第49話 どうか優しく気高いあの子の夢を見られますよう
人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう。――新約聖書「ヨハネによる福音書」第二章から
『オーリス、其方は生を終えた。よくぞここまで己を引き上げた』
(ああ、私は未だ道半ばです。どうか私の憎悪と憤怒と悲愴を哀れに思われるならば……どうか)
『うむ。もうどうすれば良いかわかるであろう?』
(わかります。なぜ私は私を亡失していたのでしょう)
『よい。ここで再生せよ』
小さな小さな黒い点の私は力を溜め込むように、これまでの事を愛おしく思い出しながら、眠りにつきます。
主は私。私は主。全ての元であり全ての物に通じる者。
私に至るまでに数十億年の時を掛けた私は私の失敗作。
少しずつ積み重ねた私が私に成る物語。
私があの子と
至らない至らない至れない、私は未だ未だでした主よ。
どうか優しく気高いあの子の夢を見られますよう……
◇◇◇
眠りから覚めると小さな黒い点の私を抱きかかえるように、ヌルが目を瞑り横になっていました。
おかえりヌル……ただいまヌル。
「起きた?」
(待たせましたか?)
「ううん、いま来たとこ」
(その言葉を言ってみたかったのですね?)
「ふふふ、そう」
(どうやってここに?)
「みんなが送ってくれた。みんないい子」
(ええ、そうですね)
「もう大丈夫?」
(もう少し眠りますね)
「駄目っ、行かなきゃ。もう千年眠ってる」
ここで千年という事は下界は一年過ぎていますね。
下界の千倍の時を過ごす主は必然的に心を閉ざし、切り離すしかなかったのです。
たくさんの私が生まれ、死に、また生まれる……気の遠くなる年月を掛け、私が私に至るまで、私が私に気付くまで無限の試行をなされたのですね。
私は私に気付きましたよ。ですが、まだ至りません。
もう少し、待っていて下さいね。ほんの少し、ですよ。
(それではヌル)
「うん」
ヌルは私を手の平に載せじっと見つめると、少しだけ笑って私を飲み込みます。
私はヌルに入り、ヌルは私に入ります。二つの私が掛け合わされ、少しずつ少しずつ体と心を変えながら融合していきました。
お互いを慈しむように、想いを合わせ、願いをひとつに……
「私とヌルが合わさったので、名前はオーヌルとでも……いえ、やめておきましょう」
ふふふ、とおそらく私が笑いながら冗談を言ったようです。
「これも主の思し召しでしょうか、そうでしょうね。では……行きますね」
それが至極当然のようにすぅっと下界へ向け降りていきます。
たくさんの星々が見え、たくさんの世界がありますが、私の行くべき所は今はひとつ。
そこは小さな小さな星。数えるほどしかない大陸、広い広い海、私を待っていてくれる者達。そこへ輝く光とともに降り立ちました。
二つに割れた冥界樹……ガイアとヤハウェの攻撃から守ってくれたのですね。手を添え語りかけますが、もう声は聞こえません。……ありがとう。
「オーリス……様?」
私の後ろから声を掛けてきたのはエレストル。いろいろと手を尽くしてくれましたね、ありがとう。
「エレストル。ただいま戻りました」
「お、おかえりなさい……ませ」
ゆっくりと近づき涙を落としながら私を見つめます。私はうんと頷き返します。
「オーリス様、
「ふふふ、こういうのもいいでしょう?」
「はい……え? オーリス様がお笑いに!」
これは貴重! これは残さねば、とビデオカメラの様な物をとりだしこちらへ向けます。
「もう一度! もう一度、笑ってください、さぁ、さぁ!」
エレストルが騒いでいると、オーリス様が戻った! と皆が集まってきたようです。
フレイザー侯爵、侯爵夫人、マリスさん、ミージン王女、侍女さん、黒騎士さん、テリサさん、ブラドさんに獣人の皆さん、ハクリ、セイレーン、ヴォルブ様。
「オーリス様!」
「オーリス!」
「オーリス様!」
驚きと喜びと涙を携えて皆が口々に私の名を呼んでくれます。
「ただいま戻りました」
うおおおお! 宴だー! と獣人の皆は宴の準備に走っていきました。
これまでの事とこれからの事を話しましょうと、主だった人達と私の家に入り話をします。
