順番

盛田雄介

順番

健二は日々の激務に疲れ果てていた。

会社の今後を左右する重大なプレゼン発表を無事に終え、フラフラと街中を歩いている。

ここ何ヶ月間、栄養ドリンクだけで自分の体を騙しながら働いていた彼に今必要なのは、栄養管理がされている料理ではない。ラーメンだ。

今日に向け、激務の合間に人気ラーメン店を必死に探し、健二はここに決めていたのだ。

他にも人気ラーメン店は複数あったが、この4丁目の店は、その中でも超人気店。終日休む間もなく、客が常に溢れている。

それだけの人気を誇りながら、更にある裏情報があると知った健二の期待値は、今まさに最高峰に達している。

 左右にふらつきながらも、健二はようやく、お店の前に到着した。時刻は12時を回っており、昼休み中のサラリーマンやOL、大学生が他の歩行者の邪魔にならないように規則正しく列を作っている。

 目的のラーメン店を見つけたが、健二はすぐには並ばない。

 少し離れた所から腕時計と列の人数を照らし合わせながら、12時半の時点で40人の客が並んだのを確認して、ようやく、健二は41人目の客として並んだ。

 その後、店から客が続々と出ていき、前列は短くなっていく。時間は刻々と過ぎていき、気がつくと1時半を回っていた。

健二がため息を吐きながら、腕時計から目を離すと背後から中年男性の声が聞こえた。

「もう1時間経ちましたね」

急な声かけに驚き、振り向くとそこには、全身黒いスーツに身を包んだ身長180㎝程の細身の男が立っていた。

健二は前列ばかりに気が向いていたが、後ろにもまだ30人くらいの列があった事を、ここで初めて気がついた。

「人気店だから仕方ないですね。僕の後ろにもこんなに人がいたんですね」健二は苦笑いで答え、再び前を向いた。

「私もね。あなたがここに並んだと同時に後ろに並んだですよ。だから、あなたの待ち遠しいさと私の気持ちは、ほぼ等しいと思いますよ」

「そうなんですね。でも、あと10分くらいで入れそうなので、もうひと辛抱ですね」

健二の読みは当たっていた。時計の長針が進むにつれ、前の客は次々と案内されて行く。

そして、10分後、健二は列の1番前に立った。

「本当、読み通りですね」

「ありがとうございます」

健二は少しだけ振り向いて会釈をした。黒服男はそんな健二の姿を背後からニヤリと笑いながら見つめる。

その視線は健二にも何となく、伝わっていたが、それよりも早くお店に入りたい気持ちでいっぱいであった。

そして、1人の客が店から出て来たのに合わせて店員が現れ、列に向かって大きな声で案内を始めた。

「申し訳ございません。本日のスープが終了しました。今、1番前にお並びのこのお客様で終了になりますので、ご了承下さい」

店員のアナウンスに対し、後列の客が不満を漏らしながら、散り散りに帰って行く。

彼等には申し訳ないが、健二は心の中でガッツポーズを取っていた。

それまで、騒がしかった周囲は次第に静かになっていき、気がつくと健二と黒服男の2人だけがその場に残った。

「良かったですね。あなたで今日はラストみたいで」

健二は、なぜかその場を離れない男を不気味に感じた。

「なんか、すみません」

「いえいえ、これも運命ですから、気にせず楽しんで下さい」

「何が運命だ。ふざけるなよ!」黒服男の背後から怒鳴り声を上げながら、金髪頭の若男が勢いよく現れた。

若男はGジャンに描かれた登り龍の如く、健二を威嚇している。

「こっちは30分も待ってんだよ! なんで、こいつだけ食べれて俺がダメなんだよ」若者は健二との距離を一気に縮め、2人の距離は今にも唇が触れ合いそうである。

「そんな事、言われても私は1時間以上待ってました」

「そんなん、知らねーし。どこに証拠があるんだよ!」

「証拠というか証人ならここにいますけど・・・」健二が黒服男に助けを求めようとするが、すでに姿を消していた。

「どこにいるんだよ! 嘘付くなよ」若男は健二を押しのけて、店の前に立った。

「ちょっと、順番は守って下さいよ」

「うるせー! ぶん殴るぞ!」若男は健二の目の前に拳を見せてニヤリと笑った。

健二は若男の傲慢で余裕を見せるその態度に怒りを覚え、反射的に服を引っ張った。

「こんな事、許される訳ないでしょ! 早く、どいて下さいよ!」

「おい、気安く触ってんじゃねーよ! このクソ野郎が!」気がつくと健二は若男の蹴りによって向かいの電柱まで吹き飛ばされていた。

 一瞬の出来事に混乱する健二は頭を抱えながら、店へと視線を合わせた。

 そこには、健二に向かってニヤついた顔を見せる若男が店に入って行く姿があった。

 健二は、若男に対しての怒りと共にここまでの苦労を思い出した。何度も死にたいと考えたあの日々。あのラーメン店に入れば、全てが報われると思って頑張って来たのに。健二は、コンクリートの地面に勢いよく拳を叩きつけ、一粒の悔し涙を流した。

と、同時に目の前のラーメン店が突然、爆発した。

店のガラスは爆炎と共に勢いよく飛び散り、店内から黒い煙が立ち込める。

店内はまさに火の海であり、細かい何かの爆発音が続けて聴こえてくる。

 周囲の人間が悲鳴を上げたり、救急連絡を取ったり騒がしくしている中、健二だけが呆然とその光景を見ていた。

「あぁ、俺の番だったのにな」

「やはり、裏情報を聞きつけて、やって来たのですね」

再び現れた黒服男の問いに健二は静かに頷いた。

「そうだよ。これに期待して来たんだよ」健二はスマホで何かを検索して黒服男に見せた。

そこには『4丁目のラーメン店で働いているスタッフです。ここは、いつも忙しくて、俺は頭がおかしくなりました。店長に訴えても何も解決できないので、ここを爆破する事に決めました。食材を無駄にする事が勿体ないので、本日のラストオーダーを合図に決行します』と書かれていた。

「順番はちゃんと守って欲しいですよね」

「全くですよ」黒服男は懐から名簿を取り出して、健二についた丸マークを消して、若男につけ直した。

「でも、これで彼も順番を守る大切さを身を持って知れたでしょう」

「ま、手遅れですがね」

黒服男は名簿を閉じて、その場を後にした。

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順番 盛田雄介 @moritayu

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