第2章 生贄の乙女(8)

「改めて、初めまして、ジェイさんのお姉さん」


 透が巻物になった彼女の近くに進んでいき、握手を求めようとして、今は顔しか出せなかったと、差し出した手を所在無げにひらひらと振った。


「僕は透。あっちの壁際にいるのが祥くんだよ」


 ジェイの姉さんは開いた口が塞がらないというような顔で、透を見ながらなにかぶつぶつと小さく呟き、顔をふるふると緩やかに左右に振った。


「明日の儀式はこのお二人にお任せします。姉さんは心配しないで待っていてください」


 海苔巻きになった姉に、誇らしげに語る弟。いや、ちょっと待て。


「おい、待て、何を任せるって……」


「ぷっ、あははは!」


 俺がジェイに問いかけると同時に、彼女は海苔巻きの中で突然笑い出した。弟に海苔巻きにされておかしくなったかと勘違いするほどの笑い声だった。


「なにがそんなにおかしいのですか」


 ムッとした口調で、ジェイが言った。確かに、この笑い方はすっごく馬鹿にされている気にしかならない。ジェイの気持ちは分かる気がした。

 そんな弟を笑いながら一瞥すると、ゆっくりと彼女は言った。


「だってジェイ、あなた、とても大きなことを忘れているわよ」


「大きなこと?」


 ジェイと共に、ジェイの姉さんの周りに立つおっさんどもも首を傾げる。


「変えられない事実」


 ──供物は少女であること。


「は?」


 またも思わず声が出る。


「供物の資格がないものに、どうしてもらうつもりよ? 供物は、あっちからの迎えで別の場所に連れていかれる。迎えが男を連れて行くとでも? 彼らはその場で捕まり殺されるだろうし、この村はそれを口実に咎められ、恐らく見せしめのために皆殺しにされるわよ」


 海苔巻きのネタ部分になった彼女は、なおも続けた。


「迎えにくるあいつらの真の正体がなにか、まだ分かっていないの。どれだけ訊いても中央は言われるとおりに捧げよ、としか言わないし。供物となる少女をどこに連れて行っているのか分からない以上、その場で迎えを害したら、攻められる口実にしかならない。村を無事に存続させるには、だからどうしても、迎えと共に生贄になる少女が同行しなければならないの! 今回を凌げば次の供物要請まで、長ければ数年あるわ。その間にお父さま達が帰っていらして、何か良い手を考えてくださる。だからそこを繋ぐ役割をすると私は言っているの!」


 説明口調だったが、彼女は真剣に訴えた。この考えが、この方法が、考えうる最善なのだと。自分を犠牲にする方法だとしても。

 水を打ったように静まり返った室内に、ジェイの姉さんの荒い息遣いがやけに大きく聞こえた。


「……なんだ、そんなことですか」


 ジェイ以下おっさんどもが、また不敵に笑う。


「ご心配には及びません。そこもちゃんと考えてますよ。僕の望みを解決してくださるとすれば召喚術で来ていただけるのは女性だろうと思っていたんですが、もしかしたら違うかもしれない。だから案は二つ用意していたんです。ね。」


 ジェイが周りのおっさんどもに同意を求める。おっさんどもが頷く頭が勢い良すぎて、ぶんぶんと音が聞こえそうなほどだった。


「とにかく細かいことはこれから打ち合わせしますが、姉さんは邪魔できないように別の場所で待っていてもらいます」


 そもそも屋敷から出さないように言いつけていたんですけどね、と一部のおっさんをチラ見しながらジェイは肩をすくめた。見られたおっさんが数人、がしがしと頭をかいて「いや~」と呟いていた。


「ちょっと! 話はまだ終わってないわ! ダメよ、ジェイ! お姉ちゃんの言うことを聞きなさいっ、ジェイってば!」


 そうしてジェイは、わぁわぁと喚き続ける姉の話にもう一切耳を貸さず、部屋から連れ出すように指示した。

 途端に静かになる室内。残ったのは俺と透、ジェイと複数のおっさん達。


「さて…と、あ、あれがうちの姉さんです。美人でしょ」


 くるりと俺を見て、ジェイがへへへと笑った。お前……。


「いやいや……あのな~、どうする気だよ」


 確かに美人だったという感想はさておき、俺はここで繰り広げられたあっという間の出来事がまだちょっと理解できていない。どこかの神様に捧げる供物に、生贄として女の子が連れていかれるなんて、何度考えても吐きそうな案件だ。

助けられるもんなら助けたいって思うけど、あの姉さんの話じゃ誰かが連れに来るっていうし、そいつらをここで撃退するのはダメで、でも俺たちは女の子じゃないからダメで……。そしてここが大事なポイント、俺にはなんの力も技もないのだ。

伝説のなんちゃらっていわれても、この世界に来て怪我の治りが早くなったことしか実感はない。そんな俺たちにさせようとする、こいつの策ってのは一体どんなのだ。


 しかし、これが元の世界に帰るための条件って。もっと内容聞いてから扉くぐるんだった。クリアできる気がしない。……あ、いや、黒板に爪たてたようなあの声で説明されても頭の中が掻き毟られるだけだったな。


 隣の国からは侵略されそうで、国内では生贄を寄越せと政府までもが言ってくるって、とんでもない世界だぜ。


「では、今から説明します。名付けて、」


 ジェイとおっさん達が目配せをして息を合わせる。


『生贄の乙女大作戦!!』


「………おいおい」


 俺は肩をがっくりと落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る