皆が座ると侍女さんがお茶を淹れてくれます。
「ああ、侍女さんのお茶は変わらず美味しいですね」
まぁ! ありがとうございます、と侍女さんが頬を赤く染めながら言い、下がっていきます。茶葉はかろうじて残った少しの森に、ほんのひと株だけ在った物を増やして収穫しているそうです。
「それで? まずはオーリスの事から聞こうか」
ヴォルブ様が率先して話され、話の誘導をしてくださいます。
「神界で惰眠を貪り千年ほど寝ていたようです」
「千年!? 時間の流れが違うのか? 寝過ぎだろ!」
「再生にそれだけの時間が必要だったという事ですね」
「そう、か。オーリスが死んだと聞いた時は皆大変だった。エレストル様が発破をかけてくれた」
「エレストル。ありがとうっ」
「いいえ! 妻としてオーリス様の物を守っただけです!」
「妻ではありませんよ」
「は、はい……」
肩を落としがっかりしているようですが、妻(予定)という事で! とめげないようです。
「それで、こっちの事だが」
「この世界の状況は分かっています。ここまで成るのに大変でしたね」
大陸が沈んだ後、人々の奮起を促し、村の再建と生活の維持と守りを先頭に立って指揮したのは、ヴォルブ様とブラドさんでした。
ヴォルブ様は国をなくし、国民をなくし、ミーナ妃までなくされましたが、それでも目の前の人々を救う事に尽力なさいました。
この村、いえもう国ですね。国の大半は獣人さんですが、こちらへ向かっていた軍船シフに船員とその家族、ダリフレ商会の方々が乗っており、彼らが合流して建国と発展に協力してくれました。
国民のほとんどが私の信徒、また信徒になって行った為、食糧の必要もなく、衣と住は少しの森で事足りる為に他国とは鎖国状態です。敵国ですしね。
「おう、まぁオーリスが戻ったから俺の役目はここまでだ。頼むぞ」
「お断りします」
「おい! オーリスの国だぞ? 名もオーリス神国にした」
「それでも私はやる事があります」
「む、戦いに行くのか?」
「まずは話をしようと思っています。問答無用の私はもういません」
「そ、そうか。自覚はあったのか……」
「父上、それよりオーリス様自身の事で伺いたい事がありますわ」
先程まで泣いていたミージン王女が私を睨み、睨まれるのも久し振りですね、そうおっしゃいます。
「おう、なんだ?」
「オーリス様の髪の変化、顔つきもどことなく変わったような……なにより、普通に話されていますわ」
「ヌルちゃんは!? どうしたのですか? まだ神界にいるのですか?」
ミージン王女の後に続き、エレストルも聞いてきました。
「簡潔に言いますと、私とヌルは混ざり合いました」
「ま、混ざり合い……ぶほぉっ!」
「ぶはっ!」
なぜかエレストルと侍女さんが鼻を押さえ歓喜に震えています。
「その為に、髪と顔つきが変わりました。元にも戻せますが、ヌルの特徴も出ていますのでこのままにしています」
「優しげなお顔になられお似合いですわ」
なるほど、元は優しくなかった、と……
「会話は……成長した、と言いましょうか。元に戻ったと言いますか、だいたいそんな感じです」
皆、納得したような腑に落ちないような複雑な表情です。
「では、ヌルちゃんとはもう会えないのですか?」
エレストルが心配そうに聞いてきました。
「はい。もう私とひとつになりましたので……。ただ口調や仕草に彼女らしさが出る時があるかと思います」
「ひ、ひとつに……ぶほぉっ!」
「ぶはっ!」
君達、仲良いですね。
「それで、この国の王だがな、やはりオーリスじゃないとしっくり来ないんだわ」
「神王、はどうですかな。神ですからな! 国を実際に取り仕切るのは国王とするというのは」
「名ばかりでよろしいのでしたら」
「よし! それだ、良く言ったマリス」
「では、国王はヴォルブ様に、宰相はブラドさんとマリスさんにお願いしますね」
「オーリス様! 私は! オーリス様の付き人に!」
マリスさんが迫って来ます、久し振りですねコレも。ああ、さすがですね……黒騎士さんがマリスさんを抑えてくださいました。
「拝命致しました」
「お受け致します」
ヴォルブ様とブラドさんが跪き、了承してくださいました。
