第34話 ワタクシを愛しているアナタだから
フィオナはルーカスから離れてカナリアの隣に立つ。
「フィオナ、危険だ!」
「カナリア様も危険です」
ルーカスとクーロウが慌てて二人を制止したけれど二人は聞こうとはしない。
フィオナは「本当はまだ怖い、自身にできるのかという不安はある」と言った。でも、信頼してくれる共に戦ってくれる人が、友達がいると。彼女はカナリアを信じることにしたのだ。
「君は本当に無茶をしようとするね」
そう言ったのはノアだ。カナリアの様子に止めるわけでも責める様子もなくて、手にはワンドを持っている。そんな彼にカナリアは呆れたふうに笑みを見せた。
「ノア様は避難していてほしいのだけれど」
「僕が君を置いていくわけないだろう?」
分かっていた言葉を耳にしてカナリアはもう何も言わなかった。彼にはどんな言葉を言ったとしても、首を縦には振ってくれないだろうから。
そんな三人の様子にリオも、クーロウも顔を見合わせると小さく頷いた。
「オレがシャーロットを避難させよう」
「リオ様」
「オレは上級生だ。下級生だけで避難させるわけにはいかない」
リオの言葉にシャーロットは複雑そうな表情を浮かべていた。彼女はきっとカナリアをおいては行きたくないのだ。けれど、自身は戦う力などほとんど持ってはいないので足手まといになるのは分かっていた。だから、残るとは言えず、それでも心配といった表情を見せる。
「カナリア様、あたし……」
「行きなさい、シャーロット。ワタクシは大丈夫だから」
カナリアの優しい笑みにシャーロットは涙を浮かべながら頷いた。そんな彼女を連れてリオは走り出した。
彼も本当は残りたかったのかもしれない。でも、自身がやるべき役割というのを分かっていてそれを実行したのだ。
クーロウはフィオナの傍にいる。彼は護衛兼召使いなのだ、傍から離れえるわけにはいかない。
「……あぁくっそ、俺も残るぞ」
ルーカスは頭を掻くと腰に掛けていたワンドを手に取った。怪我をしているのだから無理はと思わなくもないが、彼はフィオナを放っておくことはできないのだ。
そんな生徒たちの様子にムハンマドは一つ息をつく。本来ならば生徒を残しておくわけにはいかないのだが、彼らの意志は固く見えて避難を促すことはできなかった。
暴れる邪竜サナトスリラにフィオナは目を向ける。すっと息を吸い、祈るように手を合わせる。どうか、私の声を聞いてください――そう祈って。
邪竜サナトスリラの動きが鈍った。それと同時にフィオナの周囲が淡く光る、竜の神子としての力を発揮させたのだ。
竜と交渉すべく、祈りをささげる。それを邪魔するかのように何かが飛んできた。それに気づいたムハンマドが素早く前に出て風の盾を生み出し跳ね返す。
無数の刃がさらに飛んでくる。カナリアは飛んできた先を見るとそこにはマシューが立っていた。ムハンマドもそれに気づいたのか、目を見開いている。
「やはり君だったのか、マシュー。もしや、まだ……」
「まだだって? お前たちが父と母に何をしたと思っている。裏切られ、何もかも失った俺の心なんて、一生癒えるわけがないだろうが!」
マシューは怒りを露わにしてワンドを振って魔法を発動させる。すると、地面から何かがぬっと数体の木偶人形が姿を現した。魔力を帯びたソレはフィオナを狙うように飛んでくる。
カナリアは籠手に魔力を注ぎ込み、人形を殴った。吹き飛ばしたそれはダメージを受けたであろうにも関わらず、起き上がり再び襲ってくる。
「ベルフェット、ムハンマド学園長のサポートを頼む!」
カナリアは駆けだし、ノアは指示を出す。ムハンマドの風の盾がなくてはフィオナを守り通すことはできない。木偶人形を近づけさせないためにカナリアは立ち向かった。
カナリアでは捌ききれなかった木偶人形をルーカスとクーロウが相手をする。ノアはカナリアのサポートに徹していた。
「やめたまえ。君の両親を裏切った人間はすでに捕まっておる」
「だからどうした? 父の母の声を無視した人間はのうのうと生きているじゃないか!」
ムハンマドの説得も虚しくマシューの攻撃は止まない。フィオナを狙うように魔法を放ち、風の盾を壊そうとする。
フィオナが怒りをおさめようとしている中、邪竜サナトスリラは苦しみながら周囲の物を壊す。地上に降りようとするも、教師陣が魔法を放ちそれを許さない。
人形は殴っても殴っても立ち上がってくるのできりがない。マシューをどうにかしなくてはならなかった。彼を止めなければ、この人形は立ち上がり続ける。
マシューが魔法を放った瞬間、カナリアは飛び駆けた。籠手に魔力を注ぎ込み、冷気を帯びさせてそのまま勢いよく振り上げた。
「邪魔だっ!」
マシューは殴られる前にワンドを構えて魔法を放つ。それはカナリアの腹部に当たり、勢いよく吹き飛ばされた。
地面に転がるカナリアは嗚咽を吐く、腹部を抑えながら起き上がろうとした。
「カナリアっ!」
ノアの叫びにカナリアは見上げる。邪竜サナトスリラが暴れて吐かれた火炎が建物を破壊し、その瓦礫が上から降り注ぐ。
あぁ、ダメだ――そう思った。
身体がふわりと浮いてカナリアは転がった。何が起こっているのか理解できず固まっていれば、呆れたような声が降ってくる。
