第35話 出会った時の告白とは大違いで、それがまた心を満たした



 太陽の日差しを窓から浴びながらカナリアは自室で荷物をまとめていた。


 あの邪竜復活から一週間経っている。


 フィオナが邪竜サナトスリラを鎮めたあとに魔導士団と騎士団が駆け付けた。ムハンマドが彼らに説明をし、拘束されまだ意識の戻っていないマシューを引き渡したのだ。


 邪竜サナトスリラはフィオナとの交渉を守り、アンドリア山岳へと戻っていったことが確認された。しばらくは様子を見ることになったらしい。


 学園の被害というのは軽微なものではなかった。校舎の一部は崩れて瓦礫があちこちに散らばっている。


 それらの片付けと修繕には時間を要するだろう。唯一の救いは寮と三学年棟、実習棟が無事であったことだ。一学年と二学年の棟は酷い有様ではあるが、修繕すればなんとかなるようだ。


 学園は暫く魔導士団の調査や修繕などにより閉鎖されることになった。生徒たちは一時帰宅ということになる。


 ムハンマドが話すには秋が終わる頃に授業を再開できるとのことだ。だいぶ先ではあるものの、早いほうではないだろうか。


 カナリアは姿見に映る猫耳尻尾の毛先を整えてから鞄を手に自室を出た。


 今日、この学園を発つ。家に帰るのかとカナリアは小さく溜息をつく。魔道士団の幹部である父は来ていなかったが、話は耳にとっくに入っているだろう。兄や母も知っているに違いない。


(叱られるかしらねぇ……)


 無茶をしてと怒られるだろうか、それとも心配させないでくれと言われるのか。そのどちらでもないのかは分からないが、何かしら言われるのは目に見えている。


 慣れ親しんだ寮の廊下を歩きながらそんなことを思っていれば下の階から話し声がする。カナリアが階段をおりてロビーを見遣れば知った顔ぶれが揃っていた。



「あっ! カナリア様!」



 ルーカスと話していたであろうフィオナはぱっと顔を明るくさせてカナリアを呼ぶ。


 ロビーにはクーロウとリオ、あとシャーロットもいた。彼らも荷物をまとめ終わったようで今は馬車待ちのようだ。



「カナリア様~、こっちで座ってましょうよ~」



 シャーロットはロビーに置かれたソファーに座っていた。立って待つのは疲れるだろうからということらしい。


 シャーロットの誘いに乗ってその隣に座った。ふと、ノアの姿が見えないことに気づいて周囲を見渡しているとそれに気づいたリオが扉を指さした。



「彼なら召使いのベルフェットと何か話すために外に出ていったよ」



 リオは「すぐに戻ってくるって言っていた」と言って扉を見る。何かあったのだろうかと思いながら、カナリアは抱き着くシャーロットの頭を撫でる。



「カナリアの声がするっ!」



 ばんっと勢いよく扉が開けられてノアが飛び込んできた。なんだ、カナリアの声がするとは。


 カナリアが何とも言えない表情を見せる。そんな表情など気にせずにノアは猫耳尻尾姿に反応してか凄い速さで近寄ってきた。



「今日はその姿なんだね!」

「家ではいつもこの姿なの。隠すとお母様が寂しそうにするものだから」



 猫耳尻尾は邪魔だと思っている。けれど、家でまで隠していると母が寂しげにするのだ。口には出さないものの、それは何となく感じられる。きっと、その姿が嫌いだと思わせてしまっているのだ。


 カナリアは別にこの姿が嫌いなわけではない、ただ邪魔なだけなのである。



「最高」

「どうも、ありがとう」



 ノアは床に膝をつけながら悶えている。そんな姿にはもう慣れてしまったカナリアだが、周囲は困ったような表情を浮かべていた。


 ルーカスにいたってはおかしなものを見るような目を向けている。



「これでよく、あんな大技を繰り出せたな」

「趣味趣向と大技を出すのは関係ないよ、ルーカス」



 ノアは顔を上げて答える。大技というのはマシューに繰り出した、あの風属性魔法のことを言っているのだろう。それを聞いてリオが興味を示した。



「話には聞いたがタイミングが一緒だったらしいね。よく相談できたものだ」


「いえ、相談などしていませんわ」

「していないね」



 二人の返事にその場にいた全員がはぁっと声を上げた。


 フィオナは竜の神子として交渉していたため、その姿を見てはいないがルーカスとクーロウは違う。二人のあの息の合った姿を見ている。



「待て、嘘だろう! あれを相談無しにできるわけがない! 下手をすれば、カナリア嬢を巻き込んでいたのだぞ!」


「あれの息の合いようを相談なしですか、カナリア様」


「何となくですけれど、今かなと思ったの」

「何となくだけど、今だなって思ったんだ」



 二人の息の合った回答にルーカスは額を抑え、クーロウは信じられないといったふうに目を瞬かせている。頭が痛くなる気持ちは分からなくもない。けれど、これは本当のことなのだ。


