第7話 架け橋

「えっ…。」


 彼が、困惑してこちらを見つめている。


「いや、まだそうかもってだけで…本当は違う人かもしれないんですけどね。その台詞、生前よく母が口にしていたんです。」


 彼の開いた口が、パクパクしている。言いたいことは、何となくわかるような気がした。私も多分、同じことを考えているからだ。


「あれは、今日みたいな大雨の日でした。仕事先に傘を持って行き忘れた私は、母に連絡をして持ってきて貰う事になりました。

 だけど、それが申し訳なくて、やっぱり走って途中まで母を探しながら帰ることにしたゆです。

 すると、横断歩道の向かい側に信号待ちをしている母を見つけて…だけど、そこに居た母は、急に来たトラックに…目の前で…交通事故に…あって…それで…あれ…なんで……」


 枯れたはずの涙が、今になって出てきてしまう。止めようとしても、止まらない。


「…すいま…せ…ん…」


 声を堪えながら、急に泣き出してしまったことを彼に謝ろうとしたが、とても声にならない。溜まっていたものが、また溢れ出す。まるで、降り止まない雨のように。


 そんな私を見て、彼は目の前まで座りながら近づいてきた。


「し、失礼します!」と、口篭りくちごもりながら少し恥じらいを帯びた声と共に、その大きな胸の中に引き込まれた。


 人の温もりって、こんな暖かかったんだ…。


 降り続ける雨の中、私に傘をさすかのようにそっと、私の耳に囁く。


「…泣きたい時は泣けばいい。」

「…やめ…て…。」

「転んだって、止まったって良いじゃない。」

「やめてください!!」


 これ以上は、耐えられる気がしなかった。ただでさえ、母が亡くなった時はしばらく泣き続けた。涙が一瞬止まったと思っても直ぐに次の涙が溢れてくる。どうせ今回も、そうなるに決まっている。


 それに、彼には何故か泣いている姿を見せたくはなかった。


「俺、思うんです。あの時、助けて貰ったのってきっとこの時のためだったんだなって。身寄りもいなく、独りだった俺は正直自分の生きている理由が分からなかったんです。でも、あの時前に進めたからこうしてキミと出会うためだったんだなって。」


 まるで、プロポーズされたかのような言葉に私は急に恥ずかしくなる。体が熱い。きっとこれは、泣いているからではない。


 彼の、胸に顔を押し付ける。乾いたばかりのTシャツは私の涙で濡れていたが、今の顔は、泣き顔よりも見せたくなかった。


「キミが笑えないなら、俺が笑わせてあげるよ。前に進めないなら、俺が背中押してあげるよ。つまらないことでも、キミと俺が一緒に居たらそれだけで絶対楽しいって!」


 彼の言葉は、まるでというかプロポーズそのままだった。違ったとしても、告白の部類には入るだろう。そして、胸の中にいた私は気づいてしまったのだった。彼が、少しぷるぷる震えていることに。


「…わざとやってるでしょ」


 恥ずかしがりながら、桃色になった顔を上げて彼の顔を見て言う。


「バレちゃったか、可愛かったからつい!」

「もう!からかわないでよ!」


 せっかくの雰囲気がぶち壊しである。内心そう思った私だったが、頬を伝うモノはもう無かった。


「とにかく!まずは、お友達からよろしくお願いします!」


 この人は、本当に不思議な人だ。また私が、こうやって笑ったり、泣いたりする日が来るなんて。


「…わたしでよければ」


 彼との出会いは、きっと偶然ではないのだろう。

 完全に止まっていた私の時間が、今音を立てて動き始めた。そんな気がする。


「…ねぇ、後ろ見てご覧よ」

「えっ…?」



 目の前には、青い空が広がり大きな虹が架かっていた。

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詩雨【短編小説】 きりてゃん @kiriteyan

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