第2話 か弱い女の子をイジめる最低なプロローグ②
ガチャリと扉が開かれると、そこにはメイド服姿の萌花が立っていた。いつもの澄ました表情が引きつり、眉をピクつかせている。
その視線の先には、椅子に座りながら、身体を寄せている二人の姿があった。
「え、鳴子が作ってくれた熱々でふわふわなオムライスへお互いに感想を漏らした後に、嫌がる彼女に雇用契約書という弱みを突きつけて、無理矢理に冷蔵庫で冷やされた新品のケチャップのフタを開けさせ……まぁ少し開け方が可愛かったから少々イジりも入りつつ、メイド喫茶定番のオムライスお絵かきをしてもらってたんだが、きっとこいつもお腹が空いているだろうと思って口に入れろって言ってたのにやたら拒否してくるものだからイラっとして無理矢理俺が食わせようとしてしまったって所かな、まぁ反省はしている。だけど——」
「あーもう、長い、うるさい……っ! 厨房で仕込みしてる時に変なやり取りしてんじゃないわよ」
気だるげに怒りを見せる彼女。そして、彼は躊躇いもなく言い返した。
「何が変なやり取りだ、これはれっきとした特訓だ!」
「何が特訓よ気持ち悪い、ちょっと鳴子も何か言ってやりなさいよ」
名前を呼ばれた彼女はわかった、とばかりに力強く言った。
「オムライス、とても美味でした……っ!」
「ありがとう嬉しいわ……って死ね、そういう事じゃないわよ」
「ひっ、ごめんなさいごめんなさい……」
「だから、クズに何か言ってやりなさいって事よ」
「そうだったんですね、分かりました!」
そう納得すると、彼女は男の方を見る。
真剣な眼差し、堂々とした立ち振る舞い、その勇ましい彼の相貌を見るなり……
「す、すこ……」
彼女は彼に溺愛である。
目には♡マークが浮かんで、爛々と輝いている。
「な、なんでどうしてこうなるのよ……」
頭を抱えながら俯く萌花。
その彼女の後ろ姿は、何度も死に戻りを経験した転生者のようにやせ衰えた姿だった。
すると、ガチャリと入り口のドアが開き、店の中に光が差し込んだ。
食材を買ってきた二人、
「たっだいまーでアルー! あれれーっ、そこに薬物依存に耐えきれず自傷行為への願望を抱く悲観的な少女がいますネー! 本日は摂食障害デスカー?」
「お前どこでそんな日本語覚えてくるんだよ……」
その小柄な少女はおどけた態度で、室内の様子を目にしたまま口にする。
だが、イカれた言葉遣いに、彼らから奇異の視線を向けられる。
隣にいるキラもドン引きだ。いつもは社交的で、作り笑いや無理矢理明るい話題を選ぶ、世渡り上手な彼でさえ、今日も呆れを通り越しているようだ。
「おい遅いぞ、しっかりしっかり買ってきたんだろうな! 開店一時間前だぞ!」
すると、彼らの中心にいる優はこの場を仕切るように口にした。
まるで店長であるが、残念ながら店長なのだ。
「調達忘れたお前が言うな、大体昨日お前がビラ配りに行った途中でサボってオタロードにいるメイドさんにちょっかい出してたの知ってるんだからな!」
「そそそそそ、そんなことねえし⁉ 競合店調査、経営の基本だろ?」
「だったら突然指示を振るな、前もって計画を立てろ!」
キラが優に叱りつける。しかし、鳴子が心配してそれを宥めに入る。
「ま、まぁ落ち着いて……多分少しは反省していると思いますよ……」
そんな優しい言葉を並べると、優は調子に乗り、ふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。
そして、椅子から身体を起こして立ち上がるなり言った。
「そうだ、俺は悪くない! 全て問題ない、何故なら——!」
その姿勢にわくわくする者、呆れて視線を下ろす者、それぞれに向かって言い放った。
「俺はやりたい事しか大してやれない男だからなっ‼」
『大して』などという、中途半端な言葉が混じる。
しかし、自分の気持ちに正直で、まっすぐでギラギラとした目をする熱い男だ。堂々と噓偽りのない言葉を堂々と宣言する、見ていて清々しく、気持ちの良い人間ではある。
しかし、人としてのレベルが低い……というのがこの中での総合評価だった。
何故なら、やりたい事の為ならなんでもするという意欲が強く、止めなければ法や社会的価値を無視するような、とんでもない男だからだ。
それ故、皆がヒヤヒヤしながら彼を見守っている。
だが、そんな彼についてきているのも彼らだというのも事実。
酷く矛盾を孕む関係ではあるが、それなりには信頼も厚い……のかもしれない。
「今日も売上百万目指すぞ——ッ!」
「はいっ、それを越えるまで私帰りません!」
「こんな平日に客が来るわけないでしょ……バカなの?」
これは無職で社会的ゴミな葛本優が、メイド喫茶を立ち上げるという馬鹿気た夢物語。
アウトローで軽蔑される彼だが、時に勇敢で、ヒロイックさを孕んだ大河ドラマのような物語である……と嬉しい。
メイド喫茶豚と人生の長い夏休み 東雲ゆう @JK_da
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