第2章 生贄の乙女 (9)

「だーかーらー! なんで俺がこんな仕打ちを受けなきゃならないんだって!」


 きゃー!! と、透がひどく嬉しそうに声を上げる。


「祥くんってば美人さん!!」


「だー!! やめろ、それっ」


「だって、だって~」


 着替えた俺の周りをちょこちょこと小動物、もとい透がまとわりつく。早朝、叩き起こされて朝ご飯を流し込まれたあと、作戦の第一段階が進められていた。


 ま、単に着替えなんだけど。


 昨日、ジェイの作戦を聞いた後、俺は非常に不満だった。作戦の変更をと何度も訴えてみたが、俺にそれ以上の案は思いつかなかったし、透はノリノリだし、結局OKせざるをえず。この世界に来てまだ一日ほどの俺たちはこの世界の何も知らない。だから最初から作戦に口を挟めるはずはなかったんだ。そして一番は、ジェイの願いを叶えない限り、つまりこれを無事に終えない限り、俺と透は元の世界に戻れない。

 だから内容に不満があろうがなかろうが、嫌でもOKするしか方法はなかった。


 ……だがしかし!!


「おい、ジェイ! もっとこうさ、違うやつはっ」


 鏡の中でぺらっぺらの薄い生地の服を着た少女が、顔を真っ赤にしていた。これはあれだ、あれに似ている。あ~なんだっけ、エジプトの。額にはキラキラした花をモチーフにしたらしい輪っかが揺れる。


「これはなんだよ? 花嫁か? 俺は花嫁になったのか?!」


「花嫁さ~ん」


 やめろ、だから喜ぶなって。


「うわあ、ショウさん、すっごくお似合いです!」


 髪を後ろで結んで、動きやすそうな服に身を包んだジェイが鏡越しに俺を見るなりそう言った。その姿はやっぱりドキッとするような美人だ。


「これ! ぜっったいに、お前の方が似合うと思うぜ?!」


 だから俺はジェイをキッと睨みつけた。

 途端、そんなことは~と、へらっと笑顔のジェイ。いや、なんか腹立つ。

 カツラを被って長くなった髪は鬱陶しく、ひらひらした足元は心もとないわ、キャンパスのごとく塗りたくられた顔は今すぐにでも洗い流したい!


「すみません、僕の顔は知られていて。ほら、領主代理として要請の書簡を受け取っちゃったから」


「聞いた! それ昨日聞いた!」


 悪びれなくほんわかと笑うジェイ。初めて見た時に女の子かと思ったほどの整った顔立ちが、この瞬間だけは逆に怒りを誘う。

 今日来るらしい迎えは書簡を持ってきたのと同じ奴らだそうで、領主の嫡男として代理でそれを受け取ったジェイは顔が割れているから、この役はできないというわけ。基本的にこの作戦はジェイと愉快なおっさんどもで決行するが、この村が無事に存続する為には生贄の乙女が祭壇に捧げられるところまでを迎えの奴らに確認させる必要がある。簡単にいうと祭壇まで行って、その場から迎えの奴らがいなくなるまでは、生贄の少女を披露しておかなければならないということ。ここで厄介なのが、「神」と呼ばれる生贄を求める存在。こいつが何か分からない以上、本物の女の子を連れていくことはできない。ということで、年齢的に俺(の女の子バージョン)。


「まったく、俺が剣を持ったのは昨日が初めてだってーのに……」


「なんですと?!」


 そこにいたおっさんどもが目を見開いて振り返り、その視線はすぐにジェイへと注がれた。


「わ、若さま?」


 この作戦が失敗したら、確実に村は政府から罰を受けるはず。いや、もしかしてジェイ達が危惧する通りなら、政府に不満を持っている人々への見せしめにされるかもしれない……。存続を決める大事な作戦を、剣も振るったことのない素人に預けるなんて、誰だってやらないよな。おっさんどもは、俺たちのことをどこまでちゃんと聞いたのだろう。

 突然任されてしまった俺だって、そんなバカなと思ったんだし、さあ、どう説明する?


