怖い話17【トイレの花子さん】2400字以内
雨間一晴
トイレの花子さん
「ねえ知ってる?新しく出来たプレハブ校舎のトイレに、幽霊出るんだって」
「ウソだー、それってトイレの花子さん?」
「そうそう!休日の学校に遊びに来ていた少女が危ない人に追われて、トイレの三番目の個室に隠れたんだけどね、ふふ、怖い?」
「べ、別に怖くないよ!」
「じゃあさ、今から行ってみようよ」
「いいよ、全然怖くないもん」
紅葉が更に紅く燃えている、太陽が闇に隠れ始め、ボール遊びをする男子達が帰っていく。
二人の少女は、朝礼台の下で静かに隠れるように恐怖を楽しんでいた。朝礼台の白い脚は錆び始め、頭上の隅には遠慮がちに、小さな黒いクモが巣を作っていた。
「もう暗いから、早く帰りなさーい」
植木の手入れをしている緑の作業着姿の用務員のおじさんが、子供達を急かしている。用務員に見つからないように、少女達はプレハブ校舎に向かった。
まだ新しいプレハブ校舎は、真っ白な板を簡易的に組み合わせた豆腐のような建物で、窓が夕日に赤く輝いていた。木造の校舎と違い、近代的な堅い臭いが漂っていた。廊下に置かれている消化器も曇りなく真っ赤に輝いて、新しい事を主張している。
二人の少女は、女子トイレの前で作戦会議をしていた。
「いい?手前のトイレから順番に、三回ずつノックして、『花子さん、いらっしゃいますか?』って聞くんだよ?」
「……三番目のトイレにノックしたら、どうなるの?」
「それは内緒。死んじゃうかもね?怖かったら止めてもいいよ、みんなに怖がりだって言うけど」
「怖くない……」
「じゃあ行こ、私後ろで見ててあげるから」
「ずるい」
少女達が女子トイレに入ると、左手に一つだけ、卵を水平に切ったような半円の、簡易的な洗面台と四角い鏡、続いて三つの個室トイレが静かにドアを閉じて待っていた。
「これ、髪の毛かな?」
洗面台に黒くて長い髪の毛が大量に散らばっていた、血が混じり、水も流したのだろう、鈍く艶めいていた。
「すごいよ!本当に会えるかもしれないよ、ほらほら、後ろに居てあげるから」
「う、うん……」
急かされて少女は顔を引きつらせながら、手前のトイレを三回ノックした。
トントントン
「花子さん、いらっしゃいますか?」
「……」
返事が無いことを確認すると、二人は顔を見合わせて頷いて、冷や汗を流しながら二つ目のトイレを三回ノックした。
トントントン
「花子さん、いらっしゃいますか?」
「……」
返事が無い、窓から差していた夕日は、すっかり居なくなり、静かな闇が訪れていた。異様な空気が二人を包んでいる。
「いよいよだね……」
「……うん」
表情が死人のように硬くなり、震える手で少し離れながら三番目のトイレをノックした。
「花子さん……。いらっしゃいますか……」
「……」
「え……」
トイレの足元の隙間から、血が静かに広がってきている。それを見て二人は動けなくなっていた。
すると突然、何かが倒れる音が響いて、内側からドアが勢いよく開けられた。女の子の血塗れの足が飛び出した。
洋式便器に座らされていたのかもしれない、血塗れの女の子が床に崩れ落ちてドアを蹴飛ばしたのだろう、地面に座り込み、頭を壁に預けている。おかっぱ頭の付いた首が、横一文字に切り裂かれている。白いシャツが血で染まり、便器から血が溢れ出し、恐怖が床に広がっていく。
「きゃーーー!」
後ろに居た少女が叫んで逃げていく、残された少女は理解出来ずに動けなくなっていた。
「い、いや、うう」
残された少女が逃げようとするが、足元の血で転びそうになり、尻餅をついた。
何も言えなくなっているトイレの花子さんは、残された少女を血の流れた白目で見据えていた。
「う、うう、に、にげなきゃ……」
這いつくばるように、トイレから逃げ出した少女を待っていたのは、銀色に輝く草刈り用の鎌を持った、用務員だった。薄い暗闇に鈍く鎌が光っている。
「おい、何やってるんだ」
「あ、あ……」
少女は捕まったら殺されると思ったのだろう、用務員に背を向けて力の限り走り出した。プレハブ校舎の裏口から外に出ると空気は冷たく、反対側に職員室のある校舎が遠く感じた。
少女はこれ以上走れなくなり、プレハブ脇に植えてある様々な植物の茂みに隠れた。よくかくれんぼで使う場所だった。外から見つけるのは難しいだろう。
「だ、だれか、先生に言わなきゃ、どうしよう」
茂みに隠れながら、外の様子を見ていると、一人の男が歩いていた。
「あれ、ゆうたくんのお父さんだ、この前遊びに行った時に見たから間違いない、助けてもらおう!」
茂みから勢いよく出て行き、男の元へ走り出した。
「助けて!大変なことになって!」
「うわ、びっくりした、君は確か、この前遊びに来てくれた子だよね、どうしたの?」
「あ、あの、女子トイレで、花子さんが、その、殺されていて、首が切られてて、あの、その、用務員さんが鎌を持ってて……」
少女は頭の整理が追い付かず、泣きながらパニックになり、支離滅裂に説明をしていた。
「なんだって!本当かい?」
「う、うん、その、先生に言わなきゃ」
「それは大変だ、用務員が犯人かもしれないのなら、気を付けないといけない。おじさんと一緒に先生に会って、警察呼んでもらおう、もう大丈夫だから泣かないで大丈夫だよ」
「う、うん……怖かった……。怖かったよお……うう」
少女は安心したのか、座り込んで、下を向きながら泣き出してしまった。震える手で顔を抑える指の間から涙が溢れている。
「こんな所で泣いたらダメだよ、まだ近くに殺人鬼がいるかもしれないんだから……」
そう、なだめるように優しく言いながら、口角が吊り上がり快楽に歪んでいる事に、少女は気付けていなかった、男は静かにポケットから折りたたみナイフを取り出した。
怖い話17【トイレの花子さん】2400字以内 雨間一晴 @AmemaHitoharu
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