第6話 女性

「それってどういうこと?」


 先程まで込み上げていた怒りはもう既になくなったいた。今あるのは、ただその言葉の真意を知りたい。ただ、それだけだった。


「ごめん、気のせいだったら謝るよ。ごめんね」


 怒らせてしまったと思ったのだろう、慌てて謝る彼に、私は質問を続けた。


「あなたも、家族が居ないの?」


 少し、質問がストレートすぎたかもしれない。しかし、「俺も独りなんだ。」と言った彼の言葉を、私は流すことが出来なかった。


「そうだよ。…少し長くなるけどいいかな?」

 私は、その言葉に頷いた。


 それからしばらく、私は彼の今までについて聞かされた。


 物心ついた時には、母親がすでに居なかったこと。

 父親は、お酒や娯楽ばかりで家に帰ってこず、たまに帰ってきたと思えば女を連れ込んだり、暴力を振るわれたり、とにかくひどい扱いを受けていたこと。

 なんと、高校は自分の力で何とか卒業しフリーターとして働いていたこと。

 そして、半年前にその父親が病気で亡くなったこと。


 私より、遥かに苦しい人生を歩んできた彼に驚きよりも感動を覚えていた。それに比べて私はどうだろうか…。


「──そんな俺が、途方に暮れてた時だったよ。ある女性に出会ったんだよ。そこは、ここから近くの大衆食堂だったんだけど、めちゃくちゃ元気な人で、通うようになるうちに顔を覚えてくれたんだ」


 この辺りは、確かに食べ物屋さんが多い。母も生前は飲食店で仕事をしていたし、私も高校生の時は居酒屋とかファミレスとか飲食店で働いた記憶しかない。


「そんなある日、その人から声をかけられたんだ。『なんかあったら、おばちゃんが話聞いたげるから、ちゃんと言うんだよ。』って。人から優しくしてもらったのなんて、いつぶりだったか覚えてなくてさ。その時、泣いちゃったんだよね俺。そしたら、そんな俺に『泣きたい時は泣けばいい、転んだって、止まったっていいじゃない。また、笑って進めればいいのよ。』って、言ってくれたんだ」


 咄嗟に「えっ」と、驚きが声に出る。頭の中で、彼とは違う声でリピートされる。その台詞は間違いない。私の母だ。


「どうかした?」

「いや、別に…!」


 心配してくる彼に、慌てて口を濁す。


「そう?…まぁ、その言葉のお陰で何とか立ち直れて、仕事とか色々頑張ってたんだけどさ、久しぶりにお店に行ったら、その人が居なくってさ。店主に聞いたら先日亡くなったって言うんだ。何もまだ恩返し出来ていなかったのにさ。」


 彼のその話は、真実を物語っていた。


 私の体には鳥肌が立ち、その毛穴ひとつひとつから脂汗がじわじわと吹き出してくる。


「でも、やっぱり俺なにかしたくてさ!せめて、俺みたいなやつを一人でも救ってやりたいなと思って、勢いで始めたのが路上ライブだったんだけど…。思ったより誰も聞いてくれなくてさー!それで、もうやけくそになって思いっきり歌ってたら君がいたってわけ!いやー、あの時は恥ずかしかったよ!」


「なるほど。」


 私の頭の中は、まだ混乱している。母と彼が以前出会っていて、彼が路上ライブをするようになった理由も母。奇跡にも程がある。


「でも、その時キミから昔の俺と似たような何かを感じたんだ。なんて、言うだろ。同じ音がしたっていうか…雨の音が…。」


 彼には嘘が付けないと思った。…いや、本当は付きたくなかったのかもしれない。



「実は、その女性お母さんなんです。」

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