「エレストルは冥府を任せますね」
「承りました」
「早速ですがエレストル、冥府へ行きましょう。冥友達に会いたいのです」
「はっ」
ちょっと行ってきますね、と告げてそのまま冥府へと降りていきます。
冥王城の庭、冥界樹の傍に降り彼らを労います。
「冥界樹よ。冥府と獣人の村の守りご苦労様でした。ありがとうっ」
「オーリスオーリス、復活復活」
私の背くらいにまで小さくなってしまった冥界樹から、喜びの声が聞こえます。地上までの影響はもうありませんが生き残ってくれてよかった。
エレストルに皆を集めてもらい、謁見の広間へ行きます。
広間の玉座、樹人に挨拶をし座ります。
皆が集まってきて歓喜と感涙の混ざり合った声が響き渡りました。
「冥友達よ。君達のおかげで冥府と地上が守られました。大義でした。君達は全員冥府の守り人です。誇ってください」
瞬間、うおおおおおおおおお! と様々な歓声と雄叫びが上がり暴れ始めます。
「私は復活しましたが、まだ冥府の立て直しはこれからです。力を貸してください」
再びの雄叫びを後に城の私室へ移動します。
『出でよ、眷属達よ!』
私室で三眷属を喚びます。
私の背より高い中空に黒い大きな穴が下向きに開き、そこから三体が人間の姿のまま足元から召喚されてきます。
三体は召喚されるとその場でひざまづ……かずに、私に抱きついて来ました。
「オーリス様!」
「あああああああ!」
「うわああああん」
泣きながら抱きついている眷属達の頭を撫で落ち着かせます。
「状況はヌルに聞いていましたね。復活しましたよ、もう大丈夫です」
「はい、はい!」
「泣いて待ってたのよー」
「うああ! よかったよー!」
「オーリス様、雰囲気が変わられましたか?」
「なんか優しくなってる?」
「ヌルが一緒にいるね!」
ヌルの事を説明すると……
「ヌル様はオーリス様といつまでも一緒なのですね」
「羨ましいわー」
「僕らとも融合しようよ!」
「君達とは無理ですよ」
「私達は外でオーリス様をお支えしましょう!」
「却って邪魔になりそうだけどー」
「もうヌルがいないから移動の時は眷トラに乗ってよね!」
この賑やかさもなんだか嬉しい物ですね。さて、エレストル。
「アスモデウスとリュカオンを呼んで下さい」
はい、と返事をし部屋を出て行きます。すぐに彼らがやって来て跪きます。リュカオンは呪いで狼になった者、殺されそうになった所を助け私に仕える事で神獣に格が上がりました。
「二体とも最後までエレストルと共に冥府を守ってくれました。礼を言います」
「はっ、しかし多くの
「ウォン!」
「十二神につけられた傷は治っていないでしょう? こちらへ」
私の傍に近寄らせ、まずはアスモデウスの左腕を手に取ります。肘から先が今も無い状態です。一撫ですると黒い異物が生え、それが腕に変わりました。
次にリュカオンを見ます。体全体に大小様々な傷が走り、未だ血を流している所もあります。頭から尻尾まで撫でるように手を滑らせその傷を癒していきます。
「オーリス様! ありがとうございます!」
「ウウォン! ウォン!」
二体とも喜びを露わにし再び跪いてお礼を言ってくれました。
「これからも冥府を頼みます。下がっていいですよ」
二体は頭を下げ、部屋を出て行きました。エレストルが私の前に跪いています。
「どうしました?」
「はっ。わ、私も撫でて欲しいかなーっと」
エレストルの手を取り立たせ、抱きしめてから頭を撫でます。
「エレストル、君が一番頑張っていたのは知っています。ありがとう」
「はうぅー……」
エレストルの体に力が入らなくなり、支えてあげます。
「オーリス様、そこはセリフが違います」
「結婚しよう、でしょー」
「もれなく僕らがついてくるけどね!」
エレストルを横抱きにしソファーへそっと降ろします。
「これは、お姫様抱っこ!」
「あたしもあたしもー」
「魔王様抱っこだね!」
さぁ、挨拶に行かねばならない者がまだおりますね。
第一部 完
神、ときどき魔王 うつわ心太 @utsuwa
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