閑話・エレストル四話


 翌日、朝日が昇り少しずつ家の中が温まり始めた頃、ミーちゃんとヌルちゃんに羽達を迎えに行く事を伝えるわ。


「ガイアが羽達を放っておかないと思うわ。オーリス様の関係者だしね。迎えに行ってくるわね」


「わたくしも行きますわ!」


「駄目よミーちゃん。速度優先よ。ミーちゃんを抱えてたら速く飛べないわ」


「はい……わかりましたわ」


「ヌルちゃんはミーちゃんを守ってね。何かあったら冥界樹に守って貰ってね」


「うんっ。オーリスの羽達を無事連れてきて」


「任せて、行ってくるわね」


 すぐに家を出て気配を探るわ。……北ね。私が指示した公国との同盟締結をしている所かしら。最速で飛ぶわ。



 森を抜け、王都を越え、気温が低くなった頃、羽達の気配が強くなってきたわ。先の方に大きな都市が見えるわね。きっとノバル公国の公都ね。

 不可視化して城へ入り、気配のある部屋に入ると羽達がいたわ。ちょうど二人きりね。 不可視化を解き姿を現すと驚いていたけれど、すぐに跪いて挨拶をしてきたわ、さすがね。


「これは、エレストル様。ご無沙汰しております」


「エレストル様。今日もお美しいですわ」


「早速だけど、同盟締結は成ったのかしら?」


「はっ。いま先ほど調印式を終えた所であります。ご指示通りに致しました」


「公王は本日、夜にでも薬が効いて身罷られるでしょう」


「わかったわ。説明は後でするから今は私の指示に従ってちょうだいな」


「はっ! 畏まりました」


「では、必要書類だけ持ってじっとしていなさい」


 書類を持ち動かずにいる二人を両脇に抱え、窓から飛び立ってロムダレンへ向かったわ。 女の羽が一度小さく、ヒッと声を上げたけれどそれ以降は黙って身を任せていたわね。



 獣人達の村へ着きオーリス様の家へ入ると、ミーちゃんが羽達に駆け寄ってきてにこやかに挨拶をしているわ。


「王女殿下がなぜここに?」


「私から簡潔に説明するわね。冥府がガイアと天使達に侵攻されたわ。撃退したけれど冥府は廃墟同然ね」


「なんと! 忌々しいやつめ!」


 羽は本気で怒っているようね。


「オーリス様がガイアと聖皇国の神に消滅させられたわ。今はおそらく神界で復活の途中よ」


「オーリス様が……ああ、そんな……我が主様」


 羽達は二人とも泣き崩れ、立ち上がれないようだわ。

 二人の泣き姿にミーちゃんとヌルちゃんももらい泣きね。もう! 湿っぽいわね!


「オーリス様の妻である私が命ずるわ! ヌルちゃん! 神界へ行きなさいな」


「えっ? 神界へ……?」


「そうよ、この中で神界へ行けるのはあなただけ。そこに居たでしょう?」


 ミーちゃんは、妻……? と今はスルーして欲しい所に引っかかっているけれど、ちゃんと聞いてね?


「うん……でも、どうやって……」


「ここにはヌルちゃん以外にオーリス様に繋がる者が三体いるわ、運の良い事にね。その三体の絆の糸をたぐり、あとはちからわざね」


「三体……羽達とミージンねっ?」


「そうよヌルちゃん。というわけで貴方達協力しなさいな」


 羽達とミーちゃんに顔を向けて言うわ。


「畏まりました」


「オーリス様の為ならば微力ながら……」


「え? わたくし……? 繋がる者とは?」


 羽達は即答ね、ミーちゃんは自分の事を聞かされていないのかしら。


「ミーちゃん、今は考えなくていいわ。ヌルちゃんをオーリス様の元へ送る、それだけ理解して」


「……承知致しました」


「後はちからわざの方ね。私と冥界樹と……ヴォルブがいいわね。連れてくるわ、待ってて」


 冥界樹にオーリス様が力を注いで成長させた、私とヴォルブの二体の魔王、そしてオーリス様の羽達がこの世界にいる。これは偶然? そう捉えるほど楽観思考ではないわ。


 王都へ最速で飛び、手続きが面倒だから不可視化してヴォルブの執務室へ直接向かったわ。


「ヴォルブ魔王に協力要請よ。オーリス様の為よ、ついてきて」


「おわ!? なんだ? エレストル様か、驚いたぞ!」


「どなたですかな? オーリス様の為とおっしゃいましたが! オーリス様に何かありましたかな!? どうしたのですか、早く説明してくれませんかな!」


 急に目の前に現れた私に驚いて持っていた書類を落とし、控えていた護衛騎士が剣を抜こうとしているわ。もう一人、ヴォルブの横にいた老齢の男性がオーリス様の名前を聞いて過剰反応しているわね。


