と化している。人の手が入らなくなって久しく、人工物よりも草花といった自然が目立つ。野生動物たちにとっても棲み易い環境らしく、兎といった小動物の姿が見受けられる。襲撃の傷痕は痛々しく苦しみを覚えるが、それを除けば平穏の一言に尽きる空間だ。とても霧の怪物が出現している危険区域には見えない。


「本当に霧の怪物がいるのか?」


「こんな平和そうな場所にいないでしょう。何かの間違いじゃない?」


 危険性を感じられない空気に当てられた新入生たちが小声で話す。


「無駄口を叩くな。ここは既に戦場だぞ!」


 男性教官が叱責した。新入生たちは納得いかない様子を見せながらも一応の謝罪をする。


「そこの二人、動くなよ」


 新入生の態度が癇に障ったのか、男性教官が生徒に近づく。二人の生徒は学園で気絶させられた同級生を思い出して体を震わせた。


 生徒に近づく男性教官は腰帯に差していた一本の刀を鞘に納めたまま引き抜くと、生徒の頭上に振り下ろした。叩かれると思った生徒は目を瞑って衝撃を待つも、一向に痛みはこない。


「……何をしている?」


 心底から不思議そうに思っている口調で男性教官は言った。そこで生徒は瞑っていた目を恐る恐る開けると、男性教官が振り下ろした刀が隣の地面に落ちていた。先端には何かしらの物体が挟まれながら悶えている。


「先も言ったようにここは戦場だ。常に緊張状態を保て。できなければ容易く殺されてしまうぞ」


 男性教官は新入生全員の耳に届くように大きな声で注意を促した。実際に危険な目に遭った事が功を奏した。注意に説得力が増したことで新入生たちの顔つきが真剣なものに変化したのが分かる。変化に満足した男性教官は元の位置に戻った。それを確認した創は咳払いを一つして場の空気を整えてから口を開いた。


「各クラスに分かれてクエストの攻略を開始する。一組は中央区画。二組は右区画。三組は左区画を任せる。このクエストの指揮権は各クラスの教官に一任する」


「一年二組、顧問教官、藤林修斗ふじばやししゅうと、指揮権を了解致しました」


「一年三組、顧問教官、漆原風子うるしはらふうこ、同じく指揮権の一任を受け賜ります」


 各クラスの教官が返事をした後、背後に整列する生徒たちに振り返って指示を出すと、それぞれ任せられた区画を目指して移動を開始した。


 学園長として各クラスを見送った後、今度は一組の顧問教官として活動を再開する。


「さて、と。私たち一組は中央区画の攻略だ」


 横一列に整列していた一組の四人は頷く。


「一見、静かで穏やかな場所ではあるが霧の怪物がこの地を廃墟にして久しい。つまりそれだけ霧の怪物たちを放置していたということだ。そうなれば必然的に霧も濃くなっているだろう。それが何を意味するか分かるか?」


 創の質問に一組の生徒は各自の顔を見合わせた後、来栖澪が一歩前に出た。両腕を背中に回して腰の裏に両手を重ねた。


「霧の怪物の強さを測るにはいくつかありますが、その一つが霧の濃度。霧が濃いほどより強い個体が誕生することになります」


「正解だ。しっかりと基礎知識は頭に入れているみたいだな」


 クラス代表として質問に答えた澪に創は拍手を送った。


「ひとつ質問をよろしいでしょうか?」


 挙手と共に質問の声を出したのは黒峰樹だ。創からの許可が出ると、澪と同様に一歩前に出た。


「濃度の高い場所は危険区域に指定されて侵入禁止にされると聞いています。この地に充満する濃度がどれほどかは分かりませんが、少なくとも正常値を上回ると考えられる。そのような場所を新入生のクエストに使用して大丈夫なのですか?」


「絶対に大丈夫だ! ……とは言えないな。何事にも絶対はないし、戦場となれば尚更のことだろう」


 身勝手な言葉に反論しようとした樹を創は手で制した。


「その為の我々だ。私たちがお前たちを守ってやるさ。……もう、あの日の惨劇を二度と起こさせはしない……」


 ぼそり、と落とした惨劇の二文字に四人は首を傾げた。それが何を意味するのか分からないが、創が見せる表情から気軽に立ち入ってはいけない話だと理解した。


「おっと、少し重たい空気を出してしまったな。私たちも遅れないように進むとしようか」


 一方的に話題を切って創は移動を開始した。四人は慌てて後に続く。反論や質問が心の中で燻りながらも、今は先頭を歩く創を信じることで不安を払拭してこの場は納得した。

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