「君は無茶しすぎだよ」
カナリアが顔を上げればそこには額から血を流し、それでも笑みを見せているノアの姿。
風属性の魔法を駆使し、カナリアを助けるために抱きかかえて滑り転げた。その結果、額を切ってしまったようだ。
「どうして……」
「約束したじゃないか。君を助けるって」
優しく答えるその言葉を聞いた瞬間、カナリアの中で何かが弾けた。
彼は自身の命も危ういといのに行動をした。あの時、約束した言葉を胸に。カナリアの心が鳴る。
血が湧きたつように力が溢れ、心の中を満たしていく感情に応えるかのように魔力が全身を駆け巡った。
カナリアはゆっくりと立ち上がった。
「貴方が復讐するのは別に構わないけれど、無関係な人間を巻き込むのはやめてほしいわ」
「なんだと?」
その言葉に彼の表情が変わる。怒りを表すように眉間にはしわがより、鋭くなる瞳。普通の人間ならば怖気付くようなその表情にカナリアは動じることはない。
睨むわけでもなく、真っ直ぐな瞳をマシューに向けた。
「ノア様、ワタクシに力を貸してほしいの」
はっきりと口にされる言葉にカナリアが何をしようとしているのかノアには分からなかった。けれど、また無茶をしようとしているのは感じ取れた。
止めなくてはいけない。ノアはそう思ったけれどできなかった。真っ直ぐと向けられる深紅の瞳は決意に染まり、揺るぐことのないその眼差しに本気なのだと知って。
「ノア様。ワタクシを愛してくださるアナタだから、頼んでいるのです」
ワタクシが今、一番信頼できるのはアナタしかいない。
カナリアはふっと微笑む。どうして、ノアを信じられるのか。彼しかいないのか気づいたのだ、この気待ちに。
「ワタクシが愛した人だからこそ、信じているのです」
そう、この心に宿った感情の名を。カナリアはそう告げ前を向き走り出した。
駆けるカナリアの背を見てノアは息を吸い、一気に吐き出すとワンドを構えた。
人形の攻撃を避け、カナリアはマシューへと距離を詰める。相手はまたかと言わんばかりに魔法を放つ――が、カナリアには当たらない。
猫耳をピクリと動かし、尻尾を立たせ避ける彼女の動きにマシューは目を見開く。
明らかに変わった動きに動揺するも、マシューは近寄らせまいと魔法を再び放った。無数の刃がカナリアを襲うがそれを素早い動きで避ける。
湧き立つ力に身を任せ、溢れ出るそれを紡ぐように練り上げる。籠手に注がれる魔力に全てを委ねた。
カナリアが大きく飛んだ瞬間――突風がマシューを襲った。吹き抜ける嵐のような風がマシューを包み込む。思わず、顔を守るように腕をだすその先に見えるはノアだった。
彼が放ったのだとマシューはすぐに察した。そして、何かに気づき見上げる。目に飛び込んできたのは獲物を狩るような瞳をもったカナリアの姿。
マシューはノアの魔法によって動くこと敵わず、カナリアの魔力を注ぎ込まれた籠手で殴り飛ばされた。その勢いのまま地面を勢いよく転がっていく。
魔力の注がれた一撃。意識など一気に持っていかれて動かなくなる。主を失った木偶人形たちは崩れ落ちていった。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をしながら、カナリアは倒れるマシューを見下ろしていた。頭にまでのぼっていた血がすっと抜けていく。
溢れ出た魔力がゆっくりと静かに落ち着いていく感覚に少しだけ目眩がする。
「ガウァァアァァアアアアッ!」
そんな目眩など吹き飛ばすように周囲に咆哮が響き渡る。見上げてみれば、邪竜の瞳が赤から金へと変わっていた。怒りから冷静になってようにサナトスリラは鳴く。
カナリアはフィオナに目を向けた瞬間、彼女はがくりと膝をついた。荒い呼吸をしながらも顔を上げ笑みをみせている。
邪竜サナトスリラはぐるりと旋回し、空高く飛んでそのまま遥か彼方へと消えていく。飛んで行った先は魔物の住まう山岳がある方角だった。
「サナトスリラは、怒りを鎮め、元の住処であるアンドリア山岳へと帰っていきました……」
ルーカスに支えられながらフィオナは話す。
彼の竜は山岳を荒らされたことに怒り、そして封印されたことにさらに憤怒していた。フィオナは謝罪をし、サナトスリラの怒りの声に耳を傾けた。
恐怖も怯えも見せず、一心に自身の怒りを受け止める彼女の心にサナトスリラは少しずつ怒りを鎮めた。
そして、自身を住処へ帰すことを対価にこの地を荒らさぬことを誓うと申し出たのだ。
話ながらも交渉ができたことが信じられていないフィオナにカナリアは歩み寄りそっと抱きしめる。
「言ったでしょう? アナタには勇気があると」
その言葉にフィオナはぼろぼろと涙を零した。出来損ないなんかじゃないと、やっと自分を認めることができて。
ムハンマドは倒れるマシューの元へと近寄る。彼は怪我をしてはいるものの生きてはいた。自身の身体に防御魔法を施していたのが幸いしたようだ。
意識を無くしている彼をムハンマドは悲しげに見つめていた。
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