第16章 『遺産怪盗シャトン』

『遺産怪盗シャトン』

 陽にいの持つ遺産をめぐる騒動から、一ヶ月と少しが経った。

 夏休みが明けて学校が始まってからというもの、あたしは怪盗ハンターとしての任務に追われることが多くなった。

 もちろん、夏休み中も、じっちゃんと一緒に戦闘訓練をしたり、旅行先で遺産レガシーの回収をしなきゃいけなかったりと大変だった。

 話そうとすると全然時間が足りないから、それをみんなに話すのは、今度の機会にするね。


 そうそう、二学期に入ってから、とってもびっくりすることがあったんだ。

 それはね……

 なんと、ソル君が、うちのクラスに転校生としてやってきたの!

 わざわざイタリアからだよ?

 その時はもう、本当にびっくりしちゃって。

 教室に入ってきたソル君を見た時は、思わず「ああーっ!?」って叫んじゃった。

 はやちゃんには、「お知り合いなんでござるか?」ってびっくりされるし。

 その日の昼休みに、ソル君を裏庭に呼び出して、思わず聞いちゃったよ。


「ソル君、何でわざわざこっちに来たん!?」


 すると、ソル君はこういうふうに説明してくれたんだ。

 陽にいの遺産の件で、不思議な力を発揮した、あたしのルーペ。

 あれには、あたしの願いによって、『レンズでのぞいた対象の持つ「願い」を見抜く』異能力エフェクトと、『別の遺産の異能力をうばう』異能力が宿った。

とどのつまり、あのルーペも遺産の一種になったらしい。

 そこで、あたしがあのルーペの力を悪いことに使わないように、ソル君が監視につくことになったというわけだ。


「加えて、今回の件――俺とお前が共闘したという報告書を読んだ上層部から、指令があったんだ。今後、遺産管理者エージェントは指定の怪盗と協力体制を取って任務にあたるようにと」

「それって、つまり……」

「今後、俺とお前はペアで活動していくことになるわけだ。不本意ながらな」


 そう言って、ぷいっとそっぽを向くソル君。

 不本意って何よ!

 むーっとむくれる私を見て、ソル君は思わずといったようにふき出した。


「な、何やねん!」

「いや? 怪盗としてやっていく覚悟を決めたとはいえ、やはりお前はまだまだ半人前だなと思ってな」

「どこがよ!」

「例えば、すぐに感情が表に出てしまうところだな。お前はもう少し冷静になれ」


 それは否定できひんけど!


「仕方がないから、これからは俺が面倒を見てやる。半人前が任務を一人でこなすのは大変だろうからな?」


 そう言って、ソル君はふんと鼻を鳴らした。

 な、な、何やねん、ばかにして!

 あたしだって、あたしだって!


「うちだって、すぐに、ソル君の隣に立っても恥ずかしくないような、一人前の怪盗兼名探偵になったるんやから!」

「……なら、せいぜい早く一人前になれるよう努力しろ」

「もっちろん!」


 ソル君の言葉に大きくうなずくと、彼は、それ以上何も言わずに校舎に戻っていく。

 最後にちらりと見えたその表情は、ほんのちょっとだけど、笑っていたような気がした。




「陽にい!」


 中学校の校門の前で待ってくれていた陽にいに、大きく手を振ってかけよっていく。


「ちい。おかえり」

「ただいま! ごめんよ、待った?」

「ううん、ちょうど今着いたところ」


 それじゃあ、帰ろうか。

 そう言って、陽にいは陽だまりのような笑顔を浮かべた。


「うん!」


 あたしはうなずいて、ぽてぽてと陽にいの隣を歩く。

 あの事件のことを、陽にいは覚えていない。

 ソル君に聞けば、遺産の異能力をうばった時に、遺産が関わる記憶も全部消えるんじゃないかとのことだった。

 あたしは、それでいいと思う。

 陽にいが、あんな事件を起こしてしまったことに気付かないで、ただこうして笑っていられるなら、それで。


「そういえば、陽にい。部誌の原稿はどうなん?」


 まだ少しだけ夏の暑さを残す帰り道で、陽にいにたずねる。

 陽にいの高校では、一〇月の終わりに文化祭があるらしい。

 で、陽にいは、文芸部で出す部誌にのせる原稿を、今、頑張って考えているところなんだって。

 とはいえ、なかなか書きたいものが見つからなくて、苦労していた様子の陽にい。

 もうそろそろ書き始めないと、間に合わないんじゃないのかなあ。

 そんな心配を込めてたずねたんだけど、陽にいは、楽しそうに笑っていたんだ。


「実はね。最近、やっと書きたいお話が思い浮かんだんだ」

「えっ、ほんま!?」

「うん。部長には、やっぱり『部誌を読む人の年齢層に合っていない』って言われちゃいそうだけど。それでも、僕はこれが書きたいんだって言い切れるものが見つかったんだ」


 そう言う陽にいの表情は、秋晴れの空のようにすっきりとしている。


「……そっか! 原稿、頑張ってな! うちも絶対買いに行くから!」

「うん。頑張るよ」


 その笑顔を見て、あたしも何だか嬉しくなって、一緒になって笑っていた。

 自分の純粋な願いを思い出した陽にいは、これから、自分の力でどんな物語を創っていくんだろう。

 そう思うと、とっても楽しみで、心がおどった。




「なあ、陽にい」

「どうしたの? ちい」

「ちなみに、そのお話って、どんなやつなん?」

「ええ? 今聞いちゃうの?」


 陽にいが苦笑いする。


「だって気になるねんもん!」


 何なら、途中までしか書けていなくてもいいから、今からでも読みたくって仕方がないくらいだ。


「でも、まだ全然中身は固まってないし」

「それでもええのー!」


 照れくさそうにする陽にいに教えてとせがめば、陽にいは少しだけ考えて、ぽつりとつぶやいた。


「……元気いっぱいの探偵の女の子が、不思議な道具の引き起こす事件を解決したり、道具自体を華麗に盗み出す怪盗になったりするお話、かな」


 それを聞いて、あたしは思わず足を止めた。


 待って。

 陽にい、それって、ひょっとしてもしかして――?


「あ、あの、陽にい?」

「なに?」


 振り返った陽にいに、おそるおそるたずねる。


「そっ、あの、そのお話って、主人公のモデルとか、あの」

「ふふふっ。どうだろうね?」


 陽にいはくすくすといたずらっぽく笑う。

 うううう、ますます内容が気になるんだけど!


「まあ、ともかく完成を楽しみにしててよ」


 そう言って、陽にいはカバンの中から何かを取り出す。

 ダブルクリップで右上をとじられたそれは、手書きの原稿用紙の束だった。

 表紙の部分には、何度か書き直されたあとの残るタイトルが書かれている。




 その物語の、タイトルは―――――




【終】

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遺産怪盗シャトン 四条京 @Ritsu1104

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