かわいいものだいすき
「やっちゃんさん!お久しぶりです〜。」
「いやぁ!やっと開催されましたね!」
「鮪侍さん、席はこちらですよ。」
居酒屋の大部屋に十数人の年齢層バラバラな
大人達が流れ込み、幹事と思しき中年女性の指示に従って掘りごたつに足を突っ込んだ。
私達はとあるアイドルのファンで
SNSで仲良くなり、感染症が落ち着いた今
ようやくオフ会なるものが開催された。
事前のアンケートやプロフィールで席を決めてくれたらしく、私のいる席の向かいには同い年の女の子が座っていた。
男性が苦手と伝えてよかったと胸を撫で下ろす。
胸元にはハンドルネームとアイドルの好きなところが書いてあった。
私は彼女の名前を見て驚く。
「え、
「あ、はい。
...え?まみこさんじゃないですか。
いつもありがとうございます。」
朔夜さんとはグループチャットだけでなく
個人でもやり取りするほどの仲良しで
今日初めて会ったのだ。
黒髪のボブで大人しそうであり、
どこかローテンションでSNSと雰囲気が
全く同じだ。
話そうとした時、幹事が立ち上がって挨拶をする。
そして、料金の話などをし始めた。
「はい!堅い話はここまで!
コースで頼んだんで好きな物つまんでくださいね。
飲み物頼みますよ!何がいいですか?」
みな口々に頼んだが、完璧な仕切りで飲み会が進む。
そうして飲み物が運ばれてきた。
スムーズな流れに、私はほっとして今日来れたことを喜んだ。
「では、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
私は朔夜さんと控え目にグラスを合わせて
1口のみ、早速言いたかったことを吐き出した。
「朔夜さんって女性だったんですね。」
「よく言われます。名前だけだと分かりませんよね。」
「ええ、てっきり男性かと。」
「絵文字も苦手で使いませんから、
ほら、淡白でしょ、私。」
朔夜さんは烏龍茶をきゅっと飲む。
「曲の好みとか似てて話しやすいと思ってたら...。」
「そうですね。私も話しやすいと思ってました。」
正直男の人だったら、付き合えないかと思っていたので、内心肩を落とす。
でも、こんなに素敵な友人と出会えて、
推し...
続々と運ばれる定番料理の唐揚げや枝豆に歓声が沸く。
年齢層が高い別のテーブルはもうグラスが空になっていた。
「チャットで言っていた通りですね。
朔夜さんはトーコの可愛いところが好きなんですね。私もですけれど。」
「こんな成りじゃないですか。
似合わないんですよ。だから、投影というか。そんな感じです。」
「昔から可愛いものがお好きだったんですか?」
「親から貰った【クマのぬいぐるみ】が
はじまりでした。
ギンガムチェックのリボンで...」
朔夜さんから家族の話が出て興味が湧いた。
トーコについては饒舌になるが、
家族の話はしない人だったから
もしかしたらもっと仲良くなれるのではと前のめりになる。
何か失礼なことをしてもハイボールのせいにすればいいだろう。
「そうだったんですね。クマさん可愛いですよね!私もぬいぐるみ持ってたけど実家に置いてきちゃったな。」
「まみこさんは一人暮らしなんだ、すごい。
私は今も実家で両親と暮らしてますよ。
でも、最近一人暮らししたくて。」
「いいじゃないですか、ご飯もお風呂もあるし...。朔夜さんのところは仲がいいんですね。」
「仲はいいですね。よく話しますし。
...ねえ、まみこさん。」
「はい?」
咲夜さんが残り半分になったグラスを置いて神妙な顔をした。
「仲がいいからって、家族だからって
聞いちゃいけないことってあるんですね。」
「え?」
朔夜さんは真っ黒い目でこちらをじっと見て、話し始めた。
ーーーー
朔夜さんは両親と3人で実家で暮らしている。
住み慣れたリビングは、
はたから見たら少し散らかっているかもしれないが、居心地がいいんだそうだ。
物が散乱していると言う訳ではなく、
親の趣味である可愛い物が所狭しと飾られ
ティシュカバーもフリル付きだったりしていたから、整頓されていてもまとまりがなく、部屋は狭く感じられる。
だからといって趣味を押し付けることも無く、自由にさせてくれるから私はこうなったんです、結局可愛いトーコが好きになったんですが。と咲夜さんは笑った。
とにかく両親とは仲が良くて名前で呼び会う仲なんだとか。
先日、咲夜さんが親...忍さんとリビングでテレビを見ていた時のこと。
トークテーマが親世代の青春になり、
昔懐かしい昭和歌謡が流れた。
そして、咲夜さんが持っている【クマのぬいぐるみ】が映った。
「あ、これ!」と言うと、昭和に流行ったキャラクターだと教えられた。
