エピローグ
第36話 悪役令嬢だったけれど、それを捨て、自由に生きてもいいのだ
午後の日差しを浴びながらカナリアはお茶を楽しんでいた。綺麗に剪定された木々に四季折々の花々が咲き乱れる中庭のテラスにカナリアとノアはいる。
ノアは宣言通り、カナリアの実家へと足を運んだ。もちろん、両親は驚きいて慌てたのは言うまでもない。それはもう屋敷だけでなく、周辺住民が大慌てするほどには騒ぎになった。
それも三日が経てば落ち着いてきて今ではゆっくりとできている。両親はまだ緊張が抜けていない様子ではあったが、兄は少し抜けてきたようで普通に会話をしてはいる。
今、屋敷の警備は厳重になっており、魔導士団や騎士団の精鋭部隊が警護を担当していた。それはそうだ、彼は協定を結んでいる隣国の王子なのだから何かあっては国際問題だけでは済まない。
それに学園での事件が起こったばかりで警戒しないわけにはいかないのだ。今は主犯が捕まっているとはいえ、何か起きないとは限らない。
マシューとエラの刑がどうなるのかは何となくではあるが想像ができる。彼らが犯した罪は重く、エラはまだどうなるかもしれないがマシューはもう決まっているようなものだ。
この先はカナリアに関係がないことである。判決が出た頃に噂で耳にするぐらいで、ゲームでは此処で話が終わっている。フィオナと選ばれた攻略キャラクターが一緒にいるところがエンディングとともに流れるのだ。
けれど、生まれ変わったカナリアはこの後もこの世界で過ごさなければならない。シナリオをクリアすれば、夢のように覚めるかと思ったがそんなことはなかった。もうこの世界の住人なのだと改めて実感する。
生まれ変わったものはどうしようもないのでカナリアはそれを受け入れた。
ノアがカナリアの実家に訪れたというのは彼の両親にも連絡は届いたようだ。息子が迷惑をかけてしまったことを詫びていた。そして、カナリアにぜひとも会ってみたいとも言っている。
結局は隣国へと行かねばならない。それは分かっていたがカナリアはどう対応しようかと今から考えていた。
「大丈夫さ、父上も母上も優しいから」
「アナタの性癖を思い出してくださるかしら、ノア様」
カナリアは猫耳をピクリと動かして尻尾を揺らす。
それでどれだけ両親の頭を悩ませたと思っているのか。そんな言葉にノアはてへっと舌を出す。それで誤魔化されるわけもないので、カナリアはべしりと彼の額を叩いた。
会ってみないことには分からないかとカナリアは考えるのをやめた。
「此処まで騒ぐことでもないと思うんだよなぁ。僕、第三王子だよ?」
「王子は王子でしょう。変わりませんわ」
「うーん。まぁ、僕はカナリアに相応しい男であるのは変わりないからいいけどね」
「そうね、多分アナタだけでしょうね。ワタクシにここまで付き合ってくださるのは」
あらぬ噂を立てられて、それでも信じてくれて。カナリアの冷たい態度にも、めげることなく全てを受け入れる。そんな人はノアぐらいだろうと思った。
自身でも性格が悪いと思っている、それに付き合えるのだ彼は。ノアは「そんなところもいいんだよ」と笑って言ってくれる。なんと物好きなのだろうかと思ったが口には出さない。
そんなところも好きなのだ。カナリアは自身も物好きであることに思わず苦笑してしまう。
「カナリアの両親はいい人だね」
ノアはお茶菓子を口に放りながら呟く。カナリアの父と母は確かに驚き慌てはしたものの、ノアを受け入れた。
彼の想いを聞いてそれを止めるでもなく、二人の対応というのはノアにとっては驚くことだったらしい。
「反対されるかなって思ってた」
「それはないですわ。だって、早く相手を見つけようとしていましたもの」
カナリアやリオは他の貴族とは珍しく、許嫁など相手が決まっていなかった。本来ならば幼い頃に決まっていてもおかしくはない。
けれど、両親が慎重になってしまったがゆえに相手が今の年齢まで決まらなかったのだ。
カナリアが連れてきた存在が王子、しかも隣国となれば家柄の問題は解消される。ノアは性癖には問題があるが、それ以外はしっかりしているので人柄の問題もない。性癖があれなだけなのだ、彼は。
「お母様は猫族の民だろう? 何か言われなかったかい?」
カナリアの母は邪竜サナトスリラに国を滅ぼされている、恨みや怒りなどがあるのではないか。ノアはそう言いたいのだろう。
母はフィオナが言っていたサナトスリラの言葉を聞いている。自身の国が彼の竜の領域を荒らしてしまっていたことを知った。