「オーリス様が身罷られたわ。今は神界で復活の最中ね、ヌルちゃんを神界に送る為にヴォルブ魔王の力がいるのよ」


「オ、オ、オーリス様が……身罷られ……た? う、嘘ですな! 真偽魔法陣にかけますぞ!」


「なに! オーリスが死んだのか!? どういう事だ! いつ! 誰が! くそおおおお!」


 二人とも錯乱状態手前ね。愛されていますよ、オーリス様。


「はいはい、落ち着いて。オーリス様は復活なされる、はい、復唱ッ!」


「オーリス様は復活……なされる」


「オーリスは復活する……」


「なによ、それ。そんな小さい声じゃオーリス様が復活できないわよ」


 そう嘲るように言ってあげると、二人は顔を見合わせて息を大きく吸い込み、城中に聞こえるような声で叫んだわ。


「オーリス様は! 復活! なされる! 私の為に!」


「オーリスは! 復活するっ!」


 お爺ちゃんの為ではないけれど、ね。二人の大声に執務室へ駆け込んで来た者がいたわ。


「オーリス様がどうかされましたでしょうか!」


 あら、イソベルね。それと黒い甲冑を着た騎士二人ね。


「おお、イソベル。オーリス様が復活なされるのですぞ!」


「閣下、それだけではわかりません。オーリス様の事はより正確に、詳細にお願いします」


 イソベルがお爺ちゃんの発言に指摘を入れているけれどその通りね。


「オーリス様が身罷られたのですぞ。そして復活です!」


「な、なんと……オ、オーリス様が……お亡くなりに?」


 そのやり取りはもういいわ。これはヴォルブだけ連れて行くと五月蠅そうね。特にイソベルが……侍女連に抗議されたら困るわ、私も入っているし。


「オーリス様の為に協力しなさいな。ヴォルブ魔王は強制よ。他、協力したい人は、この鞭とーまれ!」


 鞭を取り出し空中に真っ直ぐ伸ばし固定すると、即、四人が掴んだわ。私の目を以てしても動きが見えなかったわよ。

 お爺ちゃんとイソベルと黒い甲冑を着た騎士二人ね。まぁ、いいでしょう。


「ヴォルブ魔王も鞭を掴んでおいてね。離しちゃ駄目よ」


 窓から執務室を抜け、飛んで獣人の村へ向かうわ。お爺ちゃんとイソベルは空を飛ぶのを喜んでいるようね。黒い甲冑を着た騎士、面倒ね、黒騎士でいいわ。黒騎士は驚いて固まっているわ。ヴォルブは普通……面白くないわね。



 オーリス様の家の前に着くと五人とも獣人の村だと知って驚いていたわね。


「陛下、獣人の村へようこそ。公国との同盟締結は成りました」


 羽達が跪き挨拶をしているわ。


「おう、フレイザー。ご苦労だった、よくやってくれた。ここが獣人の村か、一度は来たかったが……獣人の代表に挨拶をしたい」


 ヴォルブがそう言うと、羽が誰かを呼びに行ったわね。


「父上、オーリス様が……」


「詳しくは聞いていないが、俺の力が必要なのだろ? その為に来た。安心しろ」


「イソベル、庭にオーリス様の樹がありますぞ!」


「閣下、祈りましょう!」


 お爺ちゃんとイソベルは、庭の冥界樹に埋め込まれたオーリス様の木像に跪き、祈り始めたわ。

 黒騎士はヴォルブの後ろに控えて護衛のようね。


「王様、この村の代表の黒猫族族長ブラドです。このような場所にお越し頂きありがとうございます」


 黒猫の中年男性が走って来て跪きヴォルブに挨拶したわ。この者が代表なのね。


「おう、ヴォルブ・ロムダレンだ。獣人達には申し訳ない事をした。俺のせいだ、すまん」


 ヴォルブがブラドの手を取って立たせ、頭を下げているわ。王が頭を下げるなんて何処の世界でも初めて見たわね。


「王様のせいではありません! オーリス様より王様は俺達の事をいろいろと考えてくださっていると聞きました。いま着けておられる獅子のたてがみもその一環でありましょう?」


