剣と魔法の異世界へGO!
烏川 ハル
剣と魔法の異世界へGO!
昔から、僕は言われてきた。愚図だ、のろまだ、と。
名前は『工藤』なのに、「
今日だって、人並みにテキパキと迅速に行動していたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
「それで、あなたのお望みは……?」
今。
だだっ広い、ひたすら真っ白な空間で。
僕の目の前には、天使様が微笑んでいた。
頭には光る輪っか、背中には白い羽。ゆったりとした白いドレスを身に纏っているのも、まさに『天使』のイメージ通り。
彼女の説明によると。
生前に善行を重ねた人間は死後、速やかな転生を許されるのだという。しかも転生先に関して、ある程度、本人の希望を踏まえた上で。
「僕、そんなに『善行』なんて積んでたのかなあ……」
「何をおっしゃいます! 善人に限って、損得抜きで善行を積み重ねるので、自覚がないものなのですよ。しかも、あなたの場合、今日の『善行』が死の原因に関わっていますからね。ますます、あなたの希望を叶える形で転生させる必要が生じるのです」
天使様は、そう言ってくださるのだが……。
思い返してみると。
事の発端は、放課後の教室だったのだろうか。
授業が終わったという開放感から、途端に賑やかになった中で。
僕も普通に、机の上のものを鞄にしまって、すぐに帰るつもりだった。ただし僕の『すぐに』なので、みんなの基準では、かなりモタモタしていたらしく……。
「なあ、愚鈍くん。今日の掃除当番、ちょっと代わってくれないか?」
そう声をかけてきたのは、
というより、僕から見た木村くんの最大の特徴は、頻繁に僕をからかってくる、ということ。小馬鹿にするようなことを言ったり、意味もなく小突いてきたり……。
木村くんにしてみれば、親愛の情を示すとか、じゃれるとか、そんな感じなのかもしれない。でも僕は時々「これって、イジメられてるのかな?」と感じていた。いや世間一般でニュースになっている『イジメ』の内容は正にレベルが違うから、この程度で「イジメだ!」なんて思ってはいけないのだろうけど。
とにかく。
僕は木村くんには逆らえず、
「ああ、いいよ。どうせ僕、この後、特に予定はないし……」
「そうか! 悪いな、じゃあ頼むぜ!」
彼は僕の肩をポンと叩くと、さっさと帰ってしまった。
それを見て、近くでおしゃべりしていた女子の一人――癖っ毛がチャーミングな
「木村くん、ちょっと酷いわよね。よりにもよって、今日の愚鈍くんに、当番押し付けるなんて……」
「……えっ?」
キョトンとする僕の様子に、彼女は声をかけてきた。
「あら、無理しなくていいわよ。愚鈍くん、傷心の身でしょう? もう噂になってるわ、
「えっ? ……ええっ?」
そう繰り返すしかなかった。
いやいやいや。
確かに、昨日の帰り道。幸運にも僕は、憧れの由美子ちゃんとバッタリ出くわして、しかも方向が同じだったから、二人で言葉を交わしながら、少しだけ一緒に帰った。ほんの数分とはいえ、もう天にも昇る気持ち! 舞い上がってしまって、どんな話をしたのか、はっきりとは覚えていないのだけど……。
あの時、僕はフラれたのか? 告白した覚えもないのに?
混乱する僕の耳に、女子グループの会話が聞こえてくる。
「あーあ。明子ったら、酷いなあ。明子が言わなきゃ、愚鈍くん、自分が失恋したこと、気づかずに済んだのに……」
「あんなにハッキリ拒絶されても、それでも通じてないって……。さすが愚鈍くん、名前の通りの
「ちょっと! ムッちゃんも
彼女の勢いに押されて、
「ああ、うん。ありがとう」
頭の中が真っ白なまま、従ってしまう僕。
「ほら! 愚鈍くんだって、こう言ってるし!」
そう言いながら女子グループの会話に戻る、山田さんの声を背に受けて。
僕は、掃除用具入れへと向かうのだった。
掃除中も、他の当番の人たちから「モタモタするな」とか「もっとテキパキやれ」とか言われて。
ふと気づけば、掃除を終わらせて教室を出るのは、僕が一番最後だった。
「すっかり遅くなっちゃったなあ」
意味もなく呟きながら、美しい夕日に照らされた校庭を、トボトボと歩く。
木村くんに当番の件を頼まれた時、断りづらくて言えなかったのだが……。
本当は今日、早く帰って、セーブしたゲームの続きをしたかったのだ。ちょうど昨夜、アイテムを大量にゲットできたダンジョンで、中ボスっぽいモンスターとの戦闘直前でセーブという状態だったから。
特に、セーブポイントの手前で入手した武器、クイック・ソード。これを使うのを、楽しみにしていたのだ。おそらく、これこそが中ボス攻略の鍵になると思って。
「クイック・ソード……。名前からして、素早くなる武器かなあ?」
現実には、グズでノロマな僕だ。でもゲームの中では、素早く賢い、魔法も使える剣士になれる!