この世界で竜というのは神にも等しく、そんな存在の領域を荒らしてしまったのだ。天罰が落ちるのも仕方ないとそう言っていた。それでも自身の故郷が無くなった悲しみというのは忘れ難いと。
「でも、もう恨みも怒りもしないと。天罰を受けることを我々はやってしまっていたのは事実だから。そう言っていましたわね」
「君のお母様は立派だね。天罰として受けると言っても、なかなか気持ちって変えられないだろう」
「そうですわね。私もそう思いますわ。でも、お母様がそれを受け入れて気持ちを切り替えたのならば、ワタクシはそれ以上のことは言いませんわ」
母の気持ちは決まっていて。確かに悲しみというのはあったけれど復讐などという考えはない。彼の竜の領域を汚してしまった罪、天罰であると受け入れた。
彼の竜を倒したからといって国が戻ってくるわけでもない。ならば、今を生きるのが一番だろう。
母のそんな考えをカナリアは間違いだとは思わなかった。だから、それ以上は何も口を出さなかったのだ。
そう言うカナリアにノアは小さく頷く。その考えを否定するわけでもなく、口出しするわけでもなく。
「……にしても、君の兄上は素晴らしかった!」
「猫耳尻尾ですわね」
「もうね、良いよ、あの人は!」
話を変えるようにノアは言う。流石はカナリアの兄だと思い出してか、悶えていた。
彼の獣耳尻尾の性癖は変わらず何やらいろいろと語ってはいる。その言葉の意味が理解できないカナリアは相槌を打つだけだ。
そうやって満足するまで語るのを待てばノアは落ち着いた様子をみせる。これもまたいつものことでカナリアはもう慣れてしまっている。
「やっぱり、カナリアしかいないね、僕には」
「あら、どうして?」
「だってさ。君はこうやって僕が語っても嫌な顔をしないじゃないか」
分かっていないというのは伝わってくるけれど嫌な顔をしない。嫌悪を示すわけでも、避けるでもない。愛想笑いをするでも、思ってもいないことを言うでもない。ただ、話を聞いてくれる。
ノアにとってそれが心地よかった。今まで、呆れられ、時に嫌な顔をされてきたから。理解をしようとしなくてもいい、こんな人間もいるのだなと思ってくれるだけでよかった。
カナリアはそれをやってくれている、受け入れてくれているのだ。ノアが嬉しそうにそう話すものだからカナリアは目を瞬かせた。
「最初は面倒だと思っていましたわよ?」
「でも、今は違うだろう?」
「まぁ、そうですわね。慣れてしまったからかしら」
いつの間にか面倒というよりはこういう人なんだなと思うようになった。そういう人がいてもおかしくはないなとそんなふうに納得していたのだ。
それを受け入れたというのかもしれない。そんな性癖をもっているからといって、彼が悪い存在であるわけではないのだから。
「やめてくれって思うかい?」
「いいえ」
「本当?」
「えぇ。だって、それはつまり、ワタクシの全てを愛しているってことですもの」
カナリアは半獣人と人間のハーフ、人間の姿に猫耳と尻尾が生えた存在である。獣耳尻尾が好きだということはカナリアのそんな姿をも愛することができるということだ。
その言葉にノアが目を見開いてそしてカナリアの手を取った。
「当然だとも! 君のその姿も、猫耳尻尾がない姿も性格も全て僕は愛するさ!」
なんと大胆な宣言をするものだ。カナリアはそう思いながらも嬉しいと感じている自身がいることに気づく。
「ワタクシも、そんなアナタが好きですわよ」
優しく囁くように返す。握られた手をそっと握り返せば彼は固まっていた。どうしたのだとその様子を眺めていれば、彼はまた悶えていた。
「その姿で言われると、破壊力があるっ」
「そうですの」
ノアが言葉を嚙みしめているそんな姿に呆れながらもカナリアは愛おしそうに目を細めた。
悪役令嬢に転生してしまったけれど、自由に生きたっていいじゃない。だって、自分に素直に生きることが、幸せへの近道だと思うのだもの。
悪役令嬢という役目を捨ててしまった代償に何故かシナリオをクリアさせられてしまったけれど、彼と結ばれたことには感謝しよう。
カナリアはそう思いながら、未だに悶えているノアの額をべしりと叩いた。
END
悪役令嬢に転生してしまったけれど、自由に生きたっていいじゃない 巴 雪夜 @tomoe_yuya
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