 そう言えばそのまま連れてきたからみんな王命獣人になろう、を実行しているままね。


「お、おう。そうだな、はずすのを忘れていたな。もう着けっぱなしだから体の一部のような感じだ」


 ははは、と笑いつつあらためてブラドと握手をしているわ。


「俺の事はヴォルブと呼んでくれ。ブラドは獣人の代表だろう? ならば獣人の王だ。俺とブラドは対等だ、よろしくな」


「対等などとは……恐れ多いですが、ヴォルブ様と……」


「おう、俺の国とブラドの国、手を取り合って協力していきたい」


「国と呼ぶにはおこがましいですが、ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いします」


 良い感じにまとまった所で話をしたいわね。アー……また邪魔が入りそうだわ。


「お前が王にゃ? ミー姉の父親にゃ?」


 テリサちゃんがヴォルブを見上げながら興味深そうに話しかけてきたわね。ブラドがそんな話し方を王にするな、と怒っているけど気にしていないようね。


「お、おう? ミー姉?」


「父上、わたくしの事ですわ。テリサはわたくしの妹ですわ!」


「そうなのか、テリサか。ミージンと仲良くしてくれてありがとな!」


「任せるにゃ! 狩りに一緒に行ったにゃ、もう仲間にゃ!」


 ミーちゃんが、あわわわと焦って狩りとは山菜採りの事ですわ、とか言っているけどその態度で違う事は丸わかりよ。


「そうか、ミージンよ。外業の仕事をたまにしていたのは知ってたぞ。気にするな、剣の才能があると諜報からも聞いている」


「ち、父上……」



「はいはい! もういいかしら? オーリス様の事よ、説明してもいいかしら?」


 手をパンパンと打ち鳴らし注目を集めながら説明をするわ。祈っていたお爺ちゃんとイソベルも近くに来たわね。


「いまオーリス様は神界にあられるの、復活の最中よ。そこへヌルちゃんを送り込むわ。みんな行きたいだろうけど、この中で行けるのはヌルちゃんだけよ」


「なぜですかな」


「理由は教えない、今は知る必要もない。ただオーリス様の為に何かしたい人だけ残りなさい。他は邪魔だから散って、はい! 今すぐ!」


 テリサちゃんがダダダッと走り去って行ったわ。そう、オーリス様の事を愛していない者は邪魔なだけよ。


「それでは、いいわね? 冥界樹に手を添えオーリス様に祈りなさい。祈りは力よ、体が熱くなってくると思うけどそのまま祈り続けなさい、わかったわね?」


 それぞれが返事をし、冥界樹に手を添え祈り始めたわ。


「羽達とミーちゃん、ヴォルブ魔王はこっちよ」


 樹に埋め込まれたオーリス様の木像の前に立ち、手を添えさせ祈りを捧げるよう言うわ。


「羽達とミーちゃんは、自分の中にあるオーリス様を感じなさいな。ヴォルブ魔王はとにかく力を注ぎ込むようにしてね、異形になってもいいから」



 そうしているとテリサちゃんがまたダダダッと走って戻ってきたわ。


「みんな呼んで来たにゃ! この村のみんなオーリス様に恩返しをしたいにゃ!」


 テリサちゃんの後ろを見てみると、獣人達がぞろぞろと集まり始めたわ。あら? 白龍とセイレーンも居るわね。

 そうなの……みんな連れて来てくれたのね。お姉さん泣いちゃいそうだわ。


 人数が多いから冥界樹の周りで輪になって手をつないで貰い、その輪と冥界樹を繋ぐ役目にブラドとテリサちゃんに頼んだわ。


「冥界樹、冥府へ通達。冥界樹に手を添えオーリス様に祈りを捧げなさい、と」


「通達通達、祈る祈る」


 これで冥府の冥界樹でも冥友達が祈りを捧げるはずだわ。


 森から獣達が集まってきたわね、そう……あなた達もオーリス様の為に祈りたいのね。

 獣達は獣人達の間に入り、祈りを捧げているように見えるわ。


「ヌルちゃん、冥界樹の中で待機。冥界樹、ヌルちゃんを神界へ、オーリス様の元へ送りなさいな」


 冥界樹の幹が開き、その中へヌルちゃんが入って祈っているわ。


 私も手を添え祈りを捧げる……愛しいオーリス様、私がお迎えに参りたいのですがヌルちゃんにその大役を託します。どうかお早いお戻りを……。皆が帰りをお待ちしておりますよ、見えますか?


 獣人達、森の獣達、冥府の者達、白龍、セイレーン、ロムダレンの者達、羽達、ミーちゃん、ヴォルブ魔王、冥界樹、ヌルちゃん……そして私。



 体が熱くなってきて祈りが力に変わっていくのが分かるわ。みんなの祈りが合わさって冥界樹が奮え始め、やがてヌルちゃんが光り始めたわ。

 その光が幹に移り、枝に、葉に、冥界樹全体が輝いた時、空へ向けて大きな光の線が走り抜けたわ。

 みんなその光に目を奪われ、光がなくなった時にはヌルちゃんの姿が消えていて、神界へ行ったのだと分かったわ。


 無事、送れたかしら……大丈夫、大丈夫よ!


 みんな、わああああああ! と歓喜の声を上げ隣の者とハグしたり、握手したりしているわね。

 何かをみんなで成し遂げるのって楽しいわね、嬉しいわね、なぜか涙が出るわね。



 ドオオオオオォォォッン!

 ドオオォォォッン!



 空が真っ白に染まり全ての光が集まったかのように輝き続け、地が揺れ、木々が薙ぎ倒されて行ったわ。冥界樹に縦にひびが入り、やがて二つに割れ左右に分かれ倒れていく……

 土埃が舞い始め、太陽を隠し、空を隠していく……


 何が起きたの!? わからない、わからないわからない!


 状況を把握しようと上空に飛び、周りを見渡すと獣人の村周辺は海に変わっていたわ……つまり、陸が沈んでいたわ。


 見渡す限りの海……森は? 王都は? 大陸は? ……ないわ。


 大海に獣人の村がぽっかりと浮かんでいるように存在しているだけ……




 オーリス様ァアアッ!!

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