そういえば、由美子ちゃんの好みのタイプは、愚鈍とは正反対の、賢く聡明な人らしい。「頭が切れる」と評判の
そんな感じで、頭の中はグルグル。自分の世界に没頭しながら、校門前の横断歩道を渡っていた僕。
なんだか周囲が
猛スピードの車が一台、目の前に迫っていた。
そして、今の現実に意識を戻すと。
「……という事情で、亡くなったのですよね」
天使様は天使様で、ちょうど僕の回想と同じような内容を口にして、状況確認の真っ最中だった。
「はあ、そうです」
きちんと聞いていたわけではないが、とりあえず僕は肯定しておく。天使様の言葉に間違いはないだろう、と信頼して。
天使様は、ウンウンと頷きながら、
「本当は、あなたは今日、あのタイミングで横断歩道を渡るはずではなくて……。だから今日、亡くなる予定ではなくて……。あっ、でも、こちらの手違いではないですよ。ほら、あなたが代理で、掃除当番なんて引き受けたせいでしょう?」
何やら言い訳がましい、責任転嫁っぽい口調になっていた。そんな言い方ではなくても、僕は受け入れるつもりだったのに。
「しかも、あなたの場合。今日やった『他人の当番を代わりに行う』みたいな善行ポイント、これまで積み重ねてきましたからねえ」
それは『善行』というより、頼み事を断れなかっただけなのだが……。
でも。
「……だから、サービスしないと! さあ、どんな転生がお望みですか?」
せっかく、そう言ってもらえるならば。
「……剣と魔法の世界へ、行きたいです」
少しだけ小声で、僕は希望を口に出してみた。
剣と魔法のファンタジー世界。
ゲームにありがちな設定だけど、同時に、アニメやラノベの『異世界転生』でも一般的な世界観だと思う。
そういうところへ行きたい、と生前から望んでいたら、それこそ中二病と言われそうだ。いや今でさえ、何となく照れ臭い気がするのだけれど……。
「なるほど、剣と魔法の世界ですか……」
フムフム、という感じでメモする天使様。
「それで、出来れば姿形は今のままじゃなくて、もっとカッコ良く……」
「あら! 『今のまま』ですって? あなた、今の状態、お気づきでないのですね!」
クスクス笑う天使様に釣られて、僕は自分の手足に視線を向ける。……いや、向けようとしたところで、ようやく気が付いた。
もう僕には、手足がなかったのだ。それどころか、胴体もなかった。形あるものは何もない、精神生命体のような感じになっていたのだ!
「今のあなたは、魂だけの存在ですからね。その『魂』の状態で、あちらの世界の新しい体に憑依する形で、生まれ変わるわけです」
なるほど、そういうシステムなのか。知っていれば、わざわざ容姿のこと、言う必要もなかったのに。
「それで、望みは『剣と魔法の世界』、『もっとカッコ良く』……。他にもありますか? もう一つくらいならば、サービス出来ますよ」
いきなり言われても、すぐには答えられない。でも、何か言わないと……。
その瞬間。
僕の頭に浮かんだのは、由美子ちゃんのことだった。桐谷くんみたいな「頭が切れる」タイプが好き、という噂。それこそ『愚鈍』を捨て去りたい僕には、ピッタリではないか!
「よく切れる、知性あふれるタイプでお願いします! ……あと、出来れば魔法系よりも剣系で!」
最後に付け加えたのは、やりかけだったゲームの影響かもしれない。いや、無意識のうちに「いくら知力がアップするとしても、急に魔法を使いこなすのは難しそう。だから魔法使いより剣士の方が良さそう」と考えたのだろうか。
どちらにせよ。
「あら。『もう一つ』と言ったのに、二つ来ましたね。でも構いませんわ、それくらいでしたら、何とかなりますから」
天使様は、僕の望みを聞き入れてくれた。
「まとめると、『剣と魔法の世界』、『もっとカッコ良く』、『よく切れる、知性あふれるタイプ』、『魔法よりも剣』……。以上でよろしいですね?」
「はい、お願いします!」
「では、新たな世界へ、あなたの魂を案内しましょう。気持ちを楽にしてください。生前でいうところの、目を閉じるような感覚で……」
優しい言葉に
僕は意識が遠くなった。
――――――――――――
カラン、コロン……。
店の扉に備え付けられた、魔法ベルの音。つまり、来客の合図だ。
入ってきたのは、騎士鎧で全身を固めた男性剣士と、黒ローブを来た金髪の女性魔法使いだった。
一目で上客と判断したらしく、ホクホク顔と猫なで声で、店主が対応する。
「いらっしゃいませ!」
あまりに露骨な店主の態度に、剣士は少しだけ顔をしかめつつ、連れの魔法使いに親指を向けた。
「ああ、こいつのために買いに来たんだが……」
「はい、魔法ですね! 初級魔法から超上級魔法まで、当店はズラリと取り揃えております! それで、どのような魔法をお望みで?」