「忍さんはやっぱり昔から可愛いものが好きだったんだね。」
咲夜さんが呆れたように言うと、忍さんは「そうそう。」と返した。
そして、目がキラッと輝いた。
「昔さ、駅前に商店街があったんだ。
そこに、えーと、なんだっけ。
ナントカっていうおもちゃ屋さんがあってね。
そこがすごく、すごーく好きだったんだ。」
いつになく早口の忍さんに咲夜さんは圧倒される。
テレビからは懐かしい歌謡曲が流れ、それに合わせてアイドルが踊る。
心なしか音量が上がっている気がする。
「そこはネ、ほんとになんでもあるんだ。
おもちゃを買うとネ、【ハート型のチョコレート】がもらえてネ。」
「忍さん?」
早口なだけじゃない、まるで子供のような喋り方になっていく親に、咲夜さんの心臓が早鐘を打つ。
「あれが、ほんとに、ほーんとにおいしかったんだ。ううん、チョコレートがほしかっただけじゃないよ。
そこのおもちゃやさん、かわいいものがいっぱいあったの。
だから、まいにちまいにちいったんだよ。」
テレビの音量がどんどんうるさくなっていく。
人の笑い声や懐かしいメロディがガンガンと鼓膜を叩いた。
リモコンを操作しても音量は下がることがない。
画面にどこかの商店街が映っているのに気がついて、咲夜さんはゾッとした。
電源ボタンも反応しない。
「そこにはね、【わんちゃん】もいるの。
ねこちゃんもよ。ほんとにほんとにかわいいの。
みんなリボンをつけて、かべにつるされて
こっちをみてるの。
ワタシ、むちゅうになっちゃった。
とにかくね、ワタシはかわいいものが大好きなの、だってだってぇ」
忍さんは焦点の合わない目のまま、
今までに見たこともない笑顔を浮かべ、大声で言った。
「わたし、女の子だもーん!!!」
朔夜さんが唖然としていると、
忍さんが突然白目を向いて気を失った。
「し、忍さん!?」
声を上げて立ち上がった瞬間、
はっと忍さんは気がついていつもと変わらない様子で腕時計を見た。
「あ、こんな時間だ。
じゃあ父さん、病院行ってくるから。」
ほんとに、何も変わらなかった。
普段通りの忍さんは、椅子にかけていたジャンパーを羽織ってカバンを手に持った。
「ま、待って!今の話何?商店街におもちゃ屋って...」
錯乱した娘の顔を不思議そうに眺めて首を傾げた忍さんはこう言った。
「どこだそこ。あと、何の話だ。」
忍さんが振り向くと、テレビはニュースに変わっていて、音量も普通だったという。
ーーーー
「無意識に親は集めてたのかなって思うと
ほんとに可愛いものが好きなのかなって。
あの時の様子見たら
なんかこう、誰か、何かが
親にそうさせたんじゃないかなって...。
すみません。こんな話して。」
そんなことないですよ、と言いながら唖然として何も返せなかった。
気の利いた言葉や話題の切り替えをすべきところだろうけれど、もともとコミュニケーションが苦手な私は何も思いつかなかった。
「みなさーん、縁もたけなわですがそろそろお開きにしようかと思います!
楽しめましたか?ではお金貰ってきますよ〜。」
「盗むなよー!」
「しないわ!そんなこと!」
どっと笑いが起きたが、私の心は重く、
ただ「小銭あったかな」と呟いて財布を開くしかできなかった。
咲夜さんとは目を合わせることも、話すことも出来ないまま、居酒屋の前で別れた。
“何かが可愛いものを集めさせていた”
何かってなんだろう、自分じゃないものが物を集めさせるのにはどんな理由があるんだろう。
そんなことをすっかり酔いが冷めた頭が考える。
こんなこと考えても仕方ないでしょ!と息を吐いて視線を上げる。
すぐ目の前に迫ってきたアパートの明かりに安堵した。
自分の部屋がある三階へと、階段を上る。
「ただいまー。」
誰もいない部屋に声をかけるのは、
防犯ともう一つ意味がある。
パチンと電気を付けると、
所狭しと猫のグッズが並べられている。
寝転んでいるのもあれば、肉球だけのものもある。
正直、最近トーコの事をそこまで好きじゃなくなったから、朔夜さんとの縁が切れても問題は無い。
だって今、私はこんなにも可愛いものに囲まれているんだから。
あの子、ほんと変なこと言い始めてびっくりしちゃった。
可愛いものを集めるのがまるで自分の意思じゃないみたいなこと言って。
そんなわけないじゃない。
理由とかは分からないけれど、かわいければいいんだよ。
だって女の子だもん。
最近拾った【毛繕いをしあっている猫】の置物を、頬が痛くなるぐらいの笑顔を浮かべて、私はいつまでもいつまでも撫で続けた。
あなたの言葉で創作怪談 遊安 @katoria
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