 俺はその場で黙って、ジェイがなんと答えるのか見ていた。


「もう、ショウさんってば。あ、嘘ですよ。剣を持ったことがないなんて、昨夜ショウさんはあの銀郎族から僕たちを守ってくれたんですから」


 ふふん、と不敵な笑みを浮かべながらジェイは言葉を継いだ。


「剣を降るのが初めてでそんなことはできませんよね」


「銀郎族!! そりゃすげぇ」


 わっと沸くおっさんども。


「そうなんです! すごいんですよ、この二人は」


 その後、ジェイが山であった銀郎族との闘いをかいつまんで話しているのを、俺はまるで人ごとのように聞いていた。

 生まれて初めて剣を触ったのは間違いなく昨日。だから、俺にやられるあたり、あの銀狼族っていうのが、こいつらが思っているより弱いだけだろ? 割と俺的にはギリギリだったから、俺より体格がよくて剣も身近なおっさんどもなら楽勝だろうに。きっとあれだな。言い伝えなんかが先行して初めっから避けて、誰も戦ったことがないんだろ。

 ジェイは、身振り手振りで話し続けていた。


「透の着替えはそれか」


 ジェイとおっさんどもはさておき、俺は透に言った。

 透の服装はジェイによく似たものだった。う、動きやすそう。


「うん! 似合う?」


 あのね透くん、劇に参加するんじゃないんだよ……。


「はいはい、似合う似合う」


 朝食食べて着替えただけなのに、なんだかどっと疲れたぜ……。


 しかしまぁ、闇の王になんちゃって腹黒友好国や、生贄を要求する神だのと、現代日本じゃ考えられないほどごちゃごちゃした世界に来ちまったなぁ……。うん? いやいや、どれも俺が気にする必要はないじゃないか。俺たちがクリアすべきミッションはたったひとつ。


『生贄として“神”に捧げられる予定のジェイの姉ちゃんに代わり、迎えに来た奴らに確かにこの村から生贄として少女を供物に捧げたという事実を確認させること』


 で、奴らが俺を神殿なり祭壇なりに置いてったら、後をつけてきたジェイ達と合流する。

 うん、カンタン、カンタン。


「さぁ、そろそろ時間ですね」


 武勇伝?を話し終えたらしいジェイが、俺たちを呼びに来た。




「では、今回の生贄の乙女の確認を」


 重苦しい声。ドクドクと心臓の音がする。やばい。頑張れ俺!!

 ぎぎっと木が擦れる音がして、一筋の光が俺めがけて差し込んできた。真っ暗な中にいたからか、それだけで目が眩む。


「おい、娘」


 重苦しい声が頭の上で俺に声をかけた。


「顔をあげてみろ」


 心臓がぎゅっと掴まれたかと思った。お、落ち着け、俺。ここで男とばれてしまえば、この作戦は水の泡、俺も透も帰れなくなる。あ、何を自分にプレッシャーかけちゃってるんだ俺のバカ。頑張れ、ちゃんと厚塗りしたから大丈夫だ、大丈夫、うん。

 俺は機械仕掛けの人形のようにぎこちなく、かくかくしながら顔を上にゆっくりと上げた。怪しいことこの上ない。


「ほぅ……これは」


 何?! 


 突然手が伸びてきたかと思うと、ぐいっと顎を持ち上げられた。そしてひと言。


「……罪なのは果たしてどちらであろうか」


 はい? 


「では、早々に参ろうか」


 ぱっと手を離したそいつは、振り返りざますぐに仲間に号令をだした。残念ながら、そいつの顔は逆光でよく見えなかったが、なんだ? どういう意味だ?

 俺の疑問は解消されることはなく、再び乾いた音が響くと、暗闇の中に一人取り残された。


「任務ご苦労様です。では、よろしくお願いします」


 ジェイの声が聞こえたかと思うと、程なく馬車が揺れ始めた。


 さぁ、出発だ。

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幻影の迷宮 橘花 果林 @syunrinne

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