この世界では『魔法』も、ショップで買うことにより習得できるシステムだ。もちろん魔法使いの力量によっては、せっかく買っても「覚えられない」というケースも出てくるのだが。
「いや違う、違う。今のところ、魔法は
「これまで使ってた
口を開いた彼女の声は、しっかりとした存在感と澄みきった透明感、その両方を兼ね備えた響きだった。もっと聞いていたいと思わせる声だが、男たちが、それを遮ってしまう。
「では、これなんていかがでしょう?」
「おいおい。それって、彼女のような魔法使いが使うには、少しゴツくないか?」
店主が勧めたのは、カウンターのガラスケースに保管されている、一本の剣。さわやかな水色の刀身と、ガッシリとした金色の
「いえいえ、お客様。こう見えても、こちらの剣は、
一般に「おしゃべりする武器」と認識されている、
「へえ、
「それも心配ございません。ブンブン振り回さずとも大丈夫、相手に触れさえすればスパスパ切れます! 切れ味抜群の逸品です!」
「……スパスパ切れる? 切れ味抜群の逸品?」
聞き返した剣士の顔つきが、少し険しくなる。
「そういう謳い文句、前にも聞いたことあるんだが……。その時は『剣を仕舞うはずの鞘も切ってしまう』とか『うっかり道で落としたら石畳をスーッと切って滑っていく』とか、そもそも持ち運びに向いてない、という欠点があってなあ……。この剣も、抜き身で寝かせてあったのは、鞘に収納できないからなのでは……?」
「まあ、そこは、ほら、
店主は、剣士の疑惑を否定しなかった。つまり、図星だということだ。
剣士の表情が、いっそう厳しくなったところで。
「ねえ、ご主人。そっちのナイフ、それも
その場の空気を穏やかにしたのは、金髪の魔法使いの一声だった。
「おお! お客様、お目が高い! さすがは魔法使い様ですね! そうです、お客様が見抜いた通り、こちらのナイフも
「ちょっと持ってみたいんだけど……。いいかしら?」
「もちろんですとも!」
同じケースの別の段から、店主が取り出した小型のナイフ。
魔法使いが手にすると、
「プハーッ! ようやくこれで、俺も口がきけるぜ! ネーチャン、俺はタテバヤシって名前の転生者でなあ。よろしくな!」
いかにも「今まで我慢していた」という勢いで、ナイフが喋り始めた。
「おい、まだ買うって決めたわけじゃ……」
「あら、あなたの魂、転生者なの? それじゃ、色々と面白い話も聞けそうね」
「おう、期待してくれていいぜ、ネーチャン! そっちのニーチャンも、よろしくな!」
剣士はともかく、実際に使うはずの魔法使いの方は、すでに買う気も十分だったので……。
結局。
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
店主を心からの笑顔にして、二人の客は、新しい武器と共に帰っていった。
それを見送ってから。
同じ段に並んでいる商品の間隔を調整して、ぽっかりと空いたスペースを――ナイフが一本売れたことで出来た空白を――とりあえず埋める店主。
その作業をしながら、彼は、僕に話しかけてきた。
「また売れ残っちまったなあ、お前は……」
残念そうな声だが、がっかりしたのは、僕の方だ! せっかく、素敵なお姉さんに握ってもらえる――魔力を注ぎ込んでもらえる――と思ったのに!
街の片隅にある小さな武器屋、店名は『
この小さな店こそが僕の転生先であり、今の僕にとっては世界の全て。そして僕の魂が宿った対象は、人間ではなく、その店の売り物だった。
魔法も売られている店だが、僕は魔法ではなく剣。素晴らしい外見の、とてもカッコ良い、
よく切れるのも間違いないし、知性だって溢れ出るのだろう。もしも使い手が現れて、対話できるようになれば。
こうやって列挙してみると、天使様は僕の希望を叶えた、ということになるのかもしれないが……。
何か違うよなあ?
そもそも、いくら店主が話しかけてくれても、僕は返事すら出来ないのだ。魔法使いに持ってもらうまでは、意識はあるものの、意思表示は不可能なのだ。
もう寂しいを通り越して、拷問にも思えてくる。これならば、木村くんたちに
いやいや、そんな弱気でどうする!
せっかく、ファンタジーな異世界に転生したのだから。
いつかは、魅力的な魔法使いを――魔力に満ちた美しい女性を――パートナーにして、一緒に冒険の旅に出るぞ……。
そんな未来を夢見ながら。
僕は今日も、店のガラスケースの中に鎮座している。
(「剣と魔法の異世界へGO!」完)
剣と魔法の異世界へGO! 烏川 ハル @haru_karasugawa
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