 何となく今だ、そう思った。何かを感じ取ったのかもしれない、身体が自然と動いたのだ。



「なんだ、この二人……」



 クーロウは思わず口に出す。それを思ったのは彼だけではない、ルーカスもリオも頷いた。



「これはあれだね! 愛の力だね!」

「何を言ってますの、ノア様」



 ノアの発言にカナリアは呆れたように返す。そんな態度に彼は「だってそうだろう!」とカナリアの手を取った。



「カナリア、僕の国に来てくれないか?」

「え、嫌ですわ」



 即答。その言葉に「どうしてだよー」と、ノアは床を叩く。「両想いだろう!」と叫ぶ彼にあぁとカナリアは思い出した。


(そういえば、言いましたわね。ワタクシ)


 彼を愛していると、そう口にしたことを今の今まで忘れていた。ただ、忘れていたからといってその想いが嘘なわけではない。


 カナリアは自身の気持ちに気づいた。彼のことを好きなのだと、愛しているのだと。けれど、彼の国に行くかは別である。


 できればゆっくりと休みたいのだ。主人公でもないのにシナリオを進め、無事クリアしたのだから少しは休ませてくれと思っている。


 シナリオをクリアしたからといって「はいお終い」とはいかない。何せ、カナリアはこの世界で生きているのだ。もうゲームの世界ではないのだからこれからも此処で生き続けなければならない。


 そうは言っても目の前で子供のように駄々をこねている王子を無視することはできない。カナリアははぁと小さく溜息をついて立ち上がった。



「ねぇ、ノア様」

「なんだい?」

「ワタクシ、真面目に告白を受けたことがないのですけれど?」



 しんと静まり返る。ノア以外の全員がえっと驚いたふうな表情を見せていた。


 確かにノアに求愛されていた。だが、よく思い出してほしい。真面目に真正面から猫耳尻尾など無視し、真剣に告白を受けたことはない。


 エラとの時に彼は自身の想いを話したが、それは告白と言い難い。彼の想いというのはいろいろ聞くが、告白と言えるのは初めて出会った、あの興奮していた時ではないだろうか。



「ノア、お前……」

「待ってくれ、ルーカス! 僕は想いを伝えていたはずだけど!」


「想いは伝わりましたけれど、真面目なプロポーズは受けていませんわよ」



 きっぱりと言い放たれる言葉にノアはうっと項垂れる。考えてみればそうかもしれないと思ったようだ。


 ノアは片膝を立ててカナリアを見つめた。その表情は真剣で、真っ直ぐな瞳を向けている。



「カナリア、僕は君を愛している。どうか、僕の傍にいてほしい」



 そう想いを告げて手を差し伸べた。


 あの時の告白とは大違いだな、そう思った。猫耳尻尾など関係なく、想いを告げてくれた言葉はすっと胸に溶け込んでくる。


 カナリアは差し伸べられる手を取った。



「その想い、受け取りますわ。ワタクシも同じ気持ちです」



 この気持ちに嘘などはないとカナリアの優しげな表情からも伝わってくる。


 フィオナは思わず拍手をしていた。シャーロットは何故か涙を浮かべて、リオもクーロウもつられるように手を叩く。



「なんとも、恥ずかしいですわね」

「そんなことないです、カナリア様!」

「カナリア様~、お幸せに~」


「そうかしら? あぁ、シャーロット泣かないで。別にいなくなったりしないから」



 およよと泣くシャーロットにカナリアは頭を優しく撫でた。祝福を受けるというのには慣れていないので、まだ少し恥ずかしさはある。


 ノアはそんなことないようでまた悶えていた。この王子は変わらないなとカナリアは息をつく。



「で、一緒に僕の国に……」

「それは嫌です。ワタクシ、ゆっくり休みたいの」



 ノアは「休めるよ!」と言うが、彼の両親に捕まるのは目に見えている。何せ、色恋を諦められていたのだから。恋人を連れてきたなどといえばどうなるかとカナリアは渋面になる。


 けれど、ノアはまだ駄々をこねるのでカナリアは少し考えた。



「ねぇ、ノア様」

「なんだい、行く気になったかい?」

「いえ。まずは相手の両親に挨拶するのが良いのではなくて?」



 ノアは隣国の王子なのだ。いきなり娘がそんな存在の恋人となったと聞いて驚かないわけがない。まずは驚かせないように挨拶をするのが普通ではないか。


 カナリアの言葉にノアはなるほどと頷く。どうやら納得したようだ、なんと単純なことか。



「ベルフェット! 予定は変更だ、カナリアのご両親に挨拶に伺う! 僕は暫く国に帰らないと連絡を入れてくれ!」


「ご承知いたしました」

「おい、それでいいのか第三王子」



 ルーカスのツッコミなど耳にもせず、ノアはどうやって挨拶するかと考え始めた。それがまたおかしくてカナリアはつい笑